◆ソルジェニーツィン・・・

数十年も前に「収容所群島」や「煉獄にて」を読み感動して以来、気にはなっていたもののその後は時々新聞の片隅で紹介される消息に目を通す程度でした。
そんな中、先日NHKの特集「ソルジェニーツィンと大統領たち」を見て、ソ連邦が崩壊した後のロシアでもますます重要な役割を果たしておられたことを知りました。

1974年に国外に追放され、その10年後に本国ではペレストロイカを掲げたゴルバチョフが登場し、それまで発禁処分を受けていた「収容所群島」も解禁に。
そうした流れに連邦崩壊を予感したソルジェニーツィンはその後に続くロシアの姿を「ロシアをどう構築するか」といった著作に取りまとめたとのこと。

西側に亡命しその体制を知るソルジェニーツィンは、本の中で西側の自由市場経済、資本主義をそのまま導入すればロシアはあっという間に一握りの人たちに富が集中し、資源は外国に持ち去られ植民地化すると危惧・・・
ロシアは国家より国民の幸福を目指し、強い中央政府と農村共同体的な地方自治で緩やかに変化していくべきだと。そしてなんとそこには70~80年代の日本の姿がモデルのひとつとしてあったとの話も・・・
▼2015/12/10追記: 実はこの提言書が邦訳されていたことを知り、今頃になって読むことに。 で、その話をこちらに掲載しました。
そして訪れたソ連邦の崩壊。無邪気なエリツィンの登場でロシアは市場主義、資本主義の体制に突入し、一挙に危惧した予感通りの国情に。
そのさなかの1994年に帰国し、祖国の惨状を目の当たりにしたソルジェニーツィンはエリツィンと会談したが話は全くかみ合わずやがて経済は崩壊。IMFの介入を受け入れたことで状況は更にひどいことに。

ついにお手上げとなったエリツィンの体躯と形相には似合わない涙ながらの引退会見の後、さっそうと登場したのがプーチン。
早速臨んだ二人の会談では互いが満足の意気投合。その後プーチンは財閥の解体、資源権益のロシアへの奪還、ロシア正教への肩入れと矢継ぎ早にロシア復権への道を突き進むことになるんですよね。

ソルジェニーツィンが望んだ“国より国民の幸福、農村共同体的な自治”とは趣が異なるにしても、少なくともロシアの誇りはかなりの程度まで取り戻しつつある。

そして2008年ついに没。ですがかつての発禁本「収容所群島」は今や学校の教材となりその思いのいくばくかは若い世代に引き継がれていく。願わくば今後も折に触れて思い起こされる“ロシアの守護神”であり続けてほしいですよね。(2011.8.25)


◆(2012.3.5追記)・・・プーチン、再び大統領に

ここしばらく人気の凋落、反対デモの頻発と、帰趨が取りざたされていたプーチンが、64%を超える得票で大統領に選出されました。憲法を改定してまでの返り咲きに懸念する声もあるが・・・連邦崩壊後の混乱から何がしかの秩序と誇りを取り戻せたのはプーチンの剛腕があったればこそ。更なる自由や民主化を求める反対勢力の台頭もプーチンがもたらした繁栄の結果といった感もなくもない。向こう6年となるか12年となるか・・・ロシアにとって剛腕が不要となる日まではプーチン政権は続くのかもしれません。

そんな風景を、多少の剛腕は必要な国難の時代にあっても剛腕には程遠い政権トップが次々と自滅していく国から見ていると、ちょっとうらやましい感じもします。

それにしてもプーチンには似合いそうにもない涙を浮かべての勝利宣言でした。涙ながらの引退宣言をしたエリツィンも意外でしたが、ロシアの大統領は涙がお好き、それほど篤いということなのかもしれません。

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by C_MANN3 | 2006-12-08 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)
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