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◆心の流れ・・・磁性や電荷に見立てると

錬金術とか共時性といったものにも言及するからなのでしょうか、ちょっと怪しい不思議系の扱いを受けることもあるユング・・・
ですが一方で心の流れを表現する論理の骨格は物理学にも似た構造をもっていて、いろいろなユングの概念も磁性や電荷に見立てると妙に納得ができてしまいます。

たとえば心を細長い鉄片に見立てて、その一方が外界に対峙した意識の領域で、もう一方が無意識の領域だとすると・・・

最初の鉄片は磁性的にはNでもSでもなく中性。てすが将来NにもSにもなりうる状態であり、これがユングでいう《ウロボロス》
ここに外界から磁石のN極が近づくと意識の側にS極ができる。と同時にN極は無意識の側に沈んでいく。
外界の刺激は磁性に限らない。磁石とともにプラスの電荷を帯びたものが近づくと意識にはマイナス電荷が集まり、プラス電荷は無意識の奥へと沈んでいく。

このように心の中ではいつも対になったものが生起する。心の中に発生する対はいろいろですが、この《対概念》、片方が意識の領域に発生すると他方は必ず無意識の中で発生する。
対は内容自体が対であると同時に発生する場所も意識と無意識といった対の状態・・・つまり二重対であることがユング概念の特徴。そして対を生起させる源が《元型》

環境変化で外界の磁性や電荷が変化すると意識の極性も変化する。
環境の変化で意識と無意識の極性に交代しようとする動きが生まれる・・・これを《補償》という。
こうして心の中にはいろいろな対が環境の変化とともに生起消滅を繰り返している。この繰り返しが続くことが生命力であり、こうして生命力がうごめくさまを《エナンティオドロミア》という。

変化の原因が外界にあるからといって受身と解釈してはいけない。意識は明確な極性を確保することによってのみ外界に影響を及ぼすことができる。意識はN極を持つことによって外界のS極をひきつけることが可能となる。
人はウロボロスの状態から出発しやがて極性を持ち・・・極性を持てばこその影響力をもつことができるがこれを《個性化》という。
では環境があいまいになってくるとどうなるか・・・心の極性もあいまいとなり態度を決めかねた意識は中性の様子見状態を志向しはじめる。これがユングのいう《退行》。そこをめがけてしばしばうつ病が忍び寄る。

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すみません。奥深いユングの概念を乱暴にも単純な物理現象に見立ててしまったため、概念説明としてはあちらこちらに難点や不行き届きがあり恐縮なのですが・・・物理に見立てるとこんなに短い小話でも、幾つものユング概念の互いの位置関係についてそれなりの構図が描けてしまう・・・こうした理解の仕方もあるのだということで、ご容赦の程を・・・(2006.2.6)
by c_mann3 | 2007-08-20 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆二重対、人生の両端で例外が・・・

ユングの対概念というのは二重対、言葉の意味合いとして対であるだけでなく、片方が意識の領域に発生すると他方は必ず無意識の中で発生する。
例えばアニマとアニムスのように無意識にあるもの同士は対としては扱われない。対はロゴスとアニマのように二重対として配置されることで、初めて何かがあるとうごめきだす補償概念につながって行く。

ところがこの二重対、人生の最初や退行の極致と、個性化の極致の両極に例外がある。

生まれたばかりの状態や退行の極致では・・・男性性と女性性、善と悪と言った対が共に無意識の領域にある。これが《ウロボロス》といわれる混沌とした、未分化な状態。
で、反対の極致が人が到達できるのかどうかは定かでありませんが・・・対となるものが共に意識の領域にある状態。例えば善と悪の双方を意識の領域でハンドリングできる最高善などもこの状態かも。

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この話を左下から右上に向かう直線を引き、思いっきり図式化してしまうと・・・
左下の端はあらゆる対概念が無意識の状態にある混沌としたウロボロスの状態。そして中央の広大な領域が生起消滅する二重対が二重螺旋となって意識と無意識の間を縫うようにねじれて揺れ動きなから坂を駆け上っていくエナンティオドロミアの世界。そして行き着く右上の端が全ての対が意識の世界に取り込まれた個性化の極致・・・これはおそらくもう神の世界といってもいいのかも。

