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◆謝らなくなった日本人・・・

〔2007.5.11載〕五木さんの「仏教への旅」、シリーズの最終回は日本・アメリカ編でした。
その中で広大な敷地に全米から信者が集い修行に励む禅寺が紹介されていましたが、そこでの住職と五木さん会話もまた味わい深いものがありました。

9.11といったこともありアメリカ人の心の中に大きくあいた空洞を、少しずつ埋めていくことに仏教が役立っているといった話の中で・・・
アメリカ人に仏教を簡潔に言葉で表すと何でしょうかと問われた住職が・・・それは、I am sorry. Thank you.そして I love you.の三つだと答えたといった話が紹介されていました。
この話し、英語としても意味合いとしても余りにも簡単なため一見ジョークのように聞こえて思わず笑ってしまうのですが・・・その笑いの乾かぬうちに、なるほどそれに尽きるのかもといった感じがし始める味わいのある言葉ですよね。

アメリカ人が受け入れつつある I am sorry・・・そういえば逆に、かつては「申し訳ない」が口癖だった日本人が最近は本当に謝らなくなってしまった感じがします。

母親にしかられて「僕は悪くない」と言って泣きじゃくる子供から、不祥事を起こした会社の「わが社に落ち度があったとは思っていない」などと言う記者会見、果ては従軍慰安婦問題での首相談話に至るまで・・・大小の日常会話の中で I am sorry の言葉が聞かれることは少なくなっているような気が・・・

そういえば数十年前の一時期、“日本人は謝りすぎる。何があっても非を認めず、まずは己の正当性を主張するアメリカ人を見習うべき”といったことがよく言われていたころがあったような気がします。それを数十年かけて素直に学習した日本人はいま、すっかり謝ることも感謝することも苦手な国民になってしまった感じです。

ところが面白いことに本家のアメリカではなんと、何かあるとまずは謝っておこうというのが最近の傾向だとか。揉め事があったとき、最初に高飛車に出ると調停がこじれて賠償金がとんでもない金額になる。係争処理はソフトスタートのソフトランディングでということのようなのですが・・・日本とアメリカは数十年かけてメンタリティーが入れ替わりつつあるのでしょうか。

「僕は悪くない」、「私は間違っていない」・・・会話の最初にこの言葉が出ることが多くなった日本人。ですがせっかくのこの言葉は相手に対して発しているつもりでも相手は納得していない。その言葉に“そうなんだ、その通りなんだ”と納得するのは発した自分自身のみ。この言葉を発した瞬間の自分への納得で、それ以降に続く会話からは耳も心もシャットアウト。
こうして今日も明日も、あちらこちらで収斂先の無いいざこざが増幅再生産されているのが日本の風景なのかもしれません。

日本の禅僧がアメリカで広め始めたI am sorry. Thank you.・・・ボツボツ逆輸入が必要なのかもしれませんね。
by c_mann3 | 2016-05-06 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

   ・・・“風にまかせて”のコーナーはさらに続きます・・・

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by C_MANN3 | 2016-05-01 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆通りすぎて行ったプーチン

【2016.12.16】 山口、東京と二日間の日程を終え最後は講道館で締めくくったプーチンは満面の笑みを浮かべて去って行きました。その後は息をつく暇もなく額に汗しながら「一定の成果はあった」と各テレビ局を説明に駆け巡る安倍首相の姿が印象的ではありました。

80項目3000億円に上る経済協力が合意されましたが、期待していた北方四島の返還に関しては一歩も前進できないままの結果となりました。
ただもともと島の返還はそう簡単な話ではなかったはず。国際世論の反対をものともせずクリミアを強引に併合し、シリアのアサド政権にも過激な肩入れする背景の一つは、それぞれにある(ひとつは黒海に、もう一つは地中海に面した)海軍基地の現状維持確保にあるとも言われる中、太平洋に出ようとするウラジオストックの海軍基地の前方をふさぎかねない島の返還には、たとえ二島といえどもOKするつもりはないということなのかもしれません。

