カテゴリ: ・・・風にまかせて・・・( 94 )

◆区分別読書の履歴・・・《進化・生命科学系》

 ◆区分別読書の履歴◆   進化・生命科学系 

区分けの境界はあいまいですが、スクロール上下で各区分も見て頂けるということでご容赦を!

◆生命 最初の30億年 H28/4読

友人に勧められて手にした本なのですが、アンドルー・H・ノース著、紀伊国屋書店、2005年刊。副題が“地球に刻まれた進化の足跡”とあり、この本は35億年前のこの地球に生命の痕跡らしきものが見え始めたころから、5億年前のカンブリア爆発までの、最初の30億年の間の生命の進化を解き明かしていくドラマチックな構成の大作です。

カンブリア紀以降に比べると格段に物的資料の乏しい空白の期間なのですが、世界の極限の地を踏査し太古の環境の名残や微化石を追い求め、層序学、放射性同位元素による年代測定、DNAやRNAのかけらに分子時計を当てはめた生命系統樹の分岐点推定、さらには太古に類似の環境で生息する太古と類似の現生微生物の分析と、あらゆる手段を組み合わせて生命進化の謎解きをしていくプロセスが克明に描かれています。
その中で地球環境が生命を生み、生命が環境を変える(例えばCO2やO2の濃度なども一例かも)、地球と生命は正に共進化してきた関係なのだといった味わい深い話も随所に出てきます。
ただこの本自体は原著が2003年に発行されたものであり、今となってはこうして解き明かされた答えは既に教科書にもまるで自明のことのように淡々と箇条書きされている事項も少なくないのですが、この本ではそれに至る大変なプロセスが今なお残されている課題や異論と共に描かれていて、机上で教科書の箇条書きを丸呑みしてしまっている自分がちょっと恥ずかしくなったりも・・・

ともあれ最も古い祖先と思っていた古細菌は実は新しくてもっとその手前がある、DNAが生まれる前にはRNAワールドがある・・・わかればわかるほど、その先が解らなくなるこの世界に分け入っていくにはこの本に描かれているようなドラマチックなプロセスが更に果てしなく必要のようです。


◆エピジェネティクス H27/12読

仲野徹著、岩波新書1484、2014年刊。ひとつ山を越えると次の山が見えてくるということでしょうか。
DNAが分かればすべてが分かる、そう願って全ゲノム解読の山を越えてみると、そのDNAは自由気ままに発現できているわけではなく、そこには発現制御機構というもう一つの山が立ちはだかっていた。その機構がエピジェネティクス、そのひとつはDNA個々の要所要所に取りつくDNAメチル化、そして長いDNAを保持しているリールのようなヒストンに加えられた数々の修飾。DNAは解読されタンパク質に翻訳されてはじめて人体を構成していくが、そのDNAにまとわりつくエピジェネティクスはまるで膨大な文字列の本に挟まった"しおり"やアンダーライン、伏字、塗りつぶしとなって解読(発現)を制御していく。
しかも細胞分裂に際してはDNAと同じくエピジェネティクスの情報も引き継がれていく。しかし突然変異以外では変わらない安定したDNAに対してエピジェネティクスは体内外の環境の影響を受けダイナミックに変化する存在でもある。

この本ではDNAメチル化、ヒストン修飾といったエピジェネティクスの機構が分かりやすく解説された上で、同じDNAを持った一卵性双生児が環境が異なるとやがて異なる発育を見せる、よく似たDNAを持った兄弟や親子でも同じ部位で発癌するかどうかは異なる・・・そういったエピジェネティクスが支配している現象が次々と紹介されていきます。
エピジェネティクスは今、時代の最先端のホットな領域であり、その分センセーショナルに扱われやすい領域でもあるとのことですが、その詳しい解説だけでなく、著者のこの領域への篤い思いと科学者としての冷静な目線が伝わってくる感動的な一冊でした。


◆破壊する創造者 H27/10読

フランク・ライアン著、早川書房2011刊。“生物の進化は突然変異と自然淘汰の積み重ねによるもの”と言われても、何か都合がよすぎる感じがしてもやもや感が払しょくしきれない中で出会ったのがこの本。

この本によるとその副題、“ウイルスが人を進化させた”が示す通り、進化の源泉はウイルスの進入と共生の積み重ねによるものだと。確かに私たちを含む動物や植物の細胞はミトコンドリアや葉緑体の進入を受け共生するようになったことで飛躍的な機能を手に入れたが、それは突然変異じゃないですよね。もちろんミトコンドリアや葉緑体はウイルスではないが、それよりもはるかに進入(感染)力の強いウイルスはもっと頻繁に進入し続けその痕跡がDNAのイントロンやLINE、SINEといった領域にはぎっしり蓄積されている。

ウイルスが侵入し宿主と共生しようとすることを攻撃的共生というらしいですが、その第一段階の攻撃を受けると宿主側は免疫力等で防御はしてみても結果的には99%以上が死滅する。そして絶滅の一歩手前で相利的関係を築いて共生関係に入る。その結果生き延びた宿主の側は新たな機能を手に入れて再度繁殖する。そういったことを繰り返して今に至っているということのようです。種の一部の個体に突然変異が発生しそれが交配によって子孫に拡がって行くとの話に比べると、ウイルスは特定の種にくまなく一斉に襲い掛かり、しかも種のDNAに直接影響を及ぼす分、特定の種の進化の説明としては納得しやすいものがあることは確かです。

とはいうもののこの本、不慣れな私などには難解なところも多く、ちょっと今の時点では消化不良の感じはぬぐえませんが・・・哺乳類が胎盤を手に入れた経緯等、ウイルス由来と思われる進化の事例等も豊富に解説されていて、読んでいて説得力があり、繰り返して読んででも理解を深める価値はありそうな一冊です。

