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◆三大宗教は精神医学?・・・

ユングは宗教的とか、心理学の世界はもはや精神分析の時代ではないとかいろんなことが言われていますが・・・
宗教と精神医学のかかわりについて、とんでもなく面白い本を見つけてしまいました。

岩波新書806、先月発行の旬のもの。なだいなだ著「神、この人間的なもの---宗教をめぐる精神科医の対話---」
私なんかが要約すると味は消えてしまうのですが、目に付くところを列記すると・・・
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・精神医学は考えてみると宗教と同じものを背負っていて、目的も手口も酷似。

・三大宗教の始祖はいずれも超一流の臨床分析医。

・宗教というとすぐ教義の真偽が取りざたされるが教義をみて入信する人なんてまずいない。

・さらにすぐ神は本当にいるのかといった議論になるが、神は始祖がその時代の臨床的状況にかんがみ便宜的に考案したもの。

・仏教のみは神を持ち出さなかったが、人の手の届かないところに唯一神を設けた理由は、当時は部族ごとに神があり、それが人を神経症にし、部族間の血みどろの戦いの源にもなっていた状況を打破するため。
結果は功を奏し部族の神々は唯一神の元で降格されるか、悪魔とされ力をうしなっていった。
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・ところがニーチェによって「神は死んだ」と宣告されてしまうと、人は合理的理性で自立して生きていくのかと思いきや、身近なイデオロギーや、科学や、新興宗教に擬似的な次の神を求め、あっという間に二千年前の部族社会の様相に戻ってしまった。

・行き詰るとすぐ「原理主義(宗教が確立した後、後継者たちによって戦うために作られた教義の世界)」に走って過激になるが、「原点主義(宗教確立以前の始祖が現在の世界に生きていてこの状況を見るとどういう臨床判断をし、どう動くかとの視点)」に帰ってほしい。
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なだいなださんはご承知のように精神科医で小説家(というよりエッセイスト)。実は私は30年来のファン。
とにかく読んでいておもしろく、すっきり、なるほど、全く違和感を感じない。腹を抱えて笑いながら読んでいくとぐっとシリアスになり息を呑む、やがて場面が変わりまた笑ってしまう・・・
こんなに重い話なのに笑ったり息を呑んだりを繰り返しているうちに、あっと言う間に読み終わってしまうという逸品です。

ご本人がこれが一番気になっていた遺言に近いテーマと言うだけあって、もしかしたらこれが宗教、心理に関するもろもろの諸問題のファイナルアンサー?・・・・ん?それではこのユングコーナーも必要なくなる?・・・そりゃまずい、なんてことを考えさせてくれる一冊でした。(2002記、2005.2.10掲載)



【2013.6.6 追記】 ・・なだいなださんが今日お亡くなりに

以前からご自身のブログで癌とお書きになっていて、その後投稿もまばらになり気になっていたのですが、お亡くなりになったとのこと、残念です。享年83歳。

ご冥福をお祈りしつつ、ここにも2つほど足跡を偲べるリンクを張らせて頂きます。
  ▼多分保存版となる御自身のブログ「なだいなだのサロン」、
     http://6410.saloon.jp/salon/index.html
  ▼そしてなだいなださんが立ち上げた『老人党』のサイトです。
     http://6410.saloon.jp/

なお、なだいなださんにかかわる記事はこの下にも続きが・・・

⇒⇒新着記事渡り歩き⇒⇒

by C_MANN3 | 2006-12-20 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆三大宗教は精神医学?《続》・・・

前掲の記事は、主として「宗教」を軸になだいなださんの本の要旨を列記しましたが、以下は「精神医学」を軸にした要旨の追加です。

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・精神医学はどこから始まったか・・・16世紀、魔女狩で狩り出され放っておくと火あぶりが待っている魔女を「これは宗教マターではない。精神が病んでいるだけの医学マターだ」と言い張って医者の保護下に置いたことがその始まり。

・だがその時点ではもちろん治療法など準備されているはずもなく、結局鉄格子の中に拘束するしかなかった・・・以来、患者を鉄格子から解放するのに200年、精神分析とか何とかの治療法が出現するには更に100年の歳月が必要だった。

・狂気の宗教から人を救出した当時の精神医学は手段も持たない、信念だけがたよりのもうひとつの宗教だった。以来この二つの宗教はいろいろな場面で患者を取り合う間柄となった。
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というようなことも書かれています。信じられない様な、あまりにも重い話であり、素人が文章を詰めて要約することがはばかられそうな内容ですが、?とお思いの方は、原文に当たっていただけるようお願いするばかりです。

