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◆認知バイアス、議論のひずみ

「集団浅慮」は議論する集団に作用するバイアスであり、結果として議論をひずませます。同じく集団に作用するバイアスとしては、最初に出た意見に多少なりとも同調してしまう「社会的圧力」といったものもあるようです。
意思決定や集団討議に作用するバイアスは「認知バイアス」として研究されかなりの種類があるようですが、内容的には昔から言われている諺、警句の類とオーバーラップするものもあり、お互いに矛盾しあうものも少なからずといったところです。

一例として「三人寄れば文殊の知恵」と「集団浅慮」。この関係をいったいどう考えればよいのか・・・おそらくどちらも正しい。しかしこれが正しいための条件がある・・・こうした言葉の成立する条件、回避策といったものをこつこつと検証し、積み上げていくところにも組織心理学や認知心理学の役割といったものがあるのかもしれません。(2005.2.24)
by c_mann3 | 2010-01-20 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆手作り、未検証の「認知バイアス《1》」

新しい「認知バイアス」の発見とか実証とかができるといいんですが・・・そんな境遇にもありませんので、ならばせめてと、自分の経験則をまとめてみました。

経験則から生まれる警句は、ロジック半分、レトリック半分。根拠はあいまいかもしれませんが・・・議論が紛糾しているとき、ボソッとつぶやくだけでも鎮静効果はありそうです。
ということで・・・手作り品、パクリ品、思いつくままに認知バイアスもどきの話を並べてみます。


【① 議論は煮詰めすぎると答えを見失う】
コップに入れた水を前にして、水とは何だと議論が沸騰。熱を入れすぎて、ひょっと気がつくと水は全て蒸発。・・・あの水っていったい何だったんだろう・・・

【② 議論は端から固めていくと身動きが取れなくなる】
四隅がねじ止めされている建付けの悪い蓋を締めていくとき、律儀に端から順番に右回りにとかいって締め上げていくと・・・最後の一個はたいてい穴の位置が合わずに、やり直しとなる。当事者は決まって俺は間違っていない、蓋が悪いんだというが・・・元来こういうものは、四箇所を一斉に少しずつ、だましだまし締めるもの。

【③ 知ろうとする行為自体が対象を歪ませる】
たとえば工場の生産性向上の実験をしていて発見された「ホーソン効果」。実験の中身には関係無く、被験者に選ばれたことだけで生産性があがってしまったという話しです。

【④ 何かに注目すると何かが見えなくなる】
これは一種の不確定性原理と言えなくもない。ものを見ようとしてスポットライトを当てる…すると見ることのできない影ができる。ならばと全方位から照明を当てると今度は陰がなくなることで立体感が掴めなくなってしまう。

【⑤ 市場は黙して語らず、ただ存在するのみ】
客観的市場調査とかいって、無心になって数字を集めて集計しても市場はわからない。答えは知ろうとする人の心の中にある。そしてその心を商品としてぶつけたとき、初めて反応が返ってくる。要するにリスキーなアクションサーベイしかないということかも。

【⑥ 似たもの同士の近親憎悪】
“昔から、他人から見ると似たもの同士なのに、議論を始めると何故か真っ白と真っ黒に分かれて相譲らない近親憎悪の世界。 この原動力は何なのか。「アードラー心理学」なのでしょうか?”

【⑦ 山の両側で意見が真っ二つに】
Aは太陽に向かって進むと山の頂上に向かうという。対してBはそれでは山を下ってしまうという。意見が一見真反対に対立すると、お互いに相手が間違っていると思いこんでしまう。でも、AとBはそれぞれが山の北のふもとと南のふもとに分かれて立っているだけのこと・・・立つ場所によって意見が真反対という現象は山ほどある。

【⑧ 群盲象を評す】
これは手作りではなく、昔の仏教経典か何かに載っているらしいのですが・・・目の見えない方何人かが、象を撫で、鼻を撫でた人は太いホースのようだと言い、耳を撫でた人は大きな扇のようとか言って紛糾するもの。全体の見えない議論では我々もしょっちゅうやっています。

ところで⑦、⑧の話しは、全体の構造が見えず、しかも一人一人の依って立つところが違うところからくるもの。となると余計な議論を避けるためには、全体の構造を明らかにすることに主眼を置く「構造主義」的なアプローチが役に立つのかも…
by c_mann3 | 2010-01-18 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆手作り、未検証の「認知バイアス《2》」