      
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by C_MANN3 | 2015-02-18 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆区分別読書の履歴・・・《グローバル経済・経済史系》

◆区分別読書の履歴◆  グローバル経済・経済史系 

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◆資本主義の終焉と歴史の危機 H29/1読

水野和夫著、集英社新書0732、2014年の刊。ただ事ならぬタイトルの本ですが、日々のニュースに現れる事変や相場に一喜一憂していては見えない歴史の本質を400年スパンの金利の変化でひも解いてくれていて、しかも不気味な説得力がみなぎっている本です。

この本によると・・・資本主義は(国や地域、産業分野といった)中心と周辺から構成され、中心が利潤率を高めて資本の自己増殖を推進するシステムであり、それが機能し続けるためには常に新たな周辺の確保が必要。
大航海時代にはじまり空間としての周辺を広げてはきたが、途上国が成長し新興国になれば更なる周辺が必要。だが21世紀を迎えた今、もはや地球上に新たな実空間としての周辺は見当たらない。
資本主義の始まりはフィレンツェで利子が容認されるようになった12~3世紀と見ることができるが、以来利子率の長期低迷が続くとその都度新たな周辺が切り開かれてきた。

投資先である周辺を失えば金利はおのずと下がる。そうした歴史の中でもっとも最近の1990年代の利子率低下時代を突破するために生み出された新たな空間がグローバルでバーチャルなな電子・金融空間であったが、それは必然的にバブル生成と崩壊を繰り返す性質のものであった。
そして崩壊の度にバブルをあおった側の巨大金融機関は公的資金で救済される一方で、一国の中では中間層がローン破綻やリストラにあい貧困層に転落、国家のレベルでは債務破綻国が生みだされて格差を広げていく。気が付けば遠くの地に求めるはずであった周辺が、中心であるはずの国や地域の内部に形成されつつあり、それがたとえば日本では非正規社員層の出現であり、EUではギリシャ問題である。

資本が利潤を生む空間を失えば資本主義は行き詰る。そしてそれが格差の拡大や中間層の崩壊を伴うものであれば民主主義に基づく国民国家の基盤も失う。資本主義の終焉とは近代の終わりであり、西欧史の終わりでもある。
金利の長期低下は資本主義終焉のバロメータであるが、そうした中で日本が世界に先駆けて到達したせっかくのゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレ。このアドバンテージを利用して日本は“定常状態、脱成長という成長”を模索して歴史の危機に立ち向かうべきなのだが、それにう抗い成長路線に先祖がえりしようとすることは沈没を早めるだけなのだと・・・
ではこの危機を乗り越えソフトランディングする新たな処方箋とは何か、実は著者ご自身も明確な答えは持ち合わせていないとのことなのですが、この本の構図を念頭に置いておくといま世界で巻き起こっている現象が理解しやすくなることは確かです。


◆問題は英国ではない、EUなのだ H28/12読

エマニュエル・トッド著、文春新書1093、2016年の刊。この本は英国がEU離脱を決定し、米国ではトランプ旋風が巻き起こる中で出版されたエマニュエル・トッドの新著。

EU離脱については既にそれを予見していた著者にとって当然の帰結であり、強引に推し進められるグローバリゼーションに疲弊する世界の中で巻き起こったネイションへの回帰なのだと。
今回の英国のEU離脱、そして米国のトランプ旋風・・・それは世界中をグローバリゼーションの渦に巻きこみ込んだ火元の国でさえもが、人・物・金の見境のない流動による弊害が耐え難い状況に至ったことを示している。
そうしたこともあり今回EU離脱に至った要因については移民の急増や経済格差が言われているが、実はもっと重要な動機は英国議会のEUから主権を回復することにあったことが投票の出口調査からもうかがえ、それは英国が世界に先駆けて"近代”の扉を開いた“名誉革命”へ回帰とでも呼ぶべきものであると・・・

EU離脱を決めた英国はいま戸惑っているようにも見え、次は連合王国の分裂かともいわれているが、そんなことにはならず、時間はかかるかもしれないが広大な英語圏諸国との絆を深める中で英国は再び確固たる地位を再構築するに違いない。

では一方のEUはどうなるか・・・超国家を目指して突き進んできたEUは益々構成国の国家主権の垣根を低くしEUとしての官僚組織を肥大化させる傾向にあるが、そうした中で経済政策、移民政策等で益々理想主義を貫こうとするドイツに対して、今までは仏・英が歯止めの役割を果たす微妙なパワーバランスの上に成り立っていた。
だが今後は英国の援護射撃を失ったフランスがドイツの歯止めとなることは難しく、おそらくは益々ドイツ色の強いものとなる。そこでドイツが理性的にふるまわなければあちらこちらで超保守が台頭し、構成国のネイション回帰が始まり分裂する可能性もある・・・というのがトッドさんのお見立てのようです。

ところで著者のE.トッドさんは歴史人口学者で家族人類学者。この本の後半ではご自身の血筋やキャリアの中で一連の著作を世に問うに至った思索変遷の経緯が回顧され、併せて人口学や家族の形態比較の視点から見た歴史の様相が解説されていきます。

外婚制共同体家族を基盤とする国家とかつての共産圏は分布が重なる。ベトナムは共産主義化したがとなりのタイは母方同居を伴う核家族をベースにした社会だったために共産主義には染まらなかった。その共産圏が崩壊した際も核家族型のポーランドや直径家族型のチェコはスムーズに共産主義を脱したが、中国やロシアは今後も尾を引きずると。また直系家族の社会は国家機能を内包しているがゆえにとりたてて国家を必要としないとか、核家族の社会は個人主義を発達させるが実は個人主義ではみ出したものを補完するためにかえって確固たる国家を必要とする、はたまた内婚制共同体家族のアラブではもともと国家形成が困難なのだ等々・・・

