◆映画「サロゲート」・・・

[H22.2.22載]今日は222・・・と続く不思議な日付の日。お守りがわり?に今日の日付のJRの入場券でもと思ったのですが・・・あっという間に売り切れとなったらしく手に入らずじまい。

ところで映画「サロゲート」が上映されています。遠隔でイメージ通りに動かせる身代りロボットが街を闊歩するSF映画なのですが・・・

本人は自宅で遠隔操作の専用ソファに座ったままで街に出て仕事をしたり話をしたりするのは全て身代わりロボット。
しかもその身代わりは本人そっくりじゃなくて、なぜか本人の風貌に関係なく美男美女で若くて溌剌としている。そして世界を牛耳るロボットメーカーのキャッチコピーは「究極の安全」。

ですが、なんと主人公の奥さんは自室に閉じこもったままで、家の中でさえ会話をしてもらえるのは溌剌とした身代わりの奥さん。で、「できれば生身のおまえと話がしたい」などといったせりふも・・・

ありえないSFの世界のはずなのですが、見ているとついユングのペルソナを思い出したりしてそれに重ねて見ていると妙なリアリティがあるんですよね。
本来、身心とペルソナは一体のはずですが、ここでは本心は自宅に引きこもり、よくできたペルソナだけが街中で仕事や会話している。
ペルソナを本心から遠隔分離しておけば何があっても傷つくのはペルソナのみ、自我にとっては「究極の安全」ってことなんでしょうか・・・そんな風に見ているとこの風景はもう既に始まっているんじゃないか、私たちが街や職場でさらしているものは頑強な盾、ある種の様式を整えたペルソナそのもではと思ったりもします。


ところで遠隔でロボットをイメージ通りに動かせる・・・これは技術的にはもはやSFじゃなくなりつつあるんですよね。ATR研究所の川人さんの所ではこれに近い研究が進んでいるといった話もあるし・・・
http://www.honda.co.jp/news/2009/c090331.html?from=whatsnew

それにしてもSFの世界と今の現実の境界線があいまいというのは不気味な感じもしますよね。もちろん日本のロボット研究がそんな不気味な未来を目指しているとは思えませんが、進化の方向性を規制する何らかの文化的な枠組みのようなものは必要なのかもしれませんね。
なお、サイボーグや川人さんについてはこのブログでも▼別掲記事が・・・
by c_mann3 | 2015-08-16 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)
<< ◆映画「杉原千畝」そして「海難... ◆「天地人」・・・母と子、そし... >>