組織と創造性:プロジェクトXの共通因子。

今なお根強い人気のプロジェクトX。続けて見ていますとそこにはいろいろな共通因子がうかがえます。そのひとつが“隠れプロジェクト”。もちろん成功したプロジェクトの多くは、トップを含めて全社一丸となってといったものなのですが・・・興味を引くのは、そうした合間に少なからずのプロジェクトが、会社には反対され、部門はつぶされるなかで・・・まるで隠れキリシタンのごとく、雌伏何年といったものが混じっていることです。
最近の例では、富士通のプラズマディスプレイ、そしてシャープの液晶。

そうしたものを支えているのは例外なく、個人の情念。そしてそれを潰しにかかる会社の中で一人、また一人と現れるついたて、防波堤役の人、協力者。

彼らのロイヤリティーは一体誰に向かってのものなのか。彼らのモチベーションは一体何に根ざしたものなのか。

富士通のプラズマ開発者の場合、子供のころ近所で始めて見たテレビの不思議さに魅入られ、ひたすらテレビの開発にあこがれ続けていた。たまたま入った会社で表示ディバイスを開発していても、会社がそれを単なる数字の表示機としてしか認識していない中で勝手にこれが将来子供のころからあこがれていたテレビを壁掛けにする手段と決め込んでしまっていた。
敵は本能寺・・・同床異夢・・・いろんな言葉が浮かんできますが、サラリーマンは組織の指示に従うものと思いきや、おかれた立場とは異なる夢を追い求める不思議な人たち・・・

富士通のプラズマとそっくりの話はシャープの液晶でも潜伏していたようです。今をときめくシャープの液晶テレビも出発は数字の表示。別に数字を表示したくて始めたわけではないのに、最初の立ち上がりは電卓の答えの表示。しかも電卓屋さんが期待して望んでいたわけではなく、ましてや会社が指示したわけでもなく、埒が明かないと液晶表示の研究チームは解散させられ、それでも液晶を続けたくて、まるで赤の他人の会社に頼み込むようにして電卓の事業部に売り込んだのが液晶商品化の始まり・・・

会社がやめろといっているのだから、それで終わりにしても誰も文句は言わない。その瞬間、瞬間の指示に従うのが会社へのロイヤリティーだとするとそれは当たり前の行為ということでしょう。
口で止めろといってもやめない、部をつぶしてもやめない。辞令を切って持ち場を変えても手を変え品を変え、潜伏してでも続けようとする不思議な社員の存在。組織を構成する多数の一般的な社員や管理職からするととんでもない人種・・・
したがって一般的に言って身は危険。こんな危険を犯す人は多くはないが、結果的にプロジェクトXとして生き残る人は更にわずか。それでも突き進むこの人たちのモチベーションはいったい何なのか・・・

こうした場合、会社が一方的に理不尽かというとそう単純な話でもない。大体においてそれが“単に我を張った固執”なのか“深い洞察、信念に基づく可能性を秘めたもの”なのかが、客観的に見てもすっきりしないことが多い。それなりの審議を尽くして中止と決めた以上、つぶしにかかるのは真っ当な業務手続としか言いようがないのかも・・・

ですが・・・つぶす側にも何がしか心に引っかかるものはある・・・隠れキリシタンが闇夜で光明を求めて祈り続ける姿に気がついた人たちの間で、もしその祈りの姿にオーラが出ていればの話ですが・・・ひとり、またひとりと・・・かくまったり、ともに祈ろうとする人が現れる。そしてその輪が大きくなったとき、捨てたはずのテーマで会社が救われる日がくることがある・・・

組織の中での創造性、信念、モチベーション・・・どれもが重要な資質として、持つべきものとされていながら・・・こうしたものは本気で持ってしまうと厄介で危険で取り扱いにくいものと紙一重の世界に入っていくものなのかもしれません。 (2005.2.8)
by C_MANN3 | 2009-08-10 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)
<< 組織と創造性:ものづくり経営学... ◆隠れキリシタンと「育てる経営」 >>