◆「適応 VS 自己実現」・・・

自己実現と適応・・・本来この二つはとりたてて相反するものではないはずなのですが・・・

初めて社会に出てまだ多感だったころ、マズローの欲求五段階説に接したとき、「自己実現」には飛びつきましたが、「社会適応」にはなぜか反応しませんでした。
この五段階説はご承知のように、①生存⇒②安全⇒③集団への所属⇒④評価承認⇒⑤自己実現・・・と欲求のレベルを高めていくというもの。

③は社会適応と読み替えてもいいとすると・・・社会に出て初めて組織に属した状況では③の集団や社会への適応が自然な選択。しかもこの五段階説が順次段階を経て発達していく段階説であったとしたら、途中をすっ飛ばしていきなり最終段階をキャッチするのも変。ですが・・・そうなってしまいました。

二十代の私に一体何があったのかはともかくとして・・・社会に出て周りを見渡し、「こんな周りに適応し、飲み込まれてそれで終わりでたまるものか」と突っ張っていたころ出会ったのが「自己実現」で、一も二もなく飛びついてしまったのかもしれません。

それからいろんなことがあり、自己実現は一歩間違うと危険なイバラの道と思うことも何度かありましたが軌道修正などとは全く思わずに歩んだ数十年。
やがて子を持つ親となり、学生となった娘がレポートのネタにと読んでいる生涯発達論とやらの本を横から目を通したときにも、既に四十代の後半になっていたにもかかわらず、「エリクソンのアイデンティティ」にはそうだそうだと思い、「ハヴィガーストの子供は子供らしく、結婚すると夫らしく、世に出ると社会人らしく・・・それが人間の発達過程だ」などという意見には年甲斐もなく冗談じゃない!と思っていた私でした。

そして五十代も後半となったいま・・・ここにきてやっと・・・思いがすこし怪しくなってきました。
自己実現を目指したおかげで得られた若干の何がしかはあるにしても適応に不熱心であったために身につかなかった数々のもの・・・。一方で人様を見ていると、人生の次々と現れるステージに淡々と適応し続けトータリティーを身につけていくすごさ・・・

それに追い討ちをかけるようにいろいろな話が気になりだします。

・例によってYAHOO掲示板のユングコーナーでS1208さんに教えていただいた話で、なんと岸田秀さんが・・・「自己実現」という思想は逃避、自己欺瞞であり「真の自己」など求めるのは先祖が隠してくれたはずの財宝を探す様なものでそのために費用も使いほかの収入もなく生涯を終わってしまう、うさんくさい言葉だと言っているとか・・・

・そうかと思うと一橋大教授の沼上幹さんには著書▼「組織戦略の考え方」の中で・・・マズローの欲求五段階説を信じるのは勝手だが、むやみに五段階目の「自己実現」を組織に持ち込むのは無責任と切り捨てられ・・・どうも自己実現は分が悪い。(2005.11.10)
by c_mann3 | 2007-04-14 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)
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