◆そして・・・Oceans

壮大なスケールでひたすら鳥が飛んでいるだけの映画「WATARIDORI」から五年、今度はひたすら魚が泳いでいるだけの映画「Oceans」が公開されています。

おびただしい数の魚が生まれ、泳ぎ、壮大な食物連鎖の中で食べられ、そしてわずかに残ったものが再び大量の稚魚を育み、海中の輪舞は果てしなく続く。
いわしの大群が織り成すすざましい勢いの渦、そこを目指して突進してくる巨大な魚、そのために形を崩しその一瞬で多くの仲間を失っても、次の瞬間には再び何事も無かったかのようにもとのフォーメイションに戻る。

ダイナミックに見える生態系は実はデリケートな均衡、崩壊、再均衡の渦中にある。例えば気候の温暖化で海水温が少しずれただけでも生息域を変えざるを得ない種、消滅する種があったりして一時の乱れは見せるのでしょうが、そう時間をおかず再び新たな均衡点で壮大な乱舞の世界は続く。

今食物連鎖の頂点に立っている種が生存に有利かというとそういうものでもなく、そこで広がる世界には主役も脇役も無い・・・強いてにんまりとほくそえんでいるものがあるとすれば、形や種に関係なく、形や種を乗り換えながら保存されつづける生命のDNAそのものなのかもしれません。そしてそれは海に限らず、陸の生命も、人という種をも含めてのこと・・・

壮大でダイナミックなシーンに包まれて放心状態になる中でふと、“利己的な遺伝子”なんて言葉が脳裏をよぎりました。
いや、人には我があり自己がある・・・そう信じるのは勝手だが、今のところ本当に利己的に我を張り続けて成功しているのは遺伝子だけなのかもしれません。ただひとつの救いはそうして遺伝子に突き動かされ、マスとして輪舞する生命の織り成す風景は・・・なぜか美しいんですよね。


◆ところで・・・

この二つの映画、監督は同じくジャック・ペラン・・・先日、二つの映画の撮影風景がTVで紹介されていましたが、専用の撮影機材を開発し、鳥や魚の生態や挙動を熟知し意表をつくアングルで撮る。しかも待ち構えたり追っかけるだけでなく、何と鳥に機材やスタッフを追っかけさせて撮るといったことも・・・
ただ偶然を待って撮り編集したものではない、この映画の迫力の源の撮影風景もまた感動のドラマでした。(2010.3.20)
by c_mann3 | 2007-06-18 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)
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