◆錬金術・・・その源流

ユングを表題としたブログを立ち上げて6年も経っているのに「えっ、まだ読んでなかったの」と言われそうですが…昨年末からユング著松田誠思訳、「錬金術と無意識の心理学」を拾い読みし始めています。

しかもいつもの悪い癖でメインの章を素通りし巻末の訳者の解説、“終章 ユングとパラケルスス”が面白くて何回も読みかえしている始末。ですがそこに描かれている医者であり錬金術師でもあるパラケルススなる人物がおもしろい。

このパラケルススによると・・・

人間には二つの光が用意されている。それは神に由来し永遠の真理に導いてくれる「聖霊の光」と、人の心も含めて自然界の事物にあまねく備わっている「自然の光」である。
だが人は本来「聖霊の光」に頼らずとも「自然の光」に導かれて事物の真髄に分け入っていくことで神的な世界に到達できる能力が備わっている。そして分け入っていくプロセスが錬金術そのもなのだと。

古代人は神による「聖霊の光」などは知らなかったが「自然の光」の導きによって事物の真髄に分け入りそれを抽出することで永遠の真理の気配を感じ取ることができた。だが人は神(キリスト)を知って以降、それを崇拝し神の発する「聖霊の光」に頼って真理に近づく道を選んだために、自身の力で事物の真髄に分け入って神聖なるものを掴む力を失ってしまったのだとも。

そしてさらには・・・「私は主のもとにあり、主は私のもとにある。私は医師の仕事の外にあっては主に従い、主はその御業(みわざ)の外にあっては私に従う」とまで・・・

そこまで言ってしまうとパラケルスス、そして錬金術は中世のキリスト社会では異端とされざるを得ず、でも一方において宗教改革やルネッサンスの時代精神とはみごとに共振していたに違いない・・・そんな情景が目に浮かぶようです。


錬金術はグノーシスと同じくギリシャやエジプトといった古代地中海世界に端を発し、イスラム世界を経て中世のヨーロッパに伝わったとのこと。
この解説を読んでいるとユングが錬金術にのめりこんでいった経緯、そして16世紀の不思議な人物パラケルススがユングにとっては重要な先導役になっていた様子、ルネッサンスとともに錬金術が再度花咲き始めた16世紀の時代の雰囲気といったことがすごくよくわかる感じがします。

まずはこの終章でウォーミングアップをして、この本の本文と、以前に一度は読み始めたものの挫折したフォン・フランツの「ユング思想と錬金術」に再度挑戦してみようかなどと思いはじめているのですが・・・(2011.1.16)
by c_mann3 | 2007-10-04 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)
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