◆隅々に温存される不適切・・・

いろんな組織が思うように機能しない・・・これは最近よく思うことなのですが、突き詰めて言うと組織の中に不適切なものが温存されてしまうこと、それをもう少しましなものと置換するとか排除するといったことがうまくいかないってことなんですよね。

不適切な人、不適切な仕組み、不適切な目標、不適切な風土・・・いろんな不適切を不適切として認識せしめる価値基準、それを置換したり排除したりする執行力が磁場のように働くことが必要なのですが・・・それがうまくいかない。

不適切なものが常によりましなものに置き換わったり排除されていくなら組織は常に最適性が維持されるはず・・・
たとえばこれが経済事象なら市場原理とか言って神の見えざる手に身をゆだねるいうのもひとつの方法なのでしょうが、組織心理学が扱う世界は価値観ひとつとっても経済価値と言った単一の価値に還元することもままならず、さすがの神様も手の施しようがないってことなんでしょうか。

たとえば企業組織の中の不適切な人・・・目標管理やいろんな角度からの人事評価、それをベースにした昇格昇任、絶えざる組織変更による適正配置を繰り返したとしてもミクロ的には不適切な人はいくらでも温存されてしまうんですよね。
マクロ的なレベルではそれなりに改善されるとしても、組織は職能や職位といったセグメントに分解されて存在しているもの・・・小さなセグメント単位では置換しようにも代わりがいない、排除すると穴が開いてしまうといったことはいくらでも起こりうる。隣のセグメントとの交換といったって無機質な物を交換するような流動性は期待できそうにない。

いや組織だって結局は他の組織との競争原理が働き淘汰される・・・不適切な人材を擁した組織(企業)は市場社会で生き残れないと考えられなくもないですが・・・ミクロの不適切がマクロに作用し淘汰されるというのは幻想。マクロが淘汰されたときその要因と決め付けられるほどの特定のミクロなんてないし、第一組織の全体が淘汰されてしまえばミクロの議論や詮索は起こりようがない。

適切不適切に影響する価値観や目標にしても状況は同じ。不適切な目標や価値観を持った組織や個人は淘汰されるはずなのですが・・・その答えは精密に仕組まれた物理実験のように明確な因果関係がはっきりしたかたちで短時間に出るわけじゃない。結果としての淘汰は長い時間をかけてどれが原因かわからない形で行われる。
だから肝心の優劣の判断が必要とされる瞬間には尺度がなく、大きな声で言った者勝ちか、黙りこくって人の話は聞き流した者勝ちといった状態になりやすいんですよね。(2009.9.30)
by c_mann3 | 2008-04-08 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)
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