歴史にifは無いのかもしれませんが物は考えようで、もしゴルバチョフかエリツィンの時代にたとえ二島でも返還を受けていたとしたら、その後国威を回復したロシアは今頃は、強気で東シナ海に勝手な線引きをする中国と同じように北方四島の付近に勝手な線引きをして日本に迫ってきているかもしれない・・・そう思うとそんな緊迫した事態よりは1mmも動かないほどに静まり返った今の四島の方がまだしもましではないかと考えることもできます。

ただ北方四島では墓参の自由と拡大のめどが立ち、しかも二島ではなく四島を対象にした「特別な制度のもと」での経済協力の協議を開始するということになったことは大きな前進かもしれません。
筋を通せば制度設計が山に乗り上げる懸念はありますが、とにもかくにも折り合いさえつけばまずは進出する。それは別項の80項目のプロジェクトも同じなのですが、とにかく機会さえ整えば進出する。そしてそこでじっくりと地元と共栄できる企業城下町を作る。中ロの国境線問題を解決した中国がその後一挙にシベリアに進出はしたがほとんど地元への利益還元が無い強引な経営で顰蹙を買っているとの話をよく聞きますが、日本ならそういうことにはならない。
資本と技術を持ち込み地元密着で事業を定着させていくなら、領土は増えないが日本の経済領域は拡大する。それが地元で愛されるものであるならば共存生活空間の拡大にもつながる・・・今回の2日間の会談がそうした未来につながることを願いたいですよね。 

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by C_MANN3 | 2016-04-26 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆甦れ、わがロシアよ

【2015.12.20載】 ゴルバチョフの時代となりソ連邦の崩壊を予感したソルジェニーツィンが亡命先の米国で、新たなロシアへの提言書「ロシアをどう構築するか」を発表したとの話は、この数個下の記事でも話題にしていたのですが・・・実はそれが発表と同じ年に邦訳されていたことを知り、今頃になって読むことに。

題して「甦れ、わがロシアよ-私なりの改革への提言-」、日本放送協会出版、1990刊。2011年のテレビ放映ではタイトルが「ロシアをどう構築するか」と紹介されていたのですが(これがロシア語の原題に近い)、訳者の木村浩さんがソルジェニーツィンの篤い思いをより鮮明にすべく意訳したとのこと。

この本では“緊急を要すること”と“その先のこと”に大別して、新たなロシアの地勢的な輪郭、拠り所とすべき魂(つまりは宗教的基盤への回帰)、国家の形態、選挙や権力の在り方、民主主義や資本主義経済導入への注意事項等々と、驚くほど広範囲で網羅的な提言がなされています。
そうした中で興味を引いたのが・・・連邦は覇権主義の勢力維持からは決別し、バルト三国、外コーカサスの三共和国、中央アジアの四共和国等を切り離し、同じ魂の響き会うかつてのルーシー国(旧ロシア、ベラルーシ、ウクライナ)の輪郭に戻って再出発すべきだとの提言。
ルーシー国についてはこのコーナーに別掲の “物語ウクライナの歴史” を合わせてご参照ください。
結果はまさしくここに上げられた各共和国がこぞって分離独立したのですが、勢い余ってベラルーシ、ウクライナまでもが分離独立することに。ただこの本ではこの両国についても“切り離すこともできないが、混ぜ合わせることもできない”地域であり、“もしウクライナが独立したいというならそれを押さえることは誰にもできない”といった記載もあり、ソルジェニーツィンはそうした事態をも予感していたのかもしれません。

ともあれ、この提言は1990年、有力全国紙二紙の付録文書として発行され、なんと2650万部が配布されたとのこと。提言の全てが実現したわけではないとしても、まさしく歴史に残る貴重な文書であることには違いありません。

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by C_MANN3 | 2016-04-24 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ソ連邦崩壊前後の経済政策・・・

【2015.12.20】 ソ連邦崩壊前後の経済政策についての資料を探していて、内閣府のサイトで発見したのが下記リンクのレポートなのですが・・・
   http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis163/e_dis163.pdf#page=1