そしてこうした見方の延長線として2030年代の世界を展望する章へと続くのですが、読み進めるうちにこれからもE.トッドさんの予見が現実のものとなる場面は種々出てきそうな気がし始める貴重な一冊でした。

◆ウォーラーステイン H28/10読

川北稔著、講談社選書メチエ222、2001年の刊。経済史の本を読んでいると必ず出てくるウォーラーステイン著の「近代世界システム」。一度は読まなければとは思ったものの分厚い全4巻の大著でしかもさらに第5巻が予定されているとのことで、それを読むのは大変と手短な解説本を探していて手にしたのがこの本。

著者の川北さんは学生時代にウォーラーステインの著作に接して感動し、そのままウォーラーステインのもとへ留学し「近代世界システム」全巻を訳された方。
まずはウォーラーステインの「近代世界システム」の要点、論点を箇条書きの6項目としてたった2ページに要約してくれていて思わず納得。ですがウォーラーステインの神髄はむしろその定番の6項目に至る思索のプロセスにあると。

例えば世界システム論の特徴の一つには世界を保守と革新、先進国と後進国といった二項対立でとらえることに異を唱え、対立しているかに見える二項は実はセットで互いに役割補完のシステムを生成してしまっているというのがあるのですが・・・こうした観点は米国生まれのユダヤ人であるウォーラーステインが研究活動に入って以降のアフリカの経済開発との関わり、1968年の世界規模で巻き起こった反体制学生運動への大学側の立場での関わり、そしてその後のブローデルの「地中海」との遭遇と続く経緯の中で少しずつ確信を深めて「世界システム論」として集大成されたものなのだといったことが解説されていて、ウォーラーステインの著作を理解し納得するためには大いに参考になりそうな一冊となっています。

◆世界システム論講義 H28/10読

川北稔著、ちくま学芸文庫、2016年の刊。上掲の「ウォーラーステイン」に続いて同じく川北さんの著作ということで手にしたのがこの本。
こちらはタイトルがずばり「世界システム論」とあるように、文中にウォーラーステインの名は出てきませんが、まぎれもなく“(近代)世界システム論”そのものの全容を15章にまとめてくれています。この本はもともと2001年に放送大学の15回分の講義のテキストとして執筆されたものとのことで、凄く読みやすい構成となっている有難い一冊です。


      
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by C_MANN3 | 2015-02-17 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆区分別読書の履歴・・・《歴史・思想系、その他》

 ◆区分別読書の履歴◆   歴史・思想系、その他 

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◆中東から世界が崩れる H29/1読

◆イスラム国の野望 H28/10読

 この2件はまとめて “イスラムの国あれこれ” のコーナーに移設ました。

 
◆民族という名の宗教 H28/10読

なだいなだ著、岩波新書204、1992年の刊。そういえば著者のなだいなださんがお亡くなりになってもう三年、そんな思いもあり手にした本なのですが・・・

この本では人類が始まって以来の、人が集い群れを成しその群れをだんだん大きくしてきた中で、人を集めて束ねる力は何だったのかといったことが、軽妙な語り口でつづられています。
まずは親族で集まり、それが氏族の集まりとなり、やがて民族の単位となり、さらには国家や国家を超えてつながる帝国、宗教圏、(社会主義や資本主義の)陣営へと人はひたすら大きくまとまることで覇を競ってきた。そしてその都度、その規模に見合った凝集力を高めるための旗印、信仰、儀式、教義を生み出してはきたが、それらはいずれも考えてみると根拠があいまいで集団幻想ともいえるものでもあったと。

例えば血縁を基にしているとはいえ氏族集団ともなると家系を辿った血縁関係はあいまい。また国民国家意識を高揚させるとは言っても構成民族は複雑で文化も入り混じり、アメリカ人とか中国人とかいった人種がいるわけでもない。従って国家や陣営といった上位概念の集団はいったんほころび始めるといとも簡単にもとの民族意識や氏族意識の世界に戻ってしまう。
この本はソ連邦が崩壊し社会主義の束ねが外れ、ユーゴスラビアに代表されるようにソ連周辺国が一挙に民族意識の世界に回帰し、紛争が多発する中で書かれたこともありその説得力には思わず引き込まれてしまいます。

ともあれ一時は世界の半分を束ねた社会主義なるものが崩壊し、その主義がもはや無用の長物、粗大ごみとして捨てられようとしている真っ最中にあって、なんとなだいなださんは"いや捨てるのはもったいない、この主義が持っていた力の何某かはリサイクルが可能”と。

このムーブメントは「万国の労働者よ団結せよ」とのスローガンの下、一時とは言え民族や国家を超えた連帯を成しとけたことは事実。このスローガンの「労働者」の三文字を何かに置き換えるならこのシステムの再利用は可能なのではないかということのようです。
さてこの三文字を何にするか・・・なだいなださんは生前「老人党」を結成しておられたのですが・・・だとすると「万国の老人達よ団結せよ」を旗印にすると、また新しい地平が見えてきたりするのかもしれません。

◆シルクロードと唐帝国 H28/9読

森安孝夫著、講談社“興亡の世界史05”、2007年の刊。1千年紀の中央ユーラシア、そこでは北の草原から次々といろいろな遊牧騎馬民族が台頭し、それが南の農耕民族と遭遇することで対決や共存を繰り返えすとともに、シルクロードを支配する商いの民もまた東西の文化の交流や文物交易を担うことで影響力を強めていく・・・この本ではそうした様子がダイナミックに描かれています。

