◆井筒俊彦さんの「意味の深みへ」・・・

米英軍がイラクに侵攻したあと、ブッシュはほんの数ヶ月で高らかに戦闘終結宣言をしたはずなのですが、それから5年が経過してもなおイラクの混迷はますます深まり、自爆テロも収まりそうにありません。

それどころかイラク以前にいったんは終結していたはずのアフガニスタンではタリバンが復活し、イスラエルとイランは今にも激突しなねない雰囲気に・・・

911に端を発したテロとの戦いは核疑惑国への予防攻撃といった論理で闘う対象を拡大し、それがくさびとなってかろうじて治まっていたはずの国家間、宗派間の亀裂をはてしなく広げています。

ここまで対立してしまって両者の間で折り合いはつくものなのかなどと思ってしまいますが・・・そうした中で井筒俊彦さんの本、岩波書店1985年刊の「意味の深みへ」に出会いました。

テヘランでイスラム哲学の研究に没頭していた井筒さんはイラン革命が勃発し騒然とする1979年、亡命先から帰国するホメイニ師とすれ違うように日航の邦人救出機で帰国。
この本はその直後に書かれた論文や講演を編集したものなのですが、その中に“異なる文化的枠組みの中でコミュニケーションは成立するのか”といった話が出てきます。

この本で井筒さんは・・・

今、世界は地球社会化を目指して「一様化」と「多様化」が同時進行している。
科学技術、機械文明、工業化で一様化が推し進められ、もはやいかなる国も民族も「誇り高い孤高」の状態ではいられない。
だが一様化の進展で異文化が接近するために離れていれば問題にはならなかった固有の文化、伝統、世界観、生活感情のレベルで不調和、不一致、闘争、激突が発生している。

この不一致や対立を乗り越えてよりレベルの高い地球社会化が達成できるかどうかが問題なのですが、井筒さんは東洋哲学やユングを引き合いに出し希望はあると。

いずれの民族もその思いや伝統は強く言葉と結びついて輪郭を主張している。民族の表層部はこうした言葉と言葉が織物のように堅く結びついて覆われていて、さらにその一つ一つが民族の無意識の深層に根を張った強固な意味ネットワークとしての網状体を形づくっている。

本来は互いに相容れない表層意識の太い結び目を解きほぐし、外来の異質なものを心の深層の混沌の中に溶解させた上で意味ネットワークの網状体を再構築するなら、新たな地平を切り開くことは可能。
そしてそのためには人の意識や認識は基底部に混沌の世界を持つ多重多層の構造を持ち、その表層と根底にある混沌の世界は観想で交流と再編成が可能とする東洋思想に期待を寄せておられるのですが・・・

観想やユングの言う変容は一人一人の個人においても到達することが難しく、とんでもない修練が必要。それが、足並みのそろわない人の集合体である民族や国家で本当に成り立つものなのかが気になるところですよね。(2008.7.17)
by c_mann3 | 2006-10-12 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)
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