◇シルクロードと唐帝国

◆シルクロードと唐帝国 H28/9読

森安孝夫著、講談社“興亡の世界史05”、2007年の刊。1千年紀の中央ユーラシア、そこでは北の草原から次々といろいろな遊牧騎馬民族が台頭し、それが南の農耕民族と遭遇することで対決や共存を繰り返えすとともに、シルクロードを支配する商いの民もまた東西の文化の交流や文物交易を担うことで影響力を強めていく・・・この本ではそうした様子がダイナミックに描かれています。

中央ユーラシアとはバイカル湖よりさらに東の大興安嶺からアラル海、カスピ海を経て黒海北岸のウクライナ平原までを貫く領域であり、その東西を貫くように草原と砂漠のベルト地帯が続いているが、そこは遊牧地帯、農耕地帯とその交雑地帯が層をなして連なる地帯でもある。そしてこの交雑地帯こそは北の遊牧騎馬民族と南の農耕民族が出会い、衝突と融合を繰り返す中で色々な民族や文化が入り混じった隋や唐のようなグローバルで世界帝国ともいうべきものが興亡を繰り返す国家揺籃の地であった。

そしてそこではシルクロードが大きな役割を果たしていた。シルクロードとは“天山山脈の近辺を数本走る西域への道”と言った程度のものではない。中央ユーラシアのほぼ全域にわたって東西のみならず南北にも枝を広げて多様な文物や文化が行きかう面的なシルクロードネットワークとでもいうべきものであった。そしてそこで縦横無尽の活躍をしていた最大の勢力がソグディアナを故郷とするソグド人であったが、シルクロードの隅々にまでコロニーを持ち、ただ商いに長けるだけではなく高度な情報力やキャラバン自衛由来の軍隊を有し、いろんな民族との交渉力を兼ね備えた集団であった。そのため自身で国を作り覇を競うことはなかったがあらゆる勢力の奥深くに浸透して影響力を発揮し、色々な国家が興亡を繰り返してもソグド人のみは影響を持ち続ける存在であり続けた。

だがそのソグド人も1千年紀の終わりごろには姿を消していく・・・しかしそれは大河がやがてたどり着いた砂漠にしみこみ姿は消すが伏流水となって流れ続けるのに似て、滅亡ではなく中央ユーラシアの隅々に融解していった帰結である・・・一方唐帝国の方は安史の乱以降はもはやグローバル帝国の様相はなく、金で国家の輪郭と安寧を買うただの国家になりはててしまった・・・などといったことがたっぷりと描かれていて、中国視線のアジア史とは全く趣の異なる壮大で感動的な一冊でした。
by C_MANN3 | 2017-03-20 00:00 | Comments(0)
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