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◆日本人と組織・・・

面白い本を見つけました。題して「日本人と組織」、山本七平著、角川書店から最近出たばかりの本です。

山本七平さんといえば40年近く前、イザヤ・ペンダサンのペンネームで「日本人とユダヤ人」を書いて一世を風靡した人。
「日本人と組織」はそのペンダサンこと山本さんが30年ほど前に雑誌に掲載していた組織論を編集したもののようなのですが、旧約聖書の時代に始まり現代に至る西欧の組織と日本人が作り出す組織の違いを鋭いキーワードで浮き彫りにした傑作です。

いろんなことが書かれているのですが、いくつかを拾うと・・・

◆契約に基づく中心軸統制組織と円環的枠組組織

西欧の組織はモーゼの十戒に始まりまず規約があり、それに自由意志で契約的に参加する人たちが集まって組織ができている。メンバーの忠誠は組織の中央に存在する規約に対するものであり、メンバー間やリーダーへの忠誠といったものではない。
対して日本では八百万の神々がすむ山々に囲まれた盆地の中で共生する集落が組織の原型。ここでは権威のよりどころは中央ではなく円環状に取り囲む山々の神であり、メンバー間は情で連結されていて、その情が知よりも優先する。

そんな風土の日本に導入された近代的な産業組織はおのずと西洋のそれとは異なったものとなる。会社に約款や規定、マニュアルはあるが日ごろそれを意識している人はいない。
西欧組織ではそうした規定を守ることが組織参加の契約そのものであるが、日本人にとっては契約とは山々の向こうとの対外契約のこと。盆地の中では超フラットな共生関係がベースなため情で秩序が形成され、意思決定は合意、稟議がベースとならざるを得ない。

◆神聖組織と世俗組織

神聖組織とは宗教や信条を共有する結社。対して世俗組織とは生きるための生産活動を効率的に行う組織。修道院(神聖組織)が自給自足的な生産活動(世俗組織)を行うといった原初的な例はあるが、基本的には西欧ではこの二つを徹底的に分離することで世俗組織の効率化と利潤を追求する方向に組織を発達させてきた。

そこでは神聖的なモラルとは異質な別の価値観(例えば弱肉強食)が支配する。そして一人一人の個人は徹底分離した二つの組織に属し、その矛盾と相克の中で生きていくもの・・・その結果として例えばビルゲーツに見られるように会社では世界最高の暴利を稼ぎながら一方でこれまた世界最大の福祉財団の長でもあるといった生き方がひとつの理想系となる。

対して日本では、世俗組織であるはずの会社組織に神聖組織と見まがうような人生観や生きがいといったものを忍び込ませてしまうことで、経済合理的な判断を難しくしてしまう・・・等々。


この本を読んでいると30年前にかかれたものとは思えない。この30年間で日本の会社組織(世俗組織)はさらに西欧化が徹底されてきたにもかかわらず・・・現代の組織にも今なお渦巻く日本人のDNA的なものを浮かび上がらせてくれる感じがします。(2007.8.10)
by c_mann3 | 2010-06-20 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆中空構造日本の深層・・・

以前から気になっていた河合隼雄さんの本、「中空構造日本の深層」を読んでいます。もともとは中央公論から1982年に出版された著作のようなのですが、新聞の書評欄で目にした「中空構造」といったタイトルが気になっていながら読む機会がないままでした。

実はこの話、ここのひとつ上(にスクロールしたところ)の記事で紹介している山本七平さんの本、「日本人と組織」とイメージが重なります。

山本さんの本はユダヤやキリスト圏の歴史から組織や社会の構造を解き明かす中で“西欧は契約に基づく中心軸統制組織”、対して日本は“円環的枠組組織”といった話が出てきます。

一方河合さんの本では古事記といった神話の研究から日本人の意識構造を分析し、西欧の中央統制的な父権社会とは異なる日本の構造を中空構造と名づけています。
この中空構造論では中央に権威は置いても権力は置かない。そこに働くのは統制による切り分けと排除ではなく、調整とバランスだと。そして対立するものも一時的にどちらかが強くなっても必ずゆり戻しが起こる。

本来この中空部にはエネルギーが充満しているはずのものなのに、現代の日本を見ているとこの中空部が本当に空虚になってしまっている。
中空部がうつろになると危険。うつろになると決まってそこに父権的なものを持ち込もうとする人が出てくるが結局は西欧の父権的なものとは異質なまやかしものになりやすいのだと。

そうしたことを避け西欧には無い中空構造の特質を生かしていくためには、日本人自身がそれを言語化、意識化することが必要。もともと空で非言語的な世界を言葉で表現し論理付けることは困難な作業ではあるが、もしそれを訳したならば西欧にも理解してもらえるレベルにまで磨き上げる努力を重ねるべきなのだとのことなのですが・・・

とにかく、河合さんと山本七平さんではアプローチも題材も違うはずなのに結果は妙にオーバーラップします。

それにしても益々うつろな中空構造になっている感じがする最近の日本・・・そんな中でこの二冊の本を行きつ戻りつしながら読んでいるといろんなことを思ってしまいますよね。(2010.5.15)


【2015.1.26追記】 ◆突然この記事にアクセスが急増!?・・・

実はこのブログのアクセスが先1/3に突然急増。なんだ?!と思って調べるとこの記事にアクセスが集中していました。
どうやらその前日の1/2の深夜にNHKで放映された「100分de日本人論」の中で、河合さんの本“中空構造日本の深層”が取り上げられたことがきっかけようです。
アクセスはその後も尾を引くように続き、1/24の深夜に再放送があった時点でまた急増・・・1/3以降のこの記事へのページアクセスは既に200件を超えました。