中央ユーラシアとはバイカル湖よりさらに東の大興安嶺からアラル海、カスピ海を経て黒海北岸のウクライナ平原までを貫く領域であり、その東西を貫くように草原と砂漠のベルト地帯が続いているが、そこは遊牧地帯、農耕地帯とその交雑地帯が層をなして連なる地帯でもある。そしてこの交雑地帯こそは北の遊牧騎馬民族と南の農耕民族が出会い、衝突と融合を繰り返す中で色々な民族や文化が入り混じった隋や唐のようなグローバルで世界帝国ともいうべきものが興亡を繰り返す国家揺籃の地であった。

そしてそこではシルクロードが大きな役割を果たしていた。シルクロードとは“天山山脈の近辺を数本走る西域への道”と言った程度のものではない。中央ユーラシアのほぼ全域にわたって東西のみならず南北にも枝を広げて多様な文物や文化が行きかう面的なシルクロードネットワークとでもいうべきものであった。そしてそこで縦横無尽の活躍をしていた最大の勢力がソグディアナを故郷とするソグド人であったが、シルクロードの隅々にまでコロニーを持ち、ただ商いに長けるだけではなく高度な情報力やキャラバン自衛由来の軍隊を有し、いろんな民族との交渉力を兼ね備えた集団であった。そのため自身で国を作り覇を競うことはなかったがあらゆる勢力の奥深くに浸透して影響力を発揮し、色々な国家が興亡を繰り返してもソグド人のみは影響を持ち続ける存在であり続けた。

だがそのソグド人も1千年紀の終わりごろには姿を消していく・・・しかしそれは大河がやがてたどり着いた砂漠にしみこみ姿は消すが伏流水となって流れ続けるのに似て、滅亡ではなく中央ユーラシアの隅々に融解していった帰結である・・・一方唐帝国の方は安史の乱以降はもはやグローバル帝国の様相はなく、金で国家の輪郭と安寧を買うただの国家になりはててしまった・・・などといったことがたっぷりと描かれていて、中国視線のアジア史とは全く趣の異なる壮大で感動的な一冊でした。

◆多神教と一神教 H28/9読

本村凌二(りょうじ)著、岩波新書967、2005年の刊。太古の昔、人がまだ意識や自我を持たなかった頃、人は耳元にささやきかける神々の声に従い神々と共に生きていた。だがやがて意識や自我の芽生えと共にそのささやきは聞こえなくなり、変わりに人は自身の意識の中にその気配を探し求め言葉に載せることで人々と共有するようになった。

副題に“古代地中海世界の宗教ドラマ”とあるようにこの本では、メソポタミア、エジプト、そしてギリシャからローマへと続く人類と神々のかかわりが解説されていきます。
(以下は勝手な要約で恐縮ですが・・・)幾多の民族や部族が交流と興亡を繰り返す中で、民族により名は違えども同種の神は収斂し、統合されていく。そうした中で人々はやがて神々の背後にあってすべてを取り仕切る全能の神をイマジネーションするようになる。それは概ね太陽神とそれに寄り添う女神の形をとることになるが、全ての源で威厳はあるが親しみにくい全能の神とは異なり、それに寄り添い包容と慈愛い、そして豊穣を担う女神の存在は人に神への親しみと安らぎをもたらすものでもあったに違いない。

だがそうした中で一部のあまりにも過酷な運命を生きる民族の中から、女神の慈愛などは待てないと全能の神に“己を律して生きるなら救済してくれるか”とばかりに直談判の契約に及ぶものが現れた・・・旧約、新約の一神教はそうして生まれたものではなかったかと。言われてみるとこうした一神教では女神的なものが弱く、ともすれば慈愛や寛容よりも父性的な戦いに明け暮れてきた感はありますよね。

また著者は一神教が成立した頃がアルファベットが生まれた時代に重なることに注目し・・・幾多の事象を象形文字であらわすヒエログラフは一つ一つの文字に言霊が宿るために幾多の事象を表そうとすると数千種にも及んでしまう。対して個々の言霊は一旦切り捨てたった30個ほどのアルファベットで森羅万象を表現する全能の表音文字を生み出したプロセスは、個別具体の事象を担う神々を全能の神として抽象化していく過程と同じ心的なプロセスではなかったかとも。
この本はしなやかな文章で独特の雰囲気が漂う、まさに5千年に及ぶ壮大な心の考古学です。
 なお“多神教、一神教”については他にも一塊の記事が別コーナーに・・・ 


◆古代都市平城京の世界 H28/8読

舘野和己著、山川出版社、2001年の刊。著者は長年奈良国立文化財研究所で平城宮跡の発掘に携わって来られた方。その方の二日間に渡る講義を拝聴する機会があって手にした本なのですが…

この本では発掘に基づく都の骨格と、そこの長屋王邸宅跡から出土した3万5千点にもおよぶ木簡文書や各種の文献資料を基に平城京のいきいきとした姿を復元してくれています。両側に側溝を持つ幅74mの朱雀通りが中央を貫き、その両側に位階の順に臣下、官吏の屋敷が並ぶ。物流のターミナルとしては左右2ヶ所に市をもちそこには人工の運河がつながっている。
規模としてはひとつ前の藤原京よりも一段と広大で、完全な条坊制の骨格を持ち宮殿の配置もさらに長安のそれに近づいていることが窺えますが、本書では更に官吏の日常勤務の様子、東西の市で賑わう物資の流通の様子、税や献納としてとして全国から集まる物資や労働者の様子も描かれていて・・・まさに律令体制国家の要として国家の威信をかけて造営、運用されていた平城京の様子が目に浮かぶようです。

ただ10万人とも20万人とも推定される人口を抱えるが故に既に今と同じ都市問題にも悩まされていたようで、その中でも最大の問題点が衛生面。何度となく疫病の蔓延に悩まされ、それが政情の不安も巻き起こし、最後は帰っては来るものの途中何回かのプチ遷宮や騒動もあったりと・・・あおによし奈良の都もそれなりに大変ではあったようです。
ともあれこの本、各ページの欄外の注釈も程よく親切で予備知識が乏しくても楽しめて奈良時代そのものの理解にも役立つありがたい一冊でした。

