◆日本の脱原発への思い・・・整理すると

[2012.11.20載] 世界的に見れば一部の先進国が脱原発を目指してはいるものの、国情により新たに原発を望む国が多いことも確か。そんな中で日本が脱原発を望むのはなぜか、そうしたことを素人ながらも整理してみました。

▼中国、そして輸出産業としての原発・・・

現状ではこれからも国情により新たに原発を望む国が多いことも確かであり、その入札では日、仏、米、露、韓、そして中国がしのぎを削る風景が続いています。

とりわけ中国では、どんどん集結する天然ガスパイプライン、世界一の規模の風力やソーラーと多様な選択肢がありながら(いわゆる)国産化された原発の建設に熱心な背景には輸出への戦略があるとのこと。

そんな中で英国の原発入札では、中国は避けられ、本国が脱原発となったため手を引いたドイツの企業、対して一歩前に出る日本の企業といった構図となっているのが印象的です。

▼脱原発で言われることの一つに・・・

脱原発のディメリットの一つとして言われることに“国内が脱原発では海外には売り込めない、人材の維持や確保もできない”というものがあります。
技術立国日本としては、“建設、運用、廃炉廃却”の全工程を安全確実に達成し世界に信用して頂けるなら素晴らしいことであり、脱原発には(こと、この点についてのみは)後ろ髪をひかれる思いがないわけではありません。

▼そして確かに安全確実な原発はありうる・・・

今、日本では事故の包括的な検証もないままになし崩しに対策が進められようとしています。 例えば津波のせいにして堤防を高くする・・・それは言い訳にオオム返しのような策であり、それで良しとする風潮は事の本質を覆い隠すものです。

ですが本来原発の事故は人や組織と一体となったソーシャル・マンマシンシステムとして多重防護の理念によって安全が確保されるもののはずです。ところがそうした包括的な報告は国会や政府の事故調からはすっきりしたものが出ないまま、むしろ海外の報告書に迫力を感じるものが目に付きます。
そしてそうした報告に従った対応をするならば、安全な原発はありうるのかもしれない・・・そんな印象はあります。

①まずは米国の発電運用協会のレポート・・・

このレポートでは、運用面での示唆に富んだ分析がなされています。
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO46247170Y2A910C1000000/

②そして海外の調査チームによるオナガワレポート・・・

これは福島ではなく、同じ状況下で事なきを得た女川を調査分析することで福島の問題を浮かび上がらせようとしたもので感動的な切り口です。

文中からエキスを拾うと・・・
  無事だった女川と、事故を起こした福島第1。命運を分けたポイントは何だった
  のか。調査チームの代表者は、いくつかの要素について語った。
  原発の設計、施工方法の違い、過去地震にあった際の補修方法、点検と品質
  保証の違い……。そして最後に挙げたのが「(原発を運転する電力会社の)経
  営体制と企業文化の違い」だった。
  そしてさらには、東北電力について「きわめて協力的でオープンだった」と高く
  評価する・・・とのこと。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK3103C_R30C12A8000000/
この日経のリンクで全文が読めるのは会員のみですが、下記のリンクなら全文が見えます。
http://www.nihonkai.com/sindbad4/20120904b.htm

この種のレポートは日本人が書くとどうしても「私は悪くない」、「不可抗力だった」、「いや、あいつらが悪い」といったことを論証することに明け暮れてしまい、方策につながりにくいのが困ったところです。


▼だがそれでも脱原発となる理由は・・・

ただ、せっかくのレポートがあったとしても日本では脱原発となる理由はいくつか・・・

①同じ地震の中で疾走する新幹線を無事に停止させたほどの先進技術国で起こった原発事故であること、そしてその結果があまりにも甚大であることを目の当たりにしてしまった。

②その原因を人知を超える地震や津波のせいと言いくるめてしまったことで、人知で制御できないシステムなどもってのほかとの風潮を固めてしまった。

③事故の直後に浜岡を止めてしまったことでほぼ原発ゼロの状態が発生し、そのことが原発が無くても何とかなるとの実績に基ずく実感を作り出してしまった。

こうした①~③を踏まえると、ドイツの倫理委員会が言うように“代替技術があり、それが可能ならもはや原発を使い続けるわけにはいかない”ということになるのは止もうえない帰結なのかもしれません。

▼それでも、もし仮に原発復活の可能性があるとすればそのシナリオは・・・

①まずは東京電力の下記のような謝罪が必要です。
今回の事故は天災ではなく(組織としての)人災であり、東電としてはそれを深く認識反省し向こう49年間原発を運用することを慎むが、今回の事故をもとに安全強化された原発自体を、慎みのある他の電力会社が運用するならば安全は確保される。ぜひもう一度原発を信頼して頂きたいと・・・

多分これは他の電力会社や海外の原子力関係者の思いでもあるはずです。特に海外の見方は“日本ほどの国でも避けられなかった事故への深い同情”から経緯が判明するにつれ“失望”に変わっているとの話も・・・

東電は慢心によりチェルノブイリ級の事故を招き、原発の歴史を捻じ曲げてしまったことを深く自省すべきです。でなければ海外の目が“失望”を超えて“軽蔑”に変わる可能性さえありそうです。

②そして使用済み燃料、廃炉廃材の最終処理法と行き先の確保
③太平洋火山帯に位置する日本としての場所の再選択と規模の見直し
④さらには国民の信頼性を取り戻すこと

それは単に技術システムとしての原発の信頼性だけではなく、それをとりまく“省庁や専門家集団の関わり方”そして“運用会社の組織としての体質や運用姿勢”についての信頼性であり、それ無くしては物理的な手段や言をいくら積み上げても信頼性の納得にはつながらない・・・
今日本はそうした根深い不信の淵にあり、それを解消するには“放射能の半減期を待つに等しい”時間を要しそうです。

ですが以上の①~④の条件が整わないかぎり、エネルギー供給の空白を作るわけにはいかない日本としては“より迅速で確実な脱原発への道筋”を模索せざるを得ない・・・
そしてそれは(つなぎとしての当面の間の原発は必要だとしても)LNG火力経由の再生エネルギーということになりそうです。

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by C_MANN3 | 2005-09-20 00:00 |  エナジー & カーボン | Comments(0)
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