◆学を志す・・・卒業、中退、そして独学

 
【2007.04.14載】 学を志し、道を極める・・・その過程は人により、時代により様々なのかもしれません。

かつてのバンカラだけれども強い向学心があったと言われる旧制高校の時代、学園のアミューズメント化が言われてモラトリアムな学生が徘徊した時代、そして就職難の時代に入り実用的なキャリアを目指してダブルスクールの手段に訴えてでもスキルを身につけようとする人達が話題になる現代。


◆中退の魅力
講義にも出ず単位も落とし・・・でもその一方でお気に入りの怪しげな本は手放さず、夜な夜な青臭い議論に花を咲かせているうちに、途中で何かを見つけてしまってのめり込む・・・そしてやがて中退にいたる。

真っ当なサラリーマンや官庁にはいそうにもないキャラクターでしょうが、文化芸術の分野や、ビジネスでも自身が起業した人達の中には少なくない。
卒業よりも中退の文字がキャリアの中で輝いている人達・・・例えば小説家なら五木寛之、ビジネス界ではビル・ゲーツ。

◆卒業の弊害
例えば理系の職場の風景・・・
解けそうにもない方程式を立ておきながらこの問題は解けないなどと平然という人。混沌とした事象にシンプルな理論を当てはめてそれに乗らないものは平然と誤差項とか言って切り捨てる人・・・こうした人たちの自信はいったい何に根ざしたものなのか。どこかで学び、卒業というお墨付きを手にしたことでその知識や切り口がファイナルアンサーと思ってしまっているような人がいなくもない。

◆そして卒業のない独学の道
たまたま選んで今読んでいる本は真っ当なものなのか、今の自分の理解や解釈ははたしてまとを得ているものなのか・・・指導者も判定の機会も無い中では常にこうした不安が付きまとう。
テキストを与えられたり理解力がテスト認定されることがないこうした人たちは自身の裏付けを求めてさらに周辺の情報を集めることで突き合わせていくしかない。ですがこうした生活を続けるうちに学に対する自主性や嗅覚が発達し、方向性が見えてくる。
「ごくろうさん、これで卒業ですよ」と肩をたたいてくれる人がいないため旅路は果てしなく続く。
そして気がつくと・・・とんでもない山の頂に到達しているなんてことがありえる・・・


もちろん・・・とりたてて理由もなく中退をするような人の大半はただただ漂うのみの人生を送りそう。立派に卒業した人のほとんどはその後も勉学は続く。そして独学の道を挫折せず極める人はまれ・・・でもそうしたことは分かったうえで、身近な人や遠くの人を眺めていて、ふと思うことがある心象風景のひとつです。
by c_mann3 | 2016-11-10 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)
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