◆道が語る日本古代史/◆古代道路の謎 H28/8読
◆道路の日本史/◆完全踏査古代の道 H28/8読
 この2件はまとめて “日本あれこれ” のコーナーに移設ました。

◆古代飛鳥を歩く H28/6読

千田稔著、中公新書2371、2016年の刊。仏教伝来を始め大陸の文化文明が押し寄せる中、政変を繰り返しながらも日本の形が整いつつあった時代の飛鳥、天皇が代を変える度に宮を遷しはするが飛鳥を大きく外れることはなく、やがてそれを集大成するかのように藤原宮を造営するに至った飛鳥の時代。
この本はその日本の原風景ともいえる飛鳥の地への想いをエッセイ風にまとめてくれています。場所や事変の折々を題材に76の章立てで構成されていて、各章はカラーの写真1枚を含んで2ページで完結の簡潔な構成となっており、読み進めるうちに事変や天皇名が箇条書きされただけの歴史の教科書ではつかみにくいこの時代の風景が浮かび上がってきそうな一冊です。

著者曰く。外国の文化文明を吸収し日本を形作っていく様子は、明治を含めた近代によく似た姿ではあるが、和魂洋才と称してその背景としての精神性の導入までには至らなかった近代に比して、飛鳥の時代には目に見える文化文明だけでなくその背後にある心(一つには仏教)をも吸収し、それを為政の徳や生きる指針としようとした日本人の真摯な姿が見て取れると・・・一見、飛鳥散策のガイドブックのように見えて、実は味わい深い一冊です。

◆シルクロードの古代都市 H28/6読

加藤九祚(きゅうぞう)著、岩波新書1444、2013年の刊。副題に“アムダリヤ遺跡の旅”とあり、この本ではネパール高原やヒマラヤ山脈に連なるアフガニスタンのヒンドゥークシュ山脈を源とし、中央アジアを西に2574kmにわたって流れてアラル海にそそぐアムダリヤ(アム川)と、その上流のバクトリアの遺跡について紹介してくれています。

まず序章としてアムダリヤとアラル海の地形や風土が紹介されるのですが、かつては世界第4位の広さを誇っていたアラル海が一大灌漑事業により1960年を境に一挙に干上がり、湖水面積が1/5まで激減してしまった経緯が紹介されています。川の上流で水量の1/4を分岐させ1100kmに及ぶ運河を作り広大なエリアを綿花畑に変える、100mも揚水して高地に運河を作り都市を潤す、だがその結果一方では湖水を干上がらせ広大な塩害の地も生み出してしまう・・・強大な計画経済国家だからこそできた、そしてしてしまった20世紀最大の大地改造、自然破壊の結果です。

で、本題のこの川の上流バクトリアの地は、ユーラシアの西とインドや中国をつなぐ要衝の地であり、それだけにアケメネス朝、アレキサンダー大王東征、クシャン朝といろいろな勢力の侵攻を受け、何重にも文化の融合を重ねてきた土地であり、その様子がうかがえる遺跡が次々と発見され調査が進んでいると。
いずれの遺跡もヘレニズムの影響は強いのですが、そのひとつ、アイハヌムはアレキサンダー大王東征の後、グレコ・バクトリア王国に入植したギリシャ人中心の都市であったらしく、街の姿は円形劇場、神殿とギリシャの街にそっくりの造りとなっているとのこと。
対してタフティ・サンギンはギリシャ人とバクトリア人が共存していた街であり、そこでの神殿の造りや推定される儀式からギリシャ神とゾロアスター教の風習が見事に融合している様子が明らかになってきたと。
そこでゾロアスター教についても1章を割いてくれていて、原ゾロアスター教、その一大改革者であるツァラトゥストラの生涯、そしてその後のゾロアスター教に続く変遷が詳しく解説してくれていて、これも読みごたえのある1章となっています。

それにしてもなじみのない地名のオンパレード。ならばと付図の地図を拡大コピーして横に置き、さらには地名の迷子になりながらもグーグル地図の衛星画像を拡大したり縮小したりしながら読み進めるうちに(一旦場所が特定できて超拡大すると遺跡の輪郭がくっきりと見えて感動です!)、あこがれの中央アジアに少しは足を踏み入れた気分がし始める、ありがたい一冊でした。
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ところでアラル海やゾロアスター教についてはこのブログでも以前に駄文を・・・
     アラル海、 ゾロアスター教
そしてこの本の著者、何と御年94才とのことなのですがその波乱万丈の経歴やご活躍のご様子を・・・
     岩波のサイト(この本の写真や地図も)、 そして新聞のインタビュー記事


▼2016.9.12追記 この本の著者、加藤九祚さんが調査の旅先のウズベキスタンでお亡くなりになったとのニュースが流れています。94歳とのこと、ご冥福をお祈り申し上げます。
    http://www.asahi.com/articles/ASJ9D6GZKJ9DPTFC01K.html