手作り品、パクリ品、思いつくままの認知バイアス、続編です。

【① 南の島でシューズは売れるか】
実はこれは古いネタです。南の島の市場調査から帰った二人の営業マン、一人は「みんな裸足で歩いている。まるで濡れ手に粟、爆発的に売れる有望市場です」、ところがもう一人は「そもそも靴を履くという習慣がない。売りこむなんて時間の無駄です」。
この話、ばかげたジョークのようでいて、実はよく似た議論を十年ほど前、中国市場に対してしていたような気が・・・

【②豆腐を切るのにナタを振り回す】
ありきたりの問題に、高邁、高度な理論を使おうとする。あるいは現実のどろどろした問題にヒュアな理論を当てはめようとする・・・ナタを振り回しておいて豆腐がつぶれると、「豆腐が間違っている、こんなものを料理に使うこと自体が間違っている」などといって居直る。これは“ある種の理系の人たちの生態学”といったところでしょうか。

【③最適とは、目の前の対象に最適応と言ったほどの意味】
計算しつくし、議論しつくして出した最適解・・・ですが最適解というのは所詮、対象とするものに最適応ということ。答え自身の中に正しさがあるわけではなく、正しさのよりどころは対象との関係性の中に一時的なものとしてのみ存在するものなのかも・・・

【④定性的には成り立っても量を加味すると崩れるものも】
これはもう説明しようのないほど当たり前のこと・・・ですが、量的に入り組んだ現実の問題を“ことば”という定性的な道具で議論していると,必ずついてまわる現象です。

【⑤「人それぞれ」で打ち切られる議論】
「人それぞれ」、この言葉は、“意見は人それぞれなんだからよく聞いて議論しよう”といった使われかたよりも、“意見なんて人それぞれ、これ以上議論しても無駄”とばかりに議論を打ち切る捨て台詞として使われることのほうが圧倒的に多い気がするのですが・・・

【⑥前向きな意見が話しを潰す】
現実的な問題に、どうにか実行可能で現実的な手をうとうと話がまとまりかけたところに・・・「せっかくやるんだから、よく調べて、抜本的な手を打つべきだ!!」などという前向きな議論が出ると・・・議論は一挙に山に乗り上げ・・・何もできなくなってしまったりすることも。

【⑦とって付けたような「倫理用語」で押し切る】
延々としゃべる端々に「客観的に見て・・・」、「これは事実なんだ。」、「これが!会社のためなんだ!」といった言葉がとって付けたようによく出てくるが・・・前後の本筋と論理的につながっていることはまれな感じが・・・なのにここを大声で強調されると本論が“客観的で、事実で、会社のため”のような雰囲気になってしまう。これって崩すのが意外に大変なんですよね。

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どうもこうして並べてみると・・・なんか、私自身の興味は“議論の中身の妥当性”といったことよりも、“人と人の議論のせめぎあいと、その行く末”といったことにあるのかも・・・(2005.2.24)
   
by c_mann3 | 2010-01-16 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆もつれ、ひずみ・・・その構造を整理すると

こうして意思決定、合意形成といった場面での“もつれ”、“ひずみ”をいろいろと整理していますと、何となくこの領域の心理学的構造といったものが実感として浮かび上がってくる感じです。思いつくままに列記してみますと・・・

・意思決定と合意形成は一体不可分のプロセス。

・このプロセスでは人の判断にいろんなバイアスがかかっている。

・バイアスは個人に作用するもの、集団に作用するもの様々。もしこの自覚を共有することができればずいぶんと状況は変わるのかも・・・

・心理学的に検証されているとはいえ認知バイアスにはそれぞれ成立の条件といったものがある。それを無視して適用すると諺、警句と変わらなくなってしまう。

・さらにこうしたプロセスには風土とか、カルチャーとか、制度といった枠組みが磁場のように作用している。

・意思決定と合意形成ではそのプロセスだけでなく、目指すゴールの妥当性とその合意といったことも問題。

・数理科学的な手法も合理的なようでいて、いろいろと前提条件があり、条件部分の判断をひっくるめると経験的で非合理な世界と類似になる。

・数理科学的であれば合理的というのは今風の現代人に作用する一種の認知バイアスかもしれない。

・バイアスを認識し、ひずみを廃し、もつれのないようにすれば望んだ解に至るかというとまた別問題。それでも届かないところを目指すなら、そこにブレークスルー、創造の課題が立ちはだかっている。・・・ということで、集団の中の「創造性」も重要課題のようです。(2005.2.24)
by c_mann3 | 2010-01-14 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆意思決定の技術