・・・で、この斜面を左下に引き戻されることが退行、右に進むことが個性化。人は皆左下端の状態で生まれ・・・右上端に進んでは行くがやがてエネルギーを失い螺旋の振幅が小さくなり進む力も弱くなる。しかも実は右上に進むことを妨げるもうひとつの力、「ウロボロス的重力」というものがあり、ことあるたびに左下端に引き戻そうとする重力にも似た力が作用しているとか・・・で、あれやこれやで右上端にたどり着くことは稀・・・

すいません。ちょっと図式化が過ぎたかも・・・しかもこれがユングの人生モデルだとすると・・・人生の究極展望としてはちょっと暗いのかも。

ところでこのウロボロス、シンボルとしては蛇が環をつくり自身の口が自分の尻尾をくわえている構図で表されるのですが、その東洋版が巴。家紋や韓国の国旗にも図案化されていますが・・・おたまじゃくしが二匹おっかけっこしているようにも、胎盤内の双子の赤ちゃんのようにも見える。
あるいは風景的なイメージとしては輪郭の定まらない沼のようなもの・・・養分をたっぷり含みあらゆるものを生み出す可能性を秘めたすべての源となるものとか。

もうひとつ、これも勝手な連想ですが・・・二重螺旋が坂を駆け上るエナンティオドロミアの風景は、ヒラミッドの中の斜坑を思わせます。この斜坑・・・幅はせまいがなぜか天井が高く、天に向かって伸びている。何でも天から舞い降りた魂が竜の形をした炎となって上下に蛇行しながら天に向かうための通路とか・・・

二重対、二重螺旋で駆け上るエナンティオドロミア・・・ユングの世界はいろいろなイメージを掻き立ててくれることは確かです。(2006.2.6)
by c_mann3 | 2007-08-18 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆退行は変容へのインキュベーション・・・

リビドー(精気)が出口を見失い、鬱々とした状態となり、意識のベクトルが内面に向かうことで、日ごろは霧の彼方にかすんでいたはずの無意識と少しずつブリッジが架かり始める・・・退行のイメージがこんな風だとすると気持ちのいい状態ではないのですが・・・そのおかげで無意識の領域からにじみ出てくる何がしかと、じっくり時間をかけて折り合いをつけ、新たな状態へと変容していくことができる・・・

「退行」の状態は変容へのインキュベーションの期間・・・人が成長するためには貴重な時期、時間帯なのかもしれない・・・なんてことを思ったりもします。


◆ 退行、変容・・・たとえて言うと

退行というのは、外に向かっていたエネルギーがなんらかの事情で行き場を失い、自分自身の内面にこもってどんどん萎縮、収縮し、冷え切っていくこと。
これをまたしても物理現象に例えると・・・

たとえば身の回りにある空気とかいった気体。常温常圧下では、はつらつとして弾力性に富んだ気体なのですが・・・何らかの事情で環境との関係が冷え切ってくると、はつらつさが失われ温度が下がり、体積が縮まって収縮していく、これが《退行》・・・さらに温度が下がっていくとマイナス百何十度かでもう気体ではいられなくなり液体になる。この変化を物理学では変態と言うがこれがユングでいう《変容》・・・気体が液体になり、さらに冷えると固体となり・・・さらに冷やされると物質によっては突然、超伝導とかいったとてつもない《変容》を遂げることさえある・・・

やはり物理学の世界でも心の世界でも・・・変容は退行の果てでのみ起こる現象のようです。そして心の世界では、こうして得られた変容の成果をひっさげて現実の世界に戻ることが必要なのですが・・・
残念ながら物理学の世界では、せっかく起こった変容も常温常圧の元の世界に戻ると跡形も無く消滅し元の木阿弥ということになります。

心の世界では危険な退行の世界を経て変容を起こすことだけでも大変なのですが、それを保持して現実の世界に戻ることは更に大変といわれているのが・・・うなづけなくも無いってことでしょうか。(2006.2.6)
by c_mann3 | 2007-08-16 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆転移の心理学・・・