上記のような歴史を経てきたとはいえ、落ち着きを取り戻した宗教と精神医学は“生きる意味を見出し、たましいを救済する”と言う意味で同根と言った感じもします。

なのに、その後の精神医学や心理学に携わる人々は、なぜか“宗教に親和性を持つ人たち”と“宗教を生理的に嫌う人たち”の両極に二分されている感じですが、嫌う人たちの激しさはもしかしたら同根であるがゆえの近親憎悪かと思ったりもするのですが・・・・なんてことを言うと袋叩きにあうのかも。(2005.2.10)
by C_MANN3 | 2006-12-18 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ヨハネ・パウロ二世の時代

ローマ法王の交代に伴い、ヨハネ・パウロ二世の時代を振り返るドキュメンタリー番組がいろいろと放映されています。

30年近い在位期間とあって、なつかしい顔ぶれやシーンが続きあらためて激動の時代であったことを認識させられます。パウロ二世はポーランド出身だということもあったのか、就任直後から、ワレサの率いる自主管理労組「連帯」を積極的に支持。しかも法王庁と米国が綿密な連携をとっていたことがうかがえますが、こうしたことがきっかけとなりやがてソ連邦は崩壊に至ることになります。

ですが印象的だったのは、これに関連してインタビューに応じたゴルバチョフのコメントです。曰く、「無神論を唱えた共産主義はもう一つの宗教だった。キリスト教と共産主義、この二つの宗教はいずれどちらが生き残るか決着を付けざるを得ない宿命にあったのだ」と・・・ソ連邦は共産主義を唱えて資本主義国を敵に回しただけでなく、無神論を主張したためにキリスト教をも敵に回してしまった。やがてこの二つの勢力の連係包囲の前に崩壊を余儀なくされたということなのでしょうか。

前掲の記事で紹介させていただいた、なだいなださんの「精神医学はもう一つの宗教だった」との話にもびっくりしましたが、共産主義帝国ソ連邦の最後を飾ったゴルバチョフから出た言葉だけに、目からウロコと納得させられるものがあります。

そして今、時代は変わり、ネオコンとキリスト教福音派原理主義の支援を得ているらしいブッシュがイスラム原理主義を旗印にしたアルカイダを壊滅させるとアフガンに侵攻、続いてイラクに自由と民主主義をとフセインを攻撃。前回の共産主義攻略とは異なり今回の米国はヨハネ・パウロ法王庁のいうことには全く耳を貸しませんでした。それに代わる拠り所は聖書無謬説を信じ戦争を聖戦と捉える福音派原理主義だったということなのかもしれません。

共産主義も含めて政治思想や宗教が原理主義に走るとき、その先にはたいてい泥沼の聖戦が待ち受けているようです。法王も後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ天寿を全うされたのかもしれません。(2005.5.3)
by c_mann3 | 2006-12-16 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ネオコン、キリスト教原理主義

前掲の“◆ヨハネ・パウロⅡ”の記事で、ブッシュを支えているのがネオコンと福音派原理主義などと書きましたが・・・

●なんとこのネオコン、源流をたどるとトロツキスト集団に至るという話があるようでびっくりです。

無論現在のネオコンは共産主義ともトロツキーとも無縁の政策集団なのでしょうが・・・
トロツキストといえばソビエト共産党の一翼を担っていた人たち。少なくとも何がしかその遺伝子を持った人たちがなんと対極の米国大統領を取り囲んでいる、奇妙な話です。

言われてみるとトロツキーは一国を共産主義化するだけでは共産主義の維持は困難と世界同時革命を目指した人。そしてブッシュのスローガンもすべての国に米国式の“自由と民主主義を”です・・・なんか妙に符合する話でびっくりするとともに、なんとなく納得もできてしまいます。
共産主義の匂いはしなくても現在のネオコンには一国の価値観を世界に押し付けようとする遺伝子がキッチリと受け継がれていて、強く響きあうものがあるのかもしれません。
数十年の紆余曲折を経てのこととはいえ、なんとも奇妙で、歴史の不思議さを感じさせてくれる話です。

ただ・・・別掲“◆トロツキーと唯識”にも書いているのですが、トロツキスト集団としての挙動はともかくトロツキー自身の永久革命論には私は何となく「牧歌的」なイメージを持っていて、世界同時革命とはいってもそこから覇権主義の匂いはあまり感じない。強力な軍事力で世界中に“自由と民主主義”を布教しようとするブッシュとは、また別物といった感じがするのですが・・・


●ところでブッシュを支えるもう一方のキリスト教福音派原理主義。この人たちはいわゆるプロテスタントと言うことになるのでしょうが・・・カトリック、正教、プロテスタントを合わせるとキリスト教徒は19億。広く全世界に分布し、地球人口の35%を占めるにいたったプロセスにこそ覇権主義はなかったか・・・などと思うことがよくあります。