ダイヤモンド社から、いろいろな意思決定論をを集めた本が出ました。題して「意思決定の技術」、2006年刊。
数ヶ月前に出たばかりの本ですが、内容的にはこの10年間で月刊誌ダイヤモンド・ハーバートビジネスレビューに取り上げられた意思決定論の内、今なお人気の根強い8編のセレクト集です。

意思決定論、「学」としては合理的で、数理科学的な意思決定の方法論が優勢なのでしょうが、現実の意思決定では・・・

★データを集めて分析し、合理的に選択肢を準備されても最後の決断は直感に頼らざるを得ない。
★世の中の変化が激しく複雑化を増してくると、合理的な分析が整う以前の状態での決心も必要。
★日常ふっと浮かぶアイディアや構想が調査や分析の裏付けが取れないといって葬られることはもしかすると致命的なチャンスロス。

となると、直感的な意思決定を非合理と言って無視、排除するだけでは奇麗ごとに終わってしまう。ここはひとつ直感的意思決定そのものを科学的な吟味の対象とし、妥当性を高めることが現実的。
ということで、8編の中でも大半は直感的意思決定の心理的メカニズム、生産的な対話の重要性、直感が陥りやすい心理学的エラーの回避策と言ったことに割かれておており・・・

こうした理論をじっくり味うことで、日ごろから自身の直感の質を向上させ、良質な対話ができる風土を作っておけば、それが日常の意思決定の安定化につながるかも・・・といった期待を感じさせてくれる一冊でした。(2006.4.24)
by c_mann3 | 2010-01-12 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆CIAの「仕事に役立つインテリジェンス」・・・

前掲の記事(ひとつ上にスクロール)で紹介している「意思決定の技術」によく似た新しい本が出ています。

題して「仕事に役立つインテリジェンス」、副題が“問題解決のための情報分析入門”。北岡元著、PHP新書511。たった700円の新書版なのですが、実によくまとまっています。

インテリジェンスとはおびただしい情報から生産され、私たちの行動や判断を左右する知見のこと。

この本は米情報機関CIAの分析や判断事例を基に情報分析の特質と確度を高める方策をまとめたものなのですが・・・
情報分析はアートと称して直感に頼るベテラン分析官、対してそこに統計や確率論をベースにサイエンスを導入する立場。その双方の落とし穴や限界を豊富な認知科学の実験を積み上げて検証し、より確度の高いインテリジェンス生産のあり方を提言していて、会社の中の情報分析でも参考になる事項が満載です。

サイエンスでは超えられない壁をアートは乗り越えるが、アートには認知科学で実証された数々のバイアス(思い込みなどの人固有の思考のブレ)がまとわりついている。結論としては情報分析にはアートとサイエンスの融合が必要ということのようです。

誤判断のリスクに満ちたCIAの情報を元に戦争を始めてしまう米国はとんでもない国ですが・・・一方においてやがて誤謬とわかるとそれを徹底的に糾弾しそのプロセスを分析する。それを認知科学者が実験で裏付けし、こうした領域をも科学としてまとめていくのが米国のすごさなのかもしれませんね。(2008.4.28)
by c_mann3 | 2010-01-10 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆「つっこみ力」・・・

ひとつ上の記事「仕事に役立つインテリジェンス」じゃないですが、目の前に突きつけられた情報や資料を基にその向こうの真実を推し量るというのは結構大変でリスキーですよね。

この壁を突き崩すもののひとつが「つっこみ力」ということになるのかもしれません。

会社の中で取り交わされる企画書や報告書もそのままではボケたものが多く、「それで?」とか「ところで・・・」とツッコミを入れて始めて輪郭が浮かび上がってくるものが少なくない・・・などと思っていた矢先、その名もズバリ「つっこみ力」といったタイトルの本が目にとまり思わず買ってしまいました。