この番組の登場者はそれぞれが一冊の本を抱えた中沢新一さん、松岡正剛さん、斉藤環さん、赤坂真理さんと超豪華メンバー。それにしても放映が終わると視聴者を一斉にネット検索に駆り立てるとは・・・さすがNHKなのか、出演者の魅力なのか、はたまた河合さんの人気なのか・・・いずれにしてもすごいパワーです。番組の詳細はこちらに・・・

http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/2015special/index.html


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by c_mann3 | 2010-06-18 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆日本辺境論・・・

内田樹著「日本辺境論」、新潮新書336。
日本人ほど日本人論が好きな(自身の位置付けを気にする)民族はいないとのことですがこの本も面白い日本人論の一冊です。

そして読み進めるうちに、山本七平さんの「日本人と組織」に出てくる“円環的枠組組織”や河合隼雄さんの「中空構造日本の深層」ともどこかでつながっているような感じもしてくるのが不思議です。

日本はいつも中華や西欧といった自己を主張する国や文化の辺境として存在してきた。そのため自国や自身の自我が世界の中心といった思想を持つことは苦手というか、できないというか、そんな気がもともとないのが特徴だとか。

したがって日本人固有の何かを探しても表面的には何重にも借り物を装っていて見えないが、実はその借り物を借りて取り込む際の振る舞いには古来から変わらない固有の様式があり、それが辺境の辺境たるゆえんなのだと。

たとえば国名の「日本」・・・日の出ずる国(つまり東)ということ自体が「越南(ベトナム)」などと同じように中華を軸とした辺境の方位を現したもの。これは例えると自身の居場所を絶対位置では表現せず、常に何がしかのランドマークを基点にした相対位置で表現する習性があり、自身をランドマークにするといった発想は無い。

他にも辺境ゆえに身についた日本人の特質の話が満載です。
例えば「道」・・・武道、茶道、書道と全てを「道」として捉えどこまで行っても「私は道半ばの未熟者ですから」と一見謙虚ではあるが、それは頂点に立とうとしない責任回避の姿でもある。

そして「機」を捉える・・・機を捕らえてその瞬間に何かをなそうという発想も自我の意図するところに従って自身から動く西欧の発想とは異質。目的や意図があるのなら機を待つのは時間のムダだし、機の状況で対応を変えるのでは恣意的な生き方とは言えないと。

さらには「ブリコルール(器用仕事)」といったものまで出てくるんですよね。このブリコロール、初めて聞く言葉だったのですがレヴィ=ストロースが「野生の思考」で使っている概念だとかで、これもまた面白い。

ですが著者は“だから日本人はダメなのだ”と言いたいわけではない。そうした日本人の特質をポジティブに自覚しそれを活用していくしか道はないのだとのことです。

そしてできればその特質を言葉にし世界に向かって表現できればいいのだが、こうした概念を表わす日本語を翻訳することは至難の業なのだと・・・となると日本人的な発想がグローバルスタンダードになることはやはり至難の業ということなんでしょうね。(2010.6.30載7.20改)
by c_mann3 | 2010-06-16 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆野生の思考、ブリコルール・・・

ひとつ上(にスクロールしたところ)で取り上げた本「日本辺境論」でブリコルールといった耳慣れない話が紹介されていて、それはレヴィ=ストロースの「野生の思考」に出てくる概念なのだと・・・で、結局レヴィ=ストロース著、「野生の思考」(みすず書房、1976)を拾い読みすることになりました。

“野生の思考”、 変なタイトルですがその反対は“栽培された(工業化され効率化された)思考”だと言われてなるほどと納得。

この思考方式は、文化人類学者レヴィ=ストロースが世界各地の未開の人たちの思考を調査するなかで浮かび上がってきたものなのですが、それは近代的な科学的思考に対して未発達とか未開などと位置付けられるようなものではなく、それと同格で対を成し人間が本来持っているもうひとつの思考方式なのだと。

この思考を特徴づけるのがブリコルール(器用仕事をする人)ということなのですが・・・そのポイントはありあわせの材料や知識をベースに手探りで目的を達成していくというもの。
それに長けた人は日頃から“もしかしたら役に立つかもしれない”といった姿勢で残り物の材料や断片的な知識を独自の整理法でストックしていてそれを巧妙に活用していく。
事前に目的が決められ、設計され、無駄なく材料をそろえて論理的、効率的にことを成すアプローチとは対極にあるもの。

そう言われてみると、この思考方式は実はわれわれの周りにも(なぜか蔑まれながら)潜んでいそうですよね。

たとえば科学と技術といった対比をすると技術の領域では“野生の思考”の成分が強い。技術開発の現場でも量産品開発とエンジニアリングといった対比をするとエンジニアリングは“野生の思考”の成分が強い。

科学者と違って技術者はきっと“野生の思考”に長けていないと仕事にならない・・・ですがそれをしっかり自覚していないと、変な科学主義、効率主義に侵されてしまって“野生の思考”が退化してしまうんじゃないか・・・等と思ったりもさせてくれる不思議な本でした。

それにしても、「辺境日本論」で日本人の思考を説明するのにブリコルールを持ち出すというのが面白い。なんたって、それはレヴィ=ストロースがいわゆる未開人の思考を分析する中で出てきた“野生の思考”なんですから。(2010.7.31)
by c_mann3 | 2010-06-14 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      ◆次は「組織のかたち」について・・・⇒⇒


by C_MANN3 | 2010-06-01 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)