◆ジャポンヤ --イブラヒムの明治日本探訪記-- H28/3読
◆イブン・バットゥータの世界大旅行  H28/4読

 この2件はまとめて “イスラムの国あれこれ” のコーナーに移設ました。

◆甦れ、わがロシアよ H27/12読
◆ロシア人しか知らない本当のロシア H27/12読
 この2件は “ロシアあれこれ” のコーナーに移設ました。

◆物語 ウクライナの歴史 H27/6月読

黒川祐次著、中公新書1655、2002年刊。クリミアをもぎ取られ、今も東部ではロシアとの確執が続いているウクライナ、それは一体どんな国なのかということで手にした本なのですが・・・
この国はかつてはロシア(モスクワ)、ベラルーシをも包含し広大な版図を有していたルーシ公国を源に持ち、首都キエフを中心に栄えたヨーロッパの大国であった。ところがその版図の北部のモスクワ公国がルーシ(つまりロシア)の名を持って独立し、さらにはベラルーシもルーシの名を持って独立・・・。で、残された地はやむなくキエフ・ルーシー国と呼ばれるようになり、その後はモンゴルに侵攻され、さらにはリトアニア・ポーランド、ロシア、オーストリア帝国、そしてソ連邦へと、(途中コサックの栄光の時代を挟みはするが)その時代時代に勢力を持った近隣の大国に飲み込まれ続けた。
だがそうして国としての輪郭を持てなかった時代にあっても常に、豊かな大地、資源、技術力を背景に重要な地であり続けてアイデンティティを保ってきたのがウクライナ。そして迎えたソ連邦崩壊で一挙にヨーロッパの大国として躍り出た今、芸術、科学技術、軍事技術等においてソ連邦の栄光と思われていたものが実はウクライナの業績であったというものも少なくない。
だからこそロシアとの関係はぎくしゃくするということなのかもしれませんが、ウクライナからしてみればもとはと言えばロシアに対してはこちらが本家筋、ロシアから見れば勝手に飛び出したかつてのソ連邦構成共和国との思いもあるとすると、両国の軋轢は根が深いのではとの感じもします。

なおこの本自体は黒海北方の大地の、スキタイ人が闊歩していた紀元前7~8世紀ごろから始まり現代に至る壮大な通史なのですが、なんと外務省の外交官であった著者が、たまたまウクライナへの赴任命令が出たことがきっかけで、日ごろなじみのないこの地を理解してもらえればとまとめ上げたとのこと。そのエネルギーに感動するとともに、こんな外交官がもっといてくれたら我々の国際理解ももっと進むのではなどと、ふと・・・


◆歴史の終わり 上・下 H27/11再読

 この項は “経済史、文明史” のコーナーに移設ました。

◆中世シチリア王国 H27/5月読

 高山博著、講談社現代新書1470、1999年刊。10世紀の頃の地中海は新たに台頭したアラブ・イスラムとラテン・カトリック、そしてギリシア・ビザンツの3つの勢力がせめぎ合い戦いを繰り返していた。
そうした中で、元はバイキングに源を持ち北フランスのノルマンディに住み着いていた人たちの中から、多くの若者たちが傭兵として南イタリアへと渡り頭角を現していき、その中の一人がシチリアの地に築いた国がやがてノルマン・シチリア王国となる。
この国、シチリアの地は地中海交易の富と人が集まり文化が接する要衝でもあり、歴代王は遠くの勢力や異邦の地より妃を求め、宮廷にはギリシャ語やアラビア語が飛び交い3つの文化が渦巻いていた。街では多様な民族がすみ分けて混在し、政治の要職にはギリシャ人やアラブ人が登用され、地中海の楽園と称されることが益々人や知識や財を引き付けていくことになり栄華を極めていく。結果、12世紀末の王フレデリクス(フリードリッヒ)二世はシチリア王、ドイツ王、神聖ローマ皇帝、さらにはエルサレム王までを兼ねるに至る。

・・・といったことが書かれているのですが、この本の著者は放送大学の「地中海世界の歴史」の講師として、ほぼこの本の内容をあつく語っておられた方であり、読み進めるうちに先生の声が聞こえてきそうな気がするのですが、現在は既に閉講となっているのが残念です。
ところでフレデリックス二世がエルサレム王を兼ねるようになった経緯がすごい。殺戮や強奪で名高い十字軍の歴史の中で、何と彼が行った第6回十字軍では、軍隊は進めたが現地につくやいなや延々とエルサレムを支配するアイユーブ朝のスルタンと難解な学術書簡の文通を始め、互いの教養の深さに感じ入り意気投合した結果、条約を結び無血でその地が解放されたとのこと。
時を経た21世紀の今、ヨーロッパ文明とイスラム圏の軋轢は益々泥沼の様相を呈していますが・・・歴史をたどればこうした時代もあったのだと、そしてそこに流れていたものは相手世界への深い知識、そして教養と寛容ではなかったかと思わせてくれる貴重な一冊です。

NHK さかのぼり日本史 ⑦~⑩ H27/8読

実は放送大学で「日本古代中世史」の単位試験を取りこぼしてしまったこともあり手にした本なのですが・・・
全十冊の日本史“さかのぼり”のシリーズということで、⑦は戦国編、以下順次遡って⑧室町・鎌倉、⑨平安と続き⑩が奈良・飛鳥です。
放映番組を本に仕立てたもののようで、さすがNHK、各時代のターニングポイントとなった出来事が臨場感豊かな程よい文章量で解説されています。これなら老いて記憶機能が弱った私の脳にも時代のイメージがそれなりに浸み込んでいきそうです・・・ということで、多少再試験に臨む意欲が湧いてきた感じもし始めました。

      
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by C_MANN3 | 2015-02-16 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆放送大、感動の講義:分野別収納室◆


◆放送大、感動の講義:区分別の印象記◆

区分けの境界はあいまいですが、スクロール上下で各区分も見て頂けるということでご容赦を!

