◆日本の神様・・・

ひとつ前の記事で紹介しているように「不思議なキリスト教」といった本を読み、“日本人の神様と西欧のGODは何が違うか”・・・そんなことが気になっていたところ、興味深い本を発見しました。

山折哲男さん編の「日本の神」シリーズ1、“神の始原”(平凡社、1995出版)なる本なのですがその第1章、山折哲男さんご自身の「日本の神」がおもしろい。

日本の神は誤解されてきた。だがそれは自らの存在を覆い隠しその軌跡を隠蔽する神の側にも責任があった。だがこの姿を持たない、見せないことがまず日本の神の特徴なのだと。

多神教には2つの類型がある。一つは目に見えない神々の体系、もう一つが目に見える神々の体系であり、ギリシャの神々が姿かたちを明確にし役割や個性を表に出すことで影響力を発揮しているのに対して日本の神々は姿を見せないことに特徴がある。

それはギリシャなどの神々が名前を持っているのに対して日本の神は一宮、二宮、あるいは外宮、中宮といったように記号化されてよばれることにも表れている。
更に日本の神は自由に空間を移動し、分割され、いたるところに居つく。それが氏神様や鎮守の森となり、形は見えないが気配として漂うことで人々に影響を与えるのだと・・・


そこで続いて島田裕巳さんの「神も仏も大好きな日本人(同ちくま新書936)」などを読むと更にいろんなことがわかってきます。

▼まずは原初の神様
やはり日本の神さまは仏教伝来までは本当に神社もなく、拝む偶像もない、気配が漂っているだけの素朴なものだったようです。
例えば日本最古の神社といわれる山の辺の道の大神神社や檜原神社(写真)は三輪山がご本尊ということで、神殿はなく鳥居があるのみ。b0050634_255368.jpgさらに古いものはきっと何がしか気配が漂う場所に目印として柱としめ縄だけがあるといった状態だったんでしょうね。

その名残が現代の地鎮祭なのかもしれません。用のある瞬間だけテントを張り、降臨の儀を行うとそこに神が現れる。頼みごとが終わると昇天の儀を執り行ない見送った後は祭壇を片づけてしまって何も残らない。古代の神様と人の接点はこんな感じだったのかも・・・

▼それが仏教伝来により神仏習合に
そんな日本に突然、お上の主導で壮大な伽藍と仏像、マニュアル化された経典とそれを身につけた高度な知識人としての僧侶からなる仏教が渡来。
素朴な民衆は圧倒されながらも、最初は仏も八百万の神の一種と納得していたのでしょうが、いつの間にか逆転し“神は仏の具現化したもの”といった話になり神仏習合が始まる・・・

気が付くと、大寺院は競って守護神としての神社を従えるようになり、逆に神社は境内に仏を祭るようになる。そして沈黙し素朴だったはずの神様が威容を整え役割と目標を主張し始める。八幡さんはそのはしりとのこと。

▼ところが明治維新で徹底して神仏分離に
維新以降は政府が神仏を徹底分離。特に神社からは仏を跡形もなく追い出してしまった。その後遺症が今に残り、現代の日本人は「あなたの宗教は」と聞かれると神道と答えても仏教と答えても話半分でしっくりこず、黙ってうつむくか無宗教とつぶやいたりする羽目になったのだと・・・確かにこれほど神社仏閣が好きで事あるたびにいろんな願い事や行事をする日本人が無宗教なはずはないですよね。(2012.2.2記/5.27追記)

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by C_MANN3 | 2006-04-14 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)
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