◆こころの三層構造・・・

ここしばらく文化人類学や進化論の本を乱読しているのですが、表現はともあれフロイトやユングが開拓した「無意識」の位置づけに関わる話が随所に出てきます。

例えばスティーブン・ピンカーの「人間の本性を考える」・・・この本では人の心はどこまでが生得的でどこからが生まれて以降の学習や、思考によって築かれたものなのかといったことが書かれているのですが・・・読み進めるうちにいろんな雑感が沸いてきます。

どうやらユングの言う普遍的無意識などはDNAに記述され太古の昔から人類が引き継いできた生得的なもの。そうして人が成長するに伴い知識として外部から取り入れ脳内で発酵させ自分のものと思っている数々のものは実は文化的遺伝子として人の体外で発達させながら歴史として引き継いできたもの・・・ユングの言うペルソナと人類の知的遺産を足したものに相当するのでしょうが、これって意外に普遍性のあるものなんですよね。普遍的意識といってもいいのかもしれません。

こうした進化論やユングをミックスして浮かび上がってくる勝手なイメージを図にしてみました。いわば「こころの三層構造」といったところなのですが・・・人の心の構造は基底部に普遍的無意識、外延部に普遍的意識をもち、その間に挟まれるようにして自我がある。二つの世界の境界にあるため自我は無意識と意識の双方の世界に関わっている。
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ふたつの巨大な普遍的勢力に取り囲まれた小さな自我・・・こんな自我が安定した存在感を確保することは至難の業。例えて言うと巨大な大国にはさまれた小さな国が存在意義を示すためには北朝鮮のように荒れ狂って意地をはるか、両大国と積極的に相互交流を深めて共存共栄の道を探っていくかの何れかなんですよね。

ですが、意地を張ったむき出しの自我では結局まわりとの距離を広げるだけ。他者との連帯は普遍的なものを通して成り立っているもの・・・自我のエネルギーは普遍的なものへと浄化されてこそ役に立つものなのかもしれません。

実はそうして生き続ける自我には、自身のためではなくもうひとつの大きな役割がある・・・体外で進化を続ける普遍の世界を徐々に進化させていく源は一人ひとりの自我なんですよね。DNAを書き換えることができないように普遍的無意識を都合よく書き換えることはできませんが・・・もうひとつの普遍的な世界は実は何世代もの自我の思いと主張によって磨き上げられたもの。

そう思うと・・・なんとなく、個を超えた自我の役割といったものが浮かび上がってくる・・・・なんてことを思ったりもします。 (2007.2.20)
by c_mann3 | 2007-07-12 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)
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