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◆◆企業組織の文化と制度◆◆

企業の存在意義といったことを考えていますと・・・その企業が持つ文化とか制度といったことが気になり始めます。

その企業の存在意義が例えば創世記神話といった形で語り継がれていくとき・・・それがその企業の文化、風土を形成している・・・
ということで、このコーナーでは《企業組織の文化と制度》について・・・(2005.2.21)
by c_mann3 | 2010-08-20 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆組織の文化と制度:生成と変容

海で泳いでいると、あるとき突然はっと肌で感じるほどに水温の異なる層を感じるときがあります。一様に見える海水も水面下では温度や濃度の異なる水流が渦巻いていることを感じる一瞬です。

組織の中で、いつもともに仕事をしていて分かり合えている筈の職場で、ちょっと話題や切り口を変えたとき、ふっと通じなくなる瞬間を感じることがあります。表面的には均質に見える組織の中でも、コーヒーにたらしたミルクが溶けることなく尾を引く軌跡のように、色々な価値観や文化が交じり合うことなく層を成して渦巻いていることを感じる一瞬です。

客観的事実としての状況や時間を共有し、日常ツーカーで通じ合えているはずの組織で何かの瞬間垣間見える異質な感じ・・・組織の深層には何かが漂っている・・・そのひとつが企業文化なのかもしれません。

ということで、しばらく「企業組織の文化と制度」について、雑感を書き連ねたいのですが、まずは、企業文化の生成と変容・・・架空の組織の物語からその推移をたどると・・・

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突然現れたさるベンチャー企業がユニークな商品を引っさげてデビュー。商品がユニークなだけでなく、社長の発想も企業の運営もユニークで独特のカルチャーを持った企業として急成長を遂げていく。

やがて社員の数も急増しアイコンタクトだけでは行き届かなくなり自身の経営風土を定着させるべく制度化をはじめる。ですが、ユニークな風土を正確に制度に翻訳するのは至難の技。ということで、コンサルタントとかを雇って制度の整備を始めると外部導入の制度に潜む異質なカルチャー。

さらに組織が大きくなり、研究開発、製造、販売と組織を機能分業し始めると・・・それぞれの職能が持つ固有のカルチャーが忍び寄る。

さらに組織は大きくなり、大量中途採用、業務提携、企業吸収、合併なんかを始めると相手企業のカルチャーや社会通念としてのカルチャーが流れ込んでくる・・・だかそうしたものをすべて覆い隠し続けるカリスマ社長の強力なリーダーシップ。

しかしいつの日かカリスマ創業者が引退するころになると、長年にわたって忍び込み潜伏していた種々のカルチャーが一挙に表面化し、いろんなものが渦巻く組織となる。

いずれ業績も低迷期を迎えることとなり、これではいけないと、ミッションマネジメントの導入などといって文化の再構築を図ろうとするがすでに簡単に合意できるほどに核となるものはなくなっている・・・で、企業の歴史を紐解いて自己のアイデンティティを手間隙かけて模索する・・・なんてことになるのでしょうか。

ユニークな文化が風化したからといって人の集合体である組織で文化が消滅するわけではない。組織は社会の中で細胞膜に守られたひとつのセル・・・細胞膜を突き抜けて浸透してくる社会や業界のカルチャーが、かつてユニークであったものに置き換わっていくだけのこと・・・

企業文化の創生、変質、風化、再構築は果てしなく社史を塗り替えていくパワーソースなのかもしれません(2005.2.21)


by c_mann3 | 2010-08-18 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆文化と制度:大海に浮かぶ氷山モデル

企業の組織文化や体質は社史を変えていくほどのパワーを持っていることは確かなんでしょうが・・・

その輪郭はといわれると茫洋としていてはっきりしない・・・企業の組織文化、企業体質、組織風土・・・よく似た言葉ですが、意味するところは同じようなものなのかどうか・・・などと思って調べているうちに、下記の論文を見つけました。NTT研究所の論文なのですが、わかりやすく解説してくれており、もやもやしていたものがすっきりした感じです。

https://www.yu-cho-f.jp/research/old/pri/reserch/monthly/m-topics/telecom/1999/no128p54.pdf

ここでは企業の姿が大海に浮かぶ氷山にたとえられており、水面上の見える部分が“戦略、方針、制度等の明示された組織のルール”、対して水面下に広がる領域が“組織文化、体質、風土等と呼ばれる暗黙のルール”として表現されています。
そして水面下に広がる文化や体質とは、“組織の大半の成員が自明のこととし、もはや疑問とは思わなくなっている仮定、前提、思い込み、発想法等の固まり”などと解説されています。

以下は私見も交えた雑感ですが・・・
氷山に例えられるということは・・・人の意識と無意識の関係にも例えられるのかもしれません。意識の領域が一定の制度のもとで、戦略や方針に従って動こうとするとき、スムーズに動けたり動けなかったり・・・その背後には日ごろは自覚できていない無意識の働きがある。で、その厄介な無意識を意識にとって都合のよいように改造しようとしても、直接変化させることはできない・・・操作できるのは意識領域であり、新しい約束事、根気強い訓練、学習を積み上げ時間をかけて無意識の領域にしみこませていくしか方法は無い・・・