久しぶりにユングの本を読んでいます。題して「転移の心理学」、ユング著、林道義さん訳。林さんの翻訳のせいなのでしょうか、意外に読みやすく、文章もリズミカルです。

精神療法の現場では分析医と患者の間でしばしば転移現象が起こる。フロイトはこの現象をできれば避けるべきものとして扱っていたようですが、ユングはこれを錬金術になぞらえ、人が個性化していくための重要なプロセスなのだと・・・
そしてこのプロセスを錬金術師たちがよりどころにしてきた「哲学者の薔薇園」と称する10枚の挿絵に従って解説していくのですが・・・
①変容の場、舞台の構成
②王子と王女、男性性と女性性の対立
③無意識が露出し始める裸の関係
④溶解、変容の兆し
⑤結合。最初のクライマックス
⑥虚脱、鬱、死または腐敗・・・《これがいわゆる黒の状態》
⑦死体より魂の上昇
⑧天からの露、それによる浄化・・・《白の状態》
⑨魂の帰還
⑩新たなる誕生、変容の完成・・・《赤の状態》
それにしても・・・「結合」が10段階の中では5段目。もう少し大詰めの終盤で出てくるものだと思っていたのですが・・・この段階が《黒》の状態に対応しているとなると話はやっとここから始まるということのようです。

10段階のプロセスを経て自己を確立する・・・読んでいてふと大乗仏教の悟りに至るプロセスを描いた十牛図を思い出してしまいました。これも10枚の絵で構成されているんですよね。

◆無意識はそっとしておくのが一番・・・

ところでこの本の中におもしろいフレーズが出てきます。

>無意識の分析は外科手術のようなもの。メスを握るのは他に方法がないときだけにすべきである。
>無意識はそれが盛んに働きかけてくるのでなければ、そっとしておくのが一番よい。

これって・・・さんざん無意識を掘り起こしているユングの言葉とは思えない? いや、だからこそ出てくる言葉なのでしょうか。案外じっくり味わうべきフレーズなのかもしれませんね。(2010.4.28)
by c_mann3 | 2007-08-14 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆「日本版:意識の起源史」

E・ノイマンの「意識の起源史」・・・ウロボロスとか大母といった魅惑的な話が満載のようでぜひ一度読まなければと思いつつ、上下に分かれて二冊、分厚さに腰が引けてそのままになっていたのですが・・・日本の神話をベースにした「日本版:意識の起源史」ともいえる本が出ているんですね。

題して「ユングでわかる日本神話」。林道義著、文春新書462。気がつくのが遅かったのですが、昨年の9月の発刊です。
著者が前書きで“ノイマンと同様の分析を日本神話についてやってみようと思いました”と書いておられるとおり、この本は紛れもなく「日本版:意識の起源史」です。


神話に出てくる神々やドラマのモチーフがどんな元型や象徴かといったことについてもなるほどといった記載が多いのですが、この本の狙いはそういった物語を創出したその時代の日本人の“意識”の確立具合を推し量るところにあるようです。
意識というものは結局のところ無意識の世界から分離して生まれてくるものなのですが、この分離度合いが創出する物語のモチーフやキャラクターに反映される。そうした観点でいろんな国の神話を比較してみても日本神話を創出した時代の日本人の自我の確立度合いは相当な段階にあったとのこと。

林さんの本はいつもそうですが、面白くてわかりやすい。いつもの調子で、“ユング派の人たちはすぐ***というんですよね。でも違うんじゃないか”と言ったニュアンスのフレーズが随所に出てくるのですが、この差異表現が実は素人が勉強していく際に複眼的で立体的に理解を進める助けになっているんじゃないかと思うことがよくあります。
それにしてもご自身がユング研究会の会長をしていて“ユング派の人たちは・・・違うんじゃないか”という表現も面白いですよね。


ちょっと順番としては逆なのかもしれませんが・・・この本を味わった上で古典的名著といわれるノイマンの「意識の起源史」を紐解くのもいいのかも。
それともうひとつ、たぶんこれとよく似た話がぎっしり詰まっているに違いない本、「神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡」、ジュリアン ジェインズ著・・・キャッチコピーは“右脳に囁きかける神々の声はどこに消えたのか?3000年前まで人類は「意識」を持っていなかった!”。
なんとも魅惑的なフレーズで読まなければと気にはなっているのですが・・・この本はさらに分厚く、重い。 (2006.2.1)
by c_mann3 | 2007-08-12 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      ◆次は「サイコイド、布置、能動夢」等について⇒⇒


by C_MANN3 | 2007-08-01 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)