「ロシアの構造改革-ゴルバチョフのペレストロイカから20年(1986〜2006)-」と題していて、ゴルバチョフからエリツィン、プーチンに至る激動のソ連邦そして新生ロシアの経済面での推移が程よいページ数で見事にまとまっています。で、どんな方がお書きになったのかと見てみると著者は井本沙織さん、そしてなんとこの方は実はロシア人。1991年、研修生として中央大学に来られ、その後帰化してそのまま日本でエコノミストとして大和総研等でご活躍されている人とのこと。益々興味津々、さらに調べると単行本もお書きになっているとのことで手にしたのが以下の本。

▼題して「ロシア人しか知らない本当のロシア」

井本沙織著、日経プレミアシリーズ、2008年の刊。この本では旧ソ連邦の時代から現代に至るまでの街の状況、人々の生活が生き生きと描かれていて、上述のレポートと併せて読むと激動の時代と、それを乗り越えていったロシアの人たちの雰囲気が更によく伝わってきます。
またソ連邦がまだ豊かで輝いていた時代の著者の子供時代、お父さんが宇宙開発の研究者だったためになんとモスクワ近郊の閉鎖都市(言葉としては聞いていたのですが、この本を読むと物々しい感じではなく、ある種特別待遇都市だったのかも)で過ごした和やかな家庭生活等も描かれていて、なかなか読みごたえのある一冊でした。

▼で、本題のソ連邦崩壊前後の経済政策とは・・・

1980年代末から1990年代にかけてロシアで実施された経済改革の推移をかいつまんで纏めると概ね以下のようなことに・・・
実はこの小文、放送大学講義「ロシアの政治と外交」受講時のレポートとしてまとめたもの。800字の字数制限があったため、内容だけでなく文体、文章まで“息苦しい”ものになっていますがご容赦のほどを。
経済成長率の鈍化、輸出資源価格の低迷等で従来通りの国民へのサービス提供が困難になり始めた状況を背景に、ゴルバチョフは経済改革に着手した。まずは1987年「国営企業法」により部分的に市場経済を導入することで経済の活性化を図ったが、効果は出ず物価の上昇を招くこととなった。続いて1990年には「500日計画」を構想したが実施されることなくソ連邦は崩壊した。

その後ロシア連邦を率いたエリツィンは1992年①小売り、卸価格の自由化、②外国との貿易、外貨交換の自由化、③国有企業の私有化を実施した。
結果として①はハイパーインフレを招き、②では国外の消費財が街に溢れはしたが、ルーブルの下落や国内製品への打撃をもたらした。③の国有企業の民有化はまず中小規模の企業から開始され、国民一人当たり一万ルーブルの民営化小切手を配布し公平な株式配布を狙ったが、大半の国民は小切手を生活費の足しにと換金してしまい、結果として一部の富裕層への譲渡となってしまった。続く大企業の民営化では競売方式、政府借金の担保としての企業権益引渡し等の方式が取られたため、さらに極端に一部の有力者や銀行への譲渡となり、価格も破格であったため不公平感が増大した。また民営化された企業の無秩序な経営は倒産や失業者を生んだ。

他方国家財政は困窮のままであり、サービスの価格上昇や縮小が低所得者層を圧迫した。さらには地方への交付金が減少したことで都市と地方の格差を生み、困窮者の都市への移住が発生した。また旧ソ連邦構成諸国からも生活困窮者が都市へと流れ込み、こちらはエスニック問題を引き起こした。

こうして極端な富裕層が生まれる一方で広がる生活困窮層、ストライキの頻発、犯罪率の増加等の混乱は1995年頃を頂点に1990年代の後半まで続き、1998年の通貨危機がその止めを刺した。
ただその翌年始まった石油価格の急上昇と、2000年に登場するプーチンの強力な政策で、経済は急速に回復することになる。

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by C_MANN3 | 2016-04-22 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆美しすぎる・・・クリミアの検事総長

【2014.3.28記】 欧米による要人の資産凍結もG8外しも取り立てて効果はなく、クリミア駐在のウクライナ軍も事を荒立てずに撤退・・・どうやらクリミアはこのまま落ち着いてしまいそうな雲行きですね。