心理学系科目の印象記

◆交通心理学('12)

心理学は認知科学や脳科学の発達により基盤が益々確固たるものとなる一方、それを適用する領域も益々広範囲になりつつあるようです。そうした様子は◆心理学概論('12)でも網羅的に紹介されており、教育、臨床、産業、組織、意思決定、消費者行動と広範囲な領域が扱われています。ところがもう一歩進んで個々の領域をさらに詳しく学ぼうとして科目を探すとどういう訳か臨床、教育関連の科目ばかりが目立っていて、ちょっと物足りない感じを抱いていました。
そこに現れたのがこの◆交通心理学('12)です。この科目ではテーマを交通に絞り、事故発生のメカニズム、その心的要因と交通システム側の問題、安全教育や今後の交通システムへの提案的言及へと展開されていて・・・まさにこんなところにも心理学が活躍するのか!と思わせてくれる感動の科目です。臨床だけが心理学じゃない、これからもこうしたいろんな個別領域の心理学が科目編成されるといいのですが・・・

◆認知行動療法('14)

上述の◆交通心理学('12)の話とよく似た言い回しになってしまうのですが・・・
ますます複雑化するストレス社会にあって、病める人への臨床心理学はよって立つ原理としても手法としても益々多岐にわたり発達しているようです。そうした様子は◆心理臨床の基礎('08)でも網羅的に紹介されていて、精神分析、ユング、クライエント中心、認知行動、遊戯等、多岐にわたる療法が扱われています。ところがもう一歩進んで個々の療法をさらに詳しく学ぼうとして科目を探すと、どういう訳か精神分析やユング、クライエント中心療法的な科目ばかりが目立っていて、ちょっと物足りない感じを抱いていました。
そこに現れたのがこの◆認知行動療法('14)です。深層心理を云々せず、行動主義や認知理論をベースにした即効性のある療法とのことですが、これが独立科目として出現したことで放送大学の(臨床)心理学科目群もやっとバランスが良くなったのでは!等と僭越な事を思いながら講義を楽しませて頂きました。ともあれ、こうして時代の要請や学術の進展に合わせて科目群が新陳代謝していく誠実さは放送大学の大事な魅力の一つではないかと思っております。

▼組み合せ受講:ユングとフロイト・・・

◆精神分析とユング心理学('11)と、◆心理カウンセリング序説('09閉)・・・この二つはいずれもユング派の講師とフロイト派の講師のお二人によるコラボレーション科目です。目の前で両派の流儀が展開されるのでその特徴、違いといったことがくっきりと浮かび上がってくる効果は抜群です。
私自身はユング好きだったこともありフロイトについてはあまり本も読まないままに過してきたのですが、この両科目を受講して、目の前で展開される両派の微妙な違いに触れ、理解が一歩進んだ気がします。また講義の中で用意されているご両人の座談のコーナーでは更によく両派の雰囲気が出ている感じがしました。
なお、◆心理カウンセリング序説('09)については既に閉講され、現在はほぼ類似、同題の◆心理カウンセリング序説('15#)としてリニューアルされていますが、どうやら新版では講師が更に一名増え、その方がロジャーズ派ということで、カウンセリングの世界の多様な雰囲気が更によく判りそうな雰囲気です。できれば私も復習を兼て再度聴講してみようかなと・・・

◆乳幼児心理学('12)

三ヵ月の赤ちゃんは視力が0.1で、すでに色の識別が始まっているが青の認識は遅れる。五ヶ月ぐらいから物理法則の概念を理解し始め、六ヶ月では数を認識し1:2程度の開きがあれば大小を区別する・・・えっ!どうしてそんなことが解るの?と思いますが、この講義では視線観察、脳波、光トポグラフィーといった観察手段と巧妙に仕組まれた実験法で次々と明らかにされていき、まさに感動の連続です。
ところでこうした言葉が話せない赤ちゃんの認知機能を解明していく手法は、同じく言葉がつかえない動物の認知能力を解明する領域で始まったとのこと。ならばと動物を研究対象とする ◆比較行動学('11) も追っかけて受講しましたが、確かにヒトの赤ちゃんの発達プロセスが更によく理解できた感じはしました。

▼組み合せ受講:ライフステージの臨床心理・・・

人生には各ライフステージごとに固有の課題や悩み事がある。放送大学ではそうしたステージごとに◆乳幼児・児童の心理臨床('11)◆思春期・青年期の心理臨床('13)◆中高年の心理臨床('14)とセットが揃っています。乳幼児~は孫の姿を、思春期~は自分のかつての姿を、そして中高年~はまさに今の自分を思い浮かべながら受講するとなかなか臨場感のあるシリーズとなっています。
そして各ステージの背景には生涯発達論が横たわっているのでしょうが、それは◆発達心理学概論('11)で下準備をするということで・・・
後はこのシリーズにさらに、(今の所受講を決めかねてはいるのですが・・・)◆死生学('14#)を付け加えるなら、まさに“ゆりかごから墓場まで”の心理臨床が揃うことになります。

錯覚の科学('14)

錯視だけが錯覚ではない。記憶、思考、経済行動、悪質商法への引っかかり、社会認知・・・あらゆる場面で人は思い込みによる錯覚に支配されている・・・そしてそのことにより、たまに弊害はあるが、ほとんどの場面で思考を節約し効率よく生きていけるのだと。
心理学で扱う広範囲な領域をなんと“錯覚”の2文字で説明し尽くしてしまう、ミラクルな講義なのですが、もしかしたら心理の森羅万象がたった2文字でからめ取ってしまえそうな気になることも、それ自体が見事な学術的イリュージョン(錯覚)なのかもしれません。

 社会・産業系科目の印象記 

▼建築、都市、環境デザイン論・・・

古今東西の建築空間、都市空間を味わい深い切り口で分析しながら篤く明日への展望を語って頂ける感動の講義◆環境デザイン論('09閉)があったのですが、残念ながら閉講に・・・ですがその後続に新たな講師陣も加えて◆産業とデザイン('12)が開講されています。こちらでは建築、都市空間だけでなく商業デザイン等も包含した総合的なデザイン論の科目となっていて、前作に劣らず感動的な講義となっています。
なお講師は違いますが、建築や都市空間の快適性とエネルギーの関係に的を絞った課目、◆都市・建築の環境とエネルギー('14)も今の時代の要請に即した感動の講義です。