無論このシェアは自身の崇高なる精神に基づく布教活動の賜物ではあったとしても大航海時代に見られるように覇権国の軍事力による進出と相前後し、相携えて拡大していった感じもある。北欧にしろ南米にしろそれまであった土着の信仰を蹂躙し十字架でオーバーレイしていった感じは否めません。

日本ではかつて“隠れキリシタン”の時代がありましたが・・・おそらく世界のあちらこちらで十字架の後ろに土着信仰のシンボルを隠さざるを得なかった“逆隠れキリシタン”が生まれ・・・それを蹂躙とは言わず、融合と称して今日に至っているといった構図なのかもしれません。

こんな勝手な歴史観を背景に思うことですが・・・暫定政府が発足してもなお、益々混沌の度合いを深めているイラク・・・ネオコンや福音派の人たちと手を携えて戦車を先頭に突き進むブッシュはいったい何を求めて、何処を落としどころにしようとしているのでしょうか。(2005.5.21)
by c_mann3 | 2006-12-14 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ロシア正教会・・・輝けるロシアへの回帰

この記事は2つ上にスクロールしたところの「ヨハネ・パウロ・・・」の項から読み始めて頂きたいのですが・・・

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ロシア正教会と在外ロシア正教会が80年ぶりに再統一とのニュースが流れています。しかも和解の仲介をしたのがプーチン大統領だったとかで、和解再統一の調印式にはその姿が・・・

かつて政治によって引き裂かれた教団が、いま再び政治の力によって修復を果たそうとしています。

「無神論を唱えた共産主義はもうひとつの宗教だった」と言ったのはソビエト連邦最後の大統領ゴルバチョフでしたが・・・その共産主義を捨てた今、ロシアはそれに変わる宗教を必要としているということなのでしょうか。

b0050634_0101033.jpgクレムリンの奥深くで帝政ロシアの時代のままに温存され使われ続けている、勲章の間とか謁見の間といった眩いばかりの金色の空間も、これからは少しずつその意味合いが変わってくる・・・
共産政権の時代にあっては宗教的な威厳は排除され、ただ無機質に輝くだけの空間であったこの大広間にふただび宗教的荘厳さがよみがえる・・・

宗教にはいくつもの顔があるようです。宗教は国民にとっては素朴な心のよりどころであり、寄り添う連帯のシンボルですが・・・国家にとっては確実な威厳と威圧のよりどころとなる。

だからこそ政教分離に気遣い苦しむトルコや日本・・・対して宗教との復縁に向かうロシア・・・

ロシアは一方で他を圧倒するエネルギー資源を押さえて富を蓄積し国際的な支配力を強め、もう一方では今、宗教をグリップしある種の威厳、荘厳をも手に入れようとしている。

確実に何かを目指して進んでいるかに見えるロシア。

「品格」を持った「美しい国」を目指しているどこかの国がそうなりうるのかどうかは定かではありませんが、いまロシアは輝ける国を目指し、確実にそれを手にしつつある・・・
ふとそんな感じが心をよぎるニュースですが、この変化が世界に与える影響が吉と出るか凶と出るか、それが気がかりですよね。(2007.5.21)
by C_MANN3 | 2006-12-12 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ロシアの論理・・・

三年の間をおいて一つ上(にスクロールしたところ)の記事の続編です。

混迷が続く世界経済の中で中国と並んでますます存在感を高めてはいるが、何かと強引な動きが多く理解しがたい国といった印象のあるロシア・・・そんなロシアを理解するための好著が出ています。

題して「ロシアの論理」。武田 善憲著、中公新書2068。
副題が“復活した大国は何を目指すか”とあるのですが、現役の外交官である著者が“旧来のクレムノロジー的なアプローチでは現在のロシアの行動は読めない”と、独自の分析でロシアの行動の背後にあるものを紐解いてくれていて、読みやすい一冊となっています。

ウクライナやベラルーシへのガス供給制限、サハリンⅡへの横槍、グルジア進攻、北方領土への突然の訪問・・・どうしても強引で何をしでかすか読めない国といった感情的な理解に走ってしまうが、感情を捨て、善意も悪意も持たずに表に出た情報を淡々とつなぎ合わせていくとロシアの目指すものと達成への行動原理が浮かび上がってくると。


それは・・・
・1990年代の急激な市場経済化の中で二束三文で西欧に売り渡されていた資源権益をひとつずつ国営企業の手に取り戻し、徹底した国家管理で最大限の利益を確保し、
・それにより医療、教育、潤沢な消費財の確保といった形で国民の生活基盤を向上させ、
・西欧流の資本主義的繁栄と、ロシヤ正教を軸にしたスラブ主義的なロシアの誇りの双方を達成するというもの。

b0050634_215329.jpgしかもこれを達成するための行動には独自のルールが貫徹されている。それは最初は明文化されていないところからの手探りで始まったが、アクションと成果をもとにひとつずつ明文化されたルールとなりつつある。