そんな中でまるでアニメの美少女戦士がこの世に抜け出てきたような“美しすぎるクリミアの検事総長”がネット上で話題沸騰とのこと。しかもその炎上が日本発で、You Tubeへのアクセスが殺到するだけでなく似顔絵アニメがネット上にあふれかえり、その萌えようが英国やロシアでニュースになりますますエスカレートしているようです。さすがノンポリ、アニメ大国日本の面目躍如といったところでしょうか。

    https://www.youtube.com/watch?v=AwVTfe6vpOk

    https://www.youtube.com/watch?v=pXYyILIrSV8

この話題の主、ナタリア・ポクロンスカヤは34歳、離婚していて子供が一人とのことですがとてもそうは見えず、確かにキュートです。きりりとした制服姿で、時にはため息をついたり戸惑ったりしながらも真正面から長時間の記者会見をこなす姿には、心地よいロシア語の響きと相まって思わず見入ってしまいます。

▼思わず見入ってしまうと言えば・・・小保方さんのニュース映像にも

ほんの数か月前、日本でもSTAP細胞を発見したと、割烹着姿でやや寄り目がちに試料を覗きこみ実験に没頭する小保方さんの表情が繰り返し繰り返し放映されていました。私なども意表を突く研究室風景や発見に至る経過の話に思わず感動してしまっていたのですが・・・
その後はとんでもないコピペ疑惑が持ち上がり、ついでに何と“割烹着姿は実は1か月前から急遽編み出された演出だった”などという話まで飛び出す始末。ちょっとお気の毒な感じもしますが小保方さんの人気は一瞬のうたかたで終わり、もしかしたらと期待されていた近い将来のノーベル賞への期待もなくなりました。

そんな想いを重ねながら“美しすぎるクリミアの検事総長”のYou Tube に見入っていると・・・もしかしたらこれも誰かの演出?と思ったりしないでもない。
でもこちらは本物なのだとすると小保方さんのノーベル賞期待とは異なり、あと何年かすると“美しすぎるクリミアの首相”に変身したりすることもあり得るんじゃないかなどと妙な妄想を持ってしまいます。なにしろ袂を分かったウクライナのティモシェンコ(元)首相もかつてはキュート系の超美人でしたからね・・・


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by C_MANN3 | 2016-04-20 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ロシア、クリミアを編入・・・そしてユーラシア主義

【2014.3.19記】 米国やEUの非難、制裁決議の中、ロシアがまさかのクリミア編入に突入しました。

強い軍事的威圧の中とはいえ、クリミア自治共和国内限定の国民投票、クリミアの共和国としての独立宣言、それを受けてのロシアの国家承認と編入への手続き開始・・・ことは一挙に、白昼堂々と、しかもほとんど流血も伴わず進んでしまいました。

米国やEUは制裁強化を進めようとはしていますが足並みはそろわず、ロシアがウクライナ本体への侵攻でもしない限り、ことはこのまま既成事実となってしまいそうです。

時代はもう21世紀だというのに、今もなお、こんなことが起こり得るんですね。“圧倒的な強い力と強い意志”が機を見て動けばこれからもこんなことは起こり得る・・・

クリミアでもモスクワでも国民が沸きかえる中、プーチンは“クリミア住民とロシア国民の強い支持に応えた”と高らかに宣言。

ただ、“民族の民意に応える”という言葉は気高いですが…それはロシアに回帰する場合にのみであり、チェチェンのように離反しようとする民意には容赦なく厳しい。そうした矛盾を平然と抱えて突き進む限り、まだまだいろんなことが起こりそうですよね。

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【2014.4.9追記】・・・「ユーラシア主義とは何か」・・・

 
クリミアのニュースが下火になったのでこれで小康状態かと思ったら、ウクライナ東部が騒然としてきました。
そんな中、「読むなら今でしょ」と、以前から気になっていながら手つかずだった一冊の本を読み始めています。

題して「ユーラシア主義とは何か」、浜由樹子著、成文社で2010年の刊。
ユーラシア主義とは1920年代、ヨーロッパ由来の共産主義により樹立したソビエト政権を逃れてロシアからヨーロッパに亡命した知識人たちの間で沸き起こったムーブメントなのですが、その主題は“ロシアはヨーロッパなのかアジアなのか”、広大な版図と多民族で構成されるがゆえに“多様性と一体性”が望まれる本来のロシアは、何をよりどころに、何を目指して、どうふるまうべきなのかが篤い争点に。