風土や体質の変化を目指す言葉、“風土改革、体質改善、文化の改革”などということが、なぜかリストラ断行、倫理的不祥事の後始末とか言った緊急を要するネガティブな場面でよく使われながら・・・それがその場しのぎの言い訳のように聞こえて即効性が期待できそうにないのは、風土や体質といったものが、無意識に似た特性を持っているからだと考えるとよく理解できます。

企業が体質改善や変革を求めるとき、所信の表明とあわせて採られる具体的な手立ては組織や制度の変更、評価や懲罰の規定の見直しなどであり、表面的にはある程度の行動変化を起こすことができますが、・・・じっくりと時間をかけてでもにじみ出るように本来の目的である風土改革といった効果が出ることは少なく、場合によっては逆効果であったりするのも・・・無意識が今どういう状況であり、新しい手立てが受け入れられるかどうかの吟味がかけていることも一因なのかもしれません。

制度を変え、表面的な変化を起こすことはできても・・・心の変化につなげるためには、更にいろいろな手立てがいるのかも・・・(2005.2.21)
by c_mann3 | 2010-08-16 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆文化と制度:文化を分断する分業組織

創業期のユニークなカルチャーが変容していくひとつの要因は、組織の分業化にある・・・専門化された職能は、企業の枠を超えてその職能の目的合理性を目指して進化し、やがてその職能自体が自己目的化するとともに独自のカルチャーを生み出します。

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企業は価値観とか、ミッションとかいったものを設けそれを共有することで結束を固めていきます。ユニークな創業者を冠する企業にこの傾向が強く、組織が大きくなってもこれが維持され、その会社の誰と話をしても同じことを言う「まるで金太郎飴」と揶揄されれるほどの企業さえあります。が、一般的には規模が大きくなると、これを組織に展開していくうちにあいまいなものに変質していくものです。

会社が大きくなると組織を整備しますが、たいていは機能分業組織となります。
販売部門/研究開発部門/製造部門/管理統括部門、やがてこれらは独自の価値観を身につけ始めます。創業者の企業ミッションをさしおいてまで身につけようとする価値観は実はその職能が内包する価値観です。
たとえば製造部門の安定確実指向、研究開発部門のベンチマークの数値優先とか新機軸好み、これらは企業の枠を超え、社会全体のその職種に広がる集合意識のようなものかもしれません。

こうした価値観はある程度は専門性を高め効率を高める効果もありますが、度を過ぎるとセクショナリズムの温床となるだけでなく、企業の不安定要因とさえなります。
対策として組織的にとられる手建てはいくつかありますが、一つは人事ローテーション、もう一つは機能分業を廃し、事業単位の小さな組織への衣替えすることでしょうか。


ところでこの人事ローテーション、転勤すると間髪おかず新しい部門の価値観に変身する人、あるいはそれができない人といった具合で一筋縄では行かないようです。

人事ローテーションが個人のキャリア形成目的ならむしろ染まっていくのも悪くはありません。ですが、人の移動を介して組織間のカルチャーギャップの中和を目指すものなら、もとのカルチャーを保持した上で新しい職場に溶け込んでほしい・・・というのがおそらく企業の期待。

ですがそれとは別に個人の側から見ると組織の意向と言われても、元のカルチャーを背負った体質を変えたくても変えられない、あるいは変えたくない、そういった人たちがいろんなドラマを生んでいくことになります。
新たな発想を持ち込み前の部門との連結ピンとなって成果を納める人、なじめず浮くか沈むかで結局は行き詰まる人等、様々です。


自分自身を含め、こうした変身しきれない、しようとしない人たちを見ていて時々と思うことは・・・実は最初に配属された部門のカルチャーにすり込み現象があるのかもしれないということ・・・

ロレンツの言うすり込みは生まれたばかりの雛がはじめて開眼したとき目の前で動いているものを母と思い慕いつづけるということ。
ですが、この開眼、人間の場合は人生で何回か訪れます。その一つが初めて社会に出て新人として配属された部門、そこの風土や価値観が、これがまるで社会そのもののカルチャーとばかりにすり込まれる。
たった数ヶ月ですり込みは完成し、人は多かれ少なかれ、そして良くも悪くもそれを一生を引きずっていくのかもしれません・・・(2005.2.21)
by c_mann3 | 2010-08-14 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆文化と制度:“チケットぴあ”の場合

前掲の “組織の文化と制度:生成と変容”で、 架空の組織の物語を書かせていただきましたが、先日の朝日新聞日曜版で、よく似た現実の企業の姿が紹介されていました。

私の架空の物語では・・・“カリスマ創業者が引退するころになると文化風土が拡散し、ミッションマネジメントの導入などといって、企業の歴史を紐解いて自己のアイデンティティを手間隙かけて模索する”・・・などと書いていたのですが、現実はもっと厳しい。

“チケットぴあ”の会社、“ぴあ”の社長の物語なのですが・・・
創業者が健在な時点ですでに、創業者自身が自企業の歴史を再確認し、企業アイデンティティとして全社に向かって再表現、再浸透を図らなければ前進できなくなるというお話です。

この話、詳しくは・・・
http://www.be.asahi.com/20041127/W11/0020.html
・・・をご参照いただきたいとリンクを貼っていたのですが、サイトのバックナンバー保存期間が過ぎてしまいました。

ということでポイントとなるところを数行引用させていただきますと、

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