◆エネルギーと社会('11*閉)('15)

まず最初の2011年度版“エネルギーと社会('11*閉)” はまことにお気の毒な科目となりました。テキストも配布済みでいよいよ4月から開講という直前の3.11に関東大震災、そして原発事故が勃発。原子力発電に関する事項が随所にあるこの講義はあちらこちらに“事故の前に編集されたものです”との断りテロップを入れてのスタートとなりました。
実は原発以外の部分については広範囲な事項が分かり易く解説されている興味深い講義内容だったのですが、原発事故の経緯や被害の甚大さが毎日のニュースで流れる中で、原発擁護の論客、K教授の講義を受講申請する気にはなれず、抜本改訂版を待つことに。
そして出たのが ◆エネルギーと社会('15)、今回は講師も変わり、今もなお国論の別れるエネルギーミックスの話には深入りせず、エクセルギーの概念等を駆使したエネルギーの根本的、基礎的な科目に変身しています。その分難解な熱力学の数式も出てきますが、今回は受講しようかと・・・
 自然科学・情報系科目の印象記 

◆生命分子と細胞の科学('13)

テキスト、放送映像共にわかりやすいイラストがふんだんに用意されていて最先端の生命科学の雰囲気が味わえる貴重な科目です。ただカタカナやアルファベット略号の専門用語が容赦なく連なっているため、受講に際しては事前に何冊かの関連本を読むとか、一部重複する内容のある◆生物界の変遷-進化生命科学入門-('11)を先行履修しておくといった準備をしておくことが無難です。また並行して類似内容のスクーリング授業をいくつか渡り歩くといったこともお勧めです。
手間と根気はいりますがこうして何重にもいろんな切り口の本や講義に接して専門用語になじみができ始めると、そこにはあまりにもよくできている生命メカニズム、そしてそれが微に入り細に入り解明されつつあることへの感動がたっぷり味わえる世界が広がっています。
 歴史・生命・思想等、その他の科目の印象記 

◆文化人類学('14)

レビ・ストロースをはじめ、文化人類学者の言説はいろんな場面で引用されていて接する機会が多いのに、肝心の“文化人類学”の本は読んだことがない。それはまずいんじゃないかと思っていたこともあり、新設されたこの講義を受講することに。
するとやはり勝手に想像していたこととは異なり、文化人類学はもはや未開の地だけを相手にしているわけではない。現代文明の真っただ中の経済活動、地域紛争、大災害の復旧プロセスなどが文化人類学特有の切り口で研究対象となっていることがよく判りました。
文化人類学は社会科学全般の広範な領域に影響を与えているとのことですが、その一つが歴史学。◆ヨーロッパの歴史Ⅰ('15)ではなんと歴史人類学といった切り口での歴史解明が数章を割いて講義されています。文化人類学を受講されるならぜひ合わせてご受講を・・・

ロシアの政治と外交('15)

この講義ではゴルバチョフの時代から現在までのソ連邦、連邦ロシアの政治と外交が迫力ある語り口で紹介されていきます。
ゴルバチョフ、エリツィン、プーチン、それぞれが熱い思いを持って颯爽とデビューし、突き進み、そして(プーチンはいまだ進行形の真っ最中ですが)挫折していくプロセスは正に壮絶な社会実験ドラマといった感じがします。
この講義はこれから受講するのですが、待ちきれずにwebで予習中。マスコミをにぎわしてきたクリミア併合やウクライナ問題に思いをはせながら受講すると立体音響が鳴り響いているかのような臨場感があります。

▼組み合せ受講:ユーラシアの歴史・・・

◆ヨーロッパの歴史と文化('09*閉)◆地中海世界の歴史('09*閉) イスラーム世界の歴史的展開('11)歴史から見る中国('13)、そして◆日本古代中世史('11)・・・相前後して一連の科目をセットで履修すると、広大なユーラシア大陸の数千年の歴史が浮かび上がってきます。歴代幾多の民族や帝国が、時代により西から東へ、中央から両ウイングへ、そして東から西へと怒涛のごとく版図を拡大し、それに加えて気候の変動に乗じて西でも東でも北方の民族が南下を繰り返す。互いにせめぎ合いながら版図を塗り替えていく様はまさに複雑に色と形を変える万華鏡の世界です。
ただ、あまりにも多くの節目の年代や帝国、民族の名称が渦巻いているため、一度や二度目を通したぐらいでは老いた頭には浸み込んでこない。ならば程よい粗さのユーラシア年代表を自分なりに書いたり消したりしながら読むと良いのではなどと試みてはみましたが、これがそう簡単にはいかない・・・ですが、一旦首を突っ込むと抜けられなくなる魅力的な世界です。

▼組み合せ受講:宗教、芸術、経済・・・もうひとつの歴史

ひたすら通史を追っかけるだけではなく、宗教史、芸術史、経済史などの側面史を合わせて受講すると歴史が更に彩り鮮やかで理解しやすいものになるような気がします。
ある時期から教会の姿がやたら天に向かって尖塔を伸ばし始めるのはなぜか、禅宗はなぜ鎌倉で隆盛を迎えるのか、そして江戸時代の藩の行政能力や民間活力(富や経営力)の蓄積がなければ、明治の西洋文明の導入の成功はおぼつかなかったのではないか等・・・もう一つの歴史が通史と互いに影響し合っていたことが解り始めると歴史はさらに面白くなる。
◆仏教と儒教('13)◆芸術史と芸術理論('10閉) ◆日本経済史('12) ・・・こうした科目はそれ自体が面白いだけでなく、そんな歴史との絡みを思わせてくれる楽しみもありそうです。

      
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by C_MANN3 | 2015-01-20 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)