◆謝らなくなった日本人・・・

〔2007.5.11載〕五木さんの「仏教への旅」、シリーズの最終回は日本・アメリカ編でした。
その中で広大な敷地に全米から信者が集い修行に励む禅寺が紹介されていましたが、そこでの住職と五木さん会話もまた味わい深いものがありました。

9.11といったこともありアメリカ人の心の中に大きくあいた空洞を、少しずつ埋めていくことに仏教が役立っているといった話の中で・・・
アメリカ人に仏教を簡潔に言葉で表すと何でしょうかと問われた住職が・・・それは、I am sorry. Thank you.そして I love you.の三つだと答えたといった話が紹介されていました。
この話し、英語としても意味合いとしても余りにも簡単なため一見ジョークのように聞こえて思わず笑ってしまうのですが・・・その笑いの乾かぬうちに、なるほどそれに尽きるのかもといった感じがし始める味わいのある言葉ですよね。

アメリカ人が受け入れつつある I am sorry・・・そういえば逆に、かつては「申し訳ない」が口癖だった日本人が最近は本当に謝らなくなってしまった感じがします。

母親にしかられて「僕は悪くない」と言って泣きじゃくる子供から、不祥事を起こした会社の「わが社に落ち度があったとは思っていない」などと言う記者会見、果ては従軍慰安婦問題での首相談話に至るまで・・・大小の日常会話の中で I am sorry の言葉が聞かれることは少なくなっているような気が・・・

そういえば数十年前の一時期、“日本人は謝りすぎる。何があっても非を認めず、まずは己の正当性を主張するアメリカ人を見習うべき”といったことがよく言われていたころがあったような気がします。それを数十年かけて素直に学習した日本人はいま、すっかり謝ることも感謝することも苦手な国民になってしまった感じです。

ところが面白いことに本家のアメリカではなんと、何かあるとまずは謝っておこうというのが最近の傾向だとか。揉め事があったとき、最初に高飛車に出ると調停がこじれて賠償金がとんでもない金額になる。係争処理はソフトスタートのソフトランディングでということのようなのですが・・・日本とアメリカは数十年かけてメンタリティーが入れ替わりつつあるのでしょうか。

「僕は悪くない」、「私は間違っていない」・・・会話の最初にこの言葉が出ることが多くなった日本人。ですがせっかくのこの言葉は相手に対して発しているつもりでも相手は納得していない。その言葉に“そうなんだ、その通りなんだ”と納得するのは発した自分自身のみ。この言葉を発した瞬間の自分への納得で、それ以降に続く会話からは耳も心もシャットアウト。
こうして今日も明日も、あちらこちらで収斂先の無いいざこざが増幅再生産されているのが日本の風景なのかもしれません。

日本の禅僧がアメリカで広め始めたI am sorry. Thank you.・・・ボツボツ逆輸入が必要なのかもしれませんね。
by c_mann3 | 2016-06-04 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)
<< ◆まぶしく輝いていた国・・・日...    ・・・“風にまかせて”は... >>