だがその運動は祖国の大勢に影響を及ぼすことも無く、やがて第二次大戦への突入でいったんは消滅していたのですが、ソ連邦の崩壊で再び自問自答せざるを得ない時代になったのだと・・・


以下はそんな本を眺めながら思うたわごとですが・・・

ゴルバチョフの意向を越えて一挙に崩壊したソ連邦、歯止めになるはずだったCISも機能しないまま雪崩を打つようにヨーロッパになびいて行く連邦構成諸国を、只々見送るしかなかったロシア。以来20年余を経て国力を取り戻したロシアが今うごめき始めている。

b0050634_14313831.jpg大国の強引な覇権主義のようにも見えるが、プーチンの胸中にうごめくものはそれだけでもない、ユーラシア主義の自問自答から生まれる新たな精神的支柱を持ったロシアの再構築なのかもしれません。
ですがユーラシア主義の命題の一つ“民族の多様性(の尊重)と一体性(の確保)”は本来矛盾も抱え込んでいる概念。ひとつには多民族の精神的支柱であったいろんな宗教を一旦カッコでくくり、“新たな新興宗教であった共産主義”を押し付けることでソ連邦は成り立っていた面があるが、それが崩壊した今、その新たな精神的な支柱としてロシア正教色を強めるならイスラム色の強い地域との軋轢が強まるのは自然なこと。そして何より多様性は尊重はするが離反は許せないとなると軋轢はさらに強まる。

そして一方のヨーロッパも次々と増えるEU加盟申請国を前に抱え込む経済格差だけでなく、さらにはトルコのようなイスラム圏の国迄もが加入するとなると・・・“ヨーロッパとは何か”を考えざるを得ない状況にあり、ここでも命題は域内の“民族の多様性(の尊重)と一体性(の確保)”、そしてそれをなしうる限界はということになりそうです。

“民族の多様性(の尊重)と一体性(の確保)”・・・そういえばそれは中国にも当てはまる悩みのはず。21世紀は同じ悩みを背後に抱えながら同病相哀れむはずの勢力圏同士が角を突き合わせる、奇妙な世紀なのかもしれません。

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by c_mann3 | 2016-04-18 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇ソルジェニーツィン・・・

数十年も前に「収容所群島」や「煉獄にて」を読み感動して以来、気にはなっていたもののその後は時々新聞の片隅で紹介される消息に目を通す程度でした。
そんな中、先日NHKの特集「ソルジェニーツィンと大統領たち」を見て、ソ連邦が崩壊した後のロシアでもますます重要な役割を果たしておられたことを知りました。

1974年に国外に追放され、その10年後に本国ではペレストロイカを掲げたゴルバチョフが登場し、それまで発禁処分を受けていた「収容所群島」も解禁に。
そうした流れに連邦崩壊を予感したソルジェニーツィンはその後に続くロシアの姿を「ロシアをどう構築するか」といった著作に取りまとめたとのこと。

西側に亡命しその体制を知るソルジェニーツィンは、本の中で西側の自由市場経済、資本主義をそのまま導入すればロシアはあっという間に一握りの人たちに富が集中し、資源は外国に持ち去られ植民地化すると危惧・・・
ロシアは国家より国民の幸福を目指し、強い中央政府と農村共同体的な地方自治で緩やかに変化していくべきだと。そしてなんとそこには70~80年代の日本の姿がモデルのひとつとしてあったとの話も・・・
▼2015/12/10追記: 実はこの提言書が邦訳されていたことを知り、今頃になって読むことに。 で、その話をこちらに掲載しました。
そして訪れたソ連邦の崩壊。無邪気なエリツィンの登場でロシアは市場主義、資本主義の体制に突入し、一挙に危惧した予感通りの国情に。
そのさなかの1994年に帰国し、祖国の惨状を目の当たりにしたソルジェニーツィンはエリツィンと会談したが話は全くかみ合わずやがて経済は崩壊。IMFの介入を受け入れたことで状況は更にひどいことに。