ロシアのあるべき姿を二十年スパンで推進するプーチン、メドベージェフのぶれない政策実行の姿が窺えるが、これはいつも次の総選挙と支援団体の意向を気にしてふらつき長期的な施策が取れない身近な国家とは対極にある姿であり、西欧的な民主主義や市場主義のルールで良いとか悪いとか論評しても致し方のない世界でもあると。

で、そんな国との付き合いは感情を廃し互いにメリットのある実利を積み上げていくしかないとのことなのですが・・・(2010.11.27)
by c_mann3 | 2006-12-10 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ソルジェニーツィン・・・

数十年も前に「収容所群島」や「煉獄にて」を読み感動して以来、気にはなっていたもののその後は時々新聞の片隅で紹介される消息に目を通す程度でした。
そんな中、先日NHKの特集「ソルジェニーツィンと大統領たち」を見て、ソ連邦が崩壊した後のロシアでもますます重要な役割を果たしておられたことを知りました。

1974年に国外に追放され、その10年後に本国ではペレストロイカを掲げたゴルバチョフが登場し、それまで発禁処分を受けていた「収容所群島」も解禁に。
そうした流れに連邦崩壊を予感したソルジェニーツィンはその後に続くロシアの姿を「ロシアをどう構築するか」といった著作に取りまとめたとのこと。

西側に亡命しその体制を知るソルジェニーツィンは、本の中で西側の自由市場経済、資本主義をそのまま導入すればロシアはあっという間に一握りの人たちに富が集中し、資源は外国に持ち去られ植民地化すると危惧・・・
ロシアは国家より国民の幸福を目指し、強い中央政府と農村共同体的な地方自治で緩やかに変化していくべきだと。そしてなんとそこには70~80年代の日本の姿がモデルのひとつとしてあったとの話も・・・
▼2015/12/10追記: 実はこの提言書が邦訳されていたことを知り、今頃になって読むことに。 で、その話をこちらに掲載しました。
そして訪れたソ連邦の崩壊。無邪気なエリツィンの登場でロシアは市場主義、資本主義の体制に突入し、一挙に危惧した予感通りの国情に。
そのさなかの1994年に帰国し、祖国の惨状を目の当たりにしたソルジェニーツィンはエリツィンと会談したが話は全くかみ合わずやがて経済は崩壊。IMFの介入を受け入れたことで状況は更にひどいことに。

ついにお手上げとなったエリツィンの体躯と形相には似合わない涙ながらの引退会見の後、さっそうと登場したのがプーチン。
早速臨んだ二人の会談では互いが満足の意気投合。その後プーチンは財閥の解体、資源権益のロシアへの奪還、ロシア正教への肩入れと矢継ぎ早にロシア復権への道を突き進むことになるんですよね。

ソルジェニーツィンが望んだ“国より国民の幸福、農村共同体的な自治”とは趣が異なるにしても、少なくともロシアの誇りはかなりの程度まで取り戻しつつある。

そして2008年ついに没。ですがかつての発禁本「収容所群島」は今や学校の教材となりその思いのいくばくかは若い世代に引き継がれていく。願わくば今後も折に触れて思い起こされる“ロシアの守護神”であり続けてほしいですよね。(2011.8.25)


◆(2012.3.5追記)・・・プーチン、再び大統領に

ここしばらく人気の凋落、反対デモの頻発と、帰趨が取りざたされていたプーチンが、64%を超える得票で大統領に選出されました。憲法を改定してまでの返り咲きに懸念する声もあるが・・・連邦崩壊後の混乱から何がしかの秩序と誇りを取り戻せたのはプーチンの剛腕があったればこそ。更なる自由や民主化を求める反対勢力の台頭もプーチンがもたらした繁栄の結果といった感もなくもない。向こう6年となるか12年となるか・・・ロシアにとって剛腕が不要となる日まではプーチン政権は続くのかもしれません。

そんな風景を、多少の剛腕は必要な国難の時代にあっても剛腕には程遠い政権トップが次々と自滅していく国から見ていると、ちょっとうらやましい感じもします。

それにしてもプーチンには似合いそうにもない涙を浮かべての勝利宣言でした。涙ながらの引退宣言をしたエリツィンも意外でしたが、ロシアの大統領は涙がお好き、それほど篤いということなのかもしれません。

      ⇒⇒新着記事渡り歩き⇒⇒
by C_MANN3 | 2006-12-08 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      ◆次は「ペルソナと三位一体」等について・・・⇒⇒


by C_MANN3 | 2006-12-01 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)