◆組織の不祥事:東電とトヨタ・・・

【2013.4.12】 福島第一の現場では相変わらず水漏れ、漏電といった大小のトラブルが続いています。まるでトラブルも、そしてそれに対する謝罪会見もルーチンワーク化してしまっている感さえあります。

そうした謝罪の記者会見を見ていて思う事なのですが・・・どうしてあんなに淡々と、感情を抜いて、他人事のように説明できるんでしょうか・・・
お決まりの広報担当か何かの若い男女のペアーが出てきて、事実関係を淡々と説明。続いてぺこりと頭を下げ、お決まりの「申し訳ございませんでした」で終わりです。後はどんな質問があっても「詳細はただ今調査中です」と・・・
広報担当ではしようがないのかもしれませんが会社として、しまった!とか、プライドが傷ついたことが許せなくて悔しいとか言った感じが全くない・・・なんか企業として、技術者集団として(法人格というか)人格をかけているといった感じが全くない。

対極にある風景として思い出すのですが・・・

以前トヨタが米国でリコール問題を起こし、若い社長が議会の公聴会に呼び出されたことがありました。あの時御曹司の若社長は(正確には記憶していないのですが・・・)たしか、“豊田創業家として無念とか、創業家として責任ある対処をする”といった表現をしている様子がニュースになっていました。
ちょっと時代がかった表現で米国人に通じるのだろうかとびっくりした記憶がありますが、一方で悔しさや申し訳なさや決意といった意味での主観的な人格からあふれ出る何かを感じさせるものがあったことは確かです。

たとえ起こっている事が技術的なマターであったとしてもそれを取り扱っているのは人格を持った人間、最後の歯止めはそうした生身の(事態を背負っている)人間としての姿勢しかないですよね。(2013.4.12)

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by C_MANN3 | 2008-06-13 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)
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