ついにお手上げとなったエリツィンの体躯と形相には似合わない涙ながらの引退会見の後、さっそうと登場したのがプーチン。
そしてプーチンはソルジェニーチンを訪ね二人の会談では互いが満足の意気投合。その後プーチンは財閥の解体、資源権益のロシアへの奪還、ロシア正教への肩入れと矢継ぎ早にロシア復権への道を突き進むことになるんですよね。

ソルジェニーツィンが望んだ“国より国民の幸福、農村共同体的な自治”とは趣が異なるにしても、少なくともロシアの誇りはかなりの程度まで取り戻しつつある。

そして2008年ついに没。ですがかつての発禁本「収容所群島」は今や学校の教材となりその思いのいくばくかは若い世代に引き継がれていく。願わくば今後も折に触れて思い起こされる“ロシアの守護神”であり続けてほしいですよね。(2011.8.25)


◆(2012.3.5追記)・・・プーチン、再び大統領に

ここしばらく人気の凋落、反対デモの頻発と、帰趨が取りざたされていたプーチンが、64%を超える得票で大統領に選出されました。憲法を改定してまでの返り咲きに懸念する声もあるが・・・連邦崩壊後の混乱から何がしかの秩序と誇りを取り戻せたのはプーチンの剛腕があったればこそ。更なる自由や民主化を求める反対勢力の台頭もプーチンがもたらした繁栄の結果といった感もなくもない。向こう6年となるか12年となるか・・・ロシアにとって剛腕が不要となる日まではプーチン政権は続くのかもしれません。

そんな風景を、多少の剛腕は必要な国難の時代にあっても剛腕には程遠い政権トップが次々と自滅していく国から見ていると、ちょっとうらやましい感じもします。

それにしてもプーチンには似合いそうにもない涙を浮かべての勝利宣言でした。涙ながらの引退宣言をしたエリツィンも意外でしたが、ロシアの大統領は涙がお好き、それほど篤いということなのかもしれません。
by C_MANN3 | 2016-04-16 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇ ロシアの論理・・・

混迷が続く世界経済の中で中国と並んでますます存在感を高めてはいるが、何かと強引な動きが多く理解しがたい国といった印象のあるロシア・・・そんなロシアを理解するための好著が出ています。

題して「ロシアの論理」。武田 善憲著、中公新書2068。
副題が“復活した大国は何を目指すか”とあるのですが、現役の外交官である著者が“旧来のクレムノロジー的なアプローチでは現在のロシアの行動は読めない”と、独自の分析でロシアの行動の背後にあるものを紐解いてくれていて、読みやすい一冊となっています。

ウクライナやベラルーシへのガス供給制限、サハリンⅡへの横槍、グルジア進攻、北方領土への突然の訪問・・・どうしても強引で何をしでかすか読めない国といった感情的な理解に走ってしまうが、感情を捨て、善意も悪意も持たずに表に出た情報を淡々とつなぎ合わせていくとロシアの目指すものと達成への行動原理が浮かび上がってくると。

それは・・・
・1990年代の急激な市場経済化の中で二束三文で西欧に売り渡されていた資源権益をひとつずつ国営企業の手に取り戻し、徹底した国家管理で最大限の利益を確保し、
・それにより医療、教育、潤沢な消費財の確保といった形で国民の生活基盤を向上させ、
・西欧流の資本主義的繁栄と、ロシヤ正教を軸にしたスラブ主義的なロシアの誇りの双方を達成するというもの。

b0050634_215329.jpgしかもこれを達成するための行動には独自のルールが貫徹されている。それは最初は明文化されていないところからの手探りで始まったが、アクションと成果をもとにひとつずつ明文化されたルールとなりつつある。

ロシアのあるべき姿を二十年スパンで推進するプーチン、メドベージェフのぶれない政策実行の姿が窺えるが、これはいつも次の総選挙と支援団体の意向を気にしてふらつき長期的な施策が取れない身近な国家とは対極にある姿であり、西欧的な民主主義や市場主義のルールで良いとか悪いとか論評しても致し方のない世界でもあると。

で、そんな国との付き合いは感情を廃し互いにメリットのある実利を積み上げていくしかないとのことなのですが・・・(2010.11.27)
by C_MANN3 | 2016-04-14 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

   ・・・“風にまかせて”のコーナーはさらに続きます・・・

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by C_MANN3 | 2016-04-01 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)