組織と創造性:癒し系、田中耕一さん

突然、ノーベル賞に輝いた田中耕一さん、この方の場合は、肉親を失っていたことで医学に興味があったらしく・・・島津にきてみると医学機器の開発ができるとわかって・・・工学部を出ていても医学への貢献ができるんだ!・・・と思ったという話が紹介されていました。この方も“心は目の前の直接的な企業目的とは少し違う、「敵は本能寺」人間なのかも”・・・などと不謹慎なことをふっと思ってみたりもします。
それにしても、田中さんのあのマイウェイ、マイペースの雰囲気はどこから来るものなんでしょうか・・・

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“田中耕一さんは国民的癒し系サラリーマン”などというフレーズを週刊誌のつり革広告で見かけました。確かに田中さんがデビューした瞬間の風景、風貌、その後紹介されるいろいろなエピソードを見たり聞いたりしていると「癒し系」って感じがありますよね。

でも私たちは田中さんのどういうところに、癒しを感じているんでしょうか・・・

考えてみると現代は、優秀な学者、あるべきビジネスマン、あらゆる世界でこうしたあるべき姿と言うものがパターン化され、マニュアル化され、しかもそれがどんどん精密化されていく・・・そうした世相を前にみんなの心の中で“とてもそんな風にはなれない、それって何かおかしい”という違和感が少しずつ大きくなり、それが一種の閉塞感となってたちはだがっていたような気がします。・・・そんな中で突然現れた田中さんがノーベル賞に輝きながら、耳にたこができるほど聞かされてきたはずの優秀人物像とはまったく違う。
この瞬間、心の中でずっとくすぶり続けていた違和感は故なきことではなかったのだ・・・やっぱりあるべき優秀パターン以外にも優秀はありえたんだという、ほっとした感情が人々に不思議な癒し感をもたらしているんじゃないか・・・ふとそんなことを思ってしまいました。

学部時代は単位を落とし、苦手科目の受験がいやで修士には進まず、憧れのソニーには採用されず、時期が来ても管理職昇格試験はボイコット・・・ひたすらマイウェイ、マイペースでただただ好きな研究に没頭したい・・・やっぱりこれは、現代社会が求めているあるべき姿とは違う規定違反の厄介者、これで業績が出ていなけれは、会社はためらいもなく排除し、周りもやっぱりねと納得しそうな感じです。

現代の企業は確実な判定基準を設けて採用面接をし(だからソニーは落ちたのかも・・・)、入社後も能力、業績、昇格等の判定基準を整備しことあるたびにフィルターにかけることで、人が人を直感的に識別することによるリスクを避け、システマティックに選抜判断の成功率を高めようとしています。
こうしたマニュアル類は当初は見る人によるばらつきを減じ、基準が客観的なものとして公開されることで公平感を高め、といった効果がありましたが、それがどんどん精緻化しエスカレートするとともに望まれる人物像がパターン化され、どこか人の持つ直感的、総合的な思いとずれが出始めているのではないか・・・理で考えるとまっとうな方向なんだけど、どこか違う・・・といった感じが出始めている・・・その漠然とした閉塞感に風穴を開けた感じがあるのが田中さんということなのかもしれません。

さらに今回はもうひとつ・・・島津製作所にももちろんマニュアルはあるし、望むべき社員像はある・・・そういう中で変人、田中さんをマニュアル通りに切り捨てず、パターンは違うが才能ある社員として認め、彼を守り、温存し、その成果は商品に組み込むといった判断をされた上司なり何なりがおられたということにも、もうひとつの安らぎ感を覚えます。

社長のコメントが面白い。「一定の年齢になると実施する昇格試験も、ただただ研究好きの人にまで経済知識や経営知識を求めるような試験は見直すべきかも・・・」とのこと。
癒し系企業の癒し系社員に輝いたノーベル賞に、乾杯!
by C_MANN3 | 2009-08-06 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)
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