◆デカルトのあかちゃん・・・

いくつか上(にスクロールしたところ)の記事、「あかちゃんの言語野」から始まる赤ちゃんシリーズの第三弾、今回は図書館で出合った面白い本の紹介です。

ポール・ブルーム著、題して「あかちゃんはどこまで人間なのか」。原題を直訳すると“デカルトのあかちゃん”ってことなのですが・・・

脳科学などといったものが発達し身体と心の境界がますます怪しくなってきていますが、現代の科学や文明はデカルトが二元論を唱えて心と物を分離したからこそ、ここまで発達することができたことも確か・・・

そんなこともあり二元論は“大人の人間の高度な理性だからこそ生み出せた発想、論理”のように思われがちですが実は・・・
どうやら人間の脳は進化の過程で物事を二元論で考えてしまう癖を身につけてしまっているらしい。その証拠に赤ちゃんや幼児を観察しているとその証が見られると・・・そうだとすると、確かに“デカルトのあかちゃん”ですよね。

よく似た話として森羅万象をすぐカテゴライズし、一つ一つのカテゴリーに本質的な特徴が潜んでいるといったまるで構造主義を思わせるような発想も同じく進化の過程で染み付いた人間の思考癖、これも幼児の段階から見られる発想らしい・・・

さらには森羅万象の存在になぜか目的性を感じ、その背後にある意図を持って森羅万象をつくり賜うた「神」の存在を感じるなどという高度?な発想もまたしかり・・・ なんて話が次々と書かれていて・・・

どうやら幼い子供は教育を受ける以前の段階から意外に本質主義者で現実主義者、道徳主義者で二元論者。そしてその元は進化の過程でつかんだ脳内の組織構造ないし思考癖にあるということのようです。

もしかすると人はみんな等しくデカルトを彷彿とさせるあかちゃんとして生まれ、数十年をかけてゆっくりとただの大人に育っていく。そうした中で一握りの人たちが赤ちゃんの持つ資質を素直に成長させることでデカルトクラスの偉人となるということなのか・・・などと妙に納得させられてしまう本でした。

ただあえて付け加えると、現代のデカルトが悩ましいのはDNAとして脳内に引き継いだ資質を素直に開花させた上に、さらに絶妙に取捨選択した文化的遺伝子ミームを加味し、そこからもう一歩前進しなければならないってことなのかもしれませんね。(2008.1.10)
by c_mann3 | 2012-04-08 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)
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