◆組織の不祥事:パロマとクボタ・・・

松下のファンヒータのリコールが延々と続く中でパロマの瞬間湯沸かし器でも欠陥が露見、毎日のようにニュースが報じられています。
しかも発覚のきっかけが警察による10年前の一人暮らしの男性の死亡事故の再調査だったとか・・・それを受けて立つことになった一回目の記者会見では「当社の責任とは認識していない」といった発言となり、会社は決定的な窮地に追い込まれることになってしまいました。

毎日のように報じられていた松下のリコールキャンペーンのなかで、パロマの社内では「うちの湯沸かし器は大丈夫なのか」といった会話は出なかったのでしょうか。あるいは社員の間の雑談としてはあったにしても・・・組織としての会話には至らなかったのでしょうか。

松下の気の遠くなるような回収努力を目の当たりにして、よく似た自社の製品について多少なりとも議論や調査が行われていたなら、第一回目の記者会見から始まることの流れはまた違ったものになっていたのではと思ったりもします。


この会見の様子を見ていて思い出したのがアスベスト問題のクボタ。
無論それまでにいろいろな経緯があった上のことではあるにしても・・・意を決した感のあるクボタは因果関係も行政の態度も定まらない中で一挙に謝罪と補償の発表を実施。それに引きずられるようにいろいろな会社や行政の態度が固まっていく流れを決定づけたとの印象が強く残っています。

最初は偶発的なアクシデントとして始まることの多い製品や企業運営の欠陥。当初は原因は他にあると言った解釈で事が収まっていきますが・・・あちらこちらから類似の話が重なりことの重大さが浮かび上がっていく中で、やがて社会問題として表ざたにならざるを得ない決定的な段階を迎えることになります。そして、この瞬間をどう迎えるかがポイントのような気がします。

意を決して半歩前に出る会社と、マイクを突きつけられてなお半歩後ずさりする会社・・・半歩半歩でその差はたったの一歩ですが、そのわずかな差がそれ以降の会社の印象を両極に印象付けてしまう。
その瞬間に会社の人格があらわになってしまうということなのでしょうが、政治も事件もすべてが劇場型になって展開される現代社会では、それまで水面下に潜んでいたものが舞台の緞帳が上がりライトが当たった瞬間に見せてしまう第一印象がますます重要となりつつある・・・そんなことを思わせる事件が続いているような気がします。(2006.7.20)
by c_mann3 | 2008-06-14 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)
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