パオロ・マッツァリーノ著(実は素性不明の日本人?)、ちくま新書645。

「つっこみ」とは、漫才のボケとツッコミのツッコミのこと。実際この本には随所に掛け合い漫才がでてきます。

ですが、言わんとするところは・・・
マスコミや識者がデータを駆使して押し付けてくる意見は実はご都合主義で手前勝手なものが多い。データ自体に嘘は無くても、それを解釈しグラフを駆使して話を展開する過程には悪意は無くとも錯覚や思い込み、主観といったものがいくらでも入りうる。

だがそれを崩すのは実は至難の技、真正面から切り込んでも角が立つばかりで勝ち目は無い。で、登場するのが漫才に倣った「つっこみの力」なのだと。
ツッコミは批判や批評とは違う。ボケた相手を前にして第三者に一呼吸置いた笑いを誘うことが極意とのことですが、いろんな統計の嘘を笑いのうちに切り崩していく事例も豊富でなかなかおもしろい本でした。(2008.7.19)
by c_mann3 | 2010-01-08 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆「使える弁証法」・・・阻む壁

クリティカルシンキングとかロジカルシンキング・・・ビジネスマンがものを考えるときは矛盾を排除しロジカルにというのが定説ですが、それでは未来は読めない!といった本が評判になっているようです。

題して「使える弁証法」。 田坂広志著、東洋経済新報社刊。

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著者、曰く。
「なぜ、調査や分析をせずに未来が見えるのか」とよく聞かれるが・・・未来を予測するときに使うものは、時折目に入る新聞、雑誌、テレビ番組などの普通の情報・・・そして「哲学的思索」、それだけです。
・膨大な情報を収集し、詳細な分析を行うと木に目を奪われ森が見えなくなる。
・論理的な思考に走ると直観力、洞察力、大局観が働かなくなる。
だから自然に集まる情報だけをベースに、ひたすら「哲学的思索」を積み重ねるのだと。

で、その思索の方法が「弁証法」。そしてそのキーワードが「螺旋的発達」や「矛盾の止揚」等々。
・状況変化で消えたものはやがて新しい価値を伴って復活する。
・状況変化は極致で必ず反転する。そして新たな価値を伴って一段高いところに回帰する。
目の前に広がる風景から対立概念や矛盾を抽出し、それを排除することなく止揚していくことでおのずと未来は浮かび上がるのだと。


ところで状況はいつ反転するか・・・

長い目で見るとあらゆるものはいつかは反転することに異論はないのでしょうが、状況が極致で必ず反転する、その"時期"をどうやって見極めるかが問題。著者もこの点については章を設けて書いておられて・・・

・ひとつには、反転は“量から質への変化”として現れることが多いので、ひとつの事柄が量的に急増し質的な変化が見え始めた瞬間がひとつの目安。
・さらにもうひとつの目安は、その事象の“キーワード”が当たり前の事柄となりいちいち解説されることもなくなり、忘れ去られた時点がポイントとか。

ちょっと頼りない感じがしないでもないポイント予測ですが実はこんな話も・・・

弁証法的な大転換は、昔は百年に一度クラスの事象で、人一人の一生で一回遭遇するかどうかだったが、最近では一生の間に何回も目にする時代になった。
従って早く準備しすぎたときに発生する「待機時間」のリスクがほとんど問題にならない状況となりつつあり、それよりも先回りして待機することの期待効果のほうが大きいとか。

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なるほど、賛成!大賛成!!・・・ですが、これを企業組織の中で活用すると、おそらくは巨大な壁が・・・

企画会議で「悶々と思索した結果、結論は****!」と言ったとしてもおそらく賛同は得られない。なんたって、近代的なエリートビジネスマンの大半は綿密に情報を集めて精密に分析し、矛盾や主観的なものは排除することで論理的、客観的に説明することを旨とする人たち。
早い話が「矛盾」・・・“矛盾”がすべての起点の弁証法と、“矛盾”を取り除き論理的整合性を追及するロジカルシンキングの相性がいいはずがない。

弁証法を生かすには、それに見合った弁証法的な対話を包容する風土が必要なのかも。 つまりそれは意思決定を、データの分析はしてもそれに頼らず、結果をデータや計算式の責任にせず、自身の思弁的判断に責任を負う人たちが対話をするということなのですが・・・(2006.2.18)
by c_mann3 | 2010-01-06 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      次は「ハーバーマスとルーマン」等について⇒⇒


by C_MANN3 | 2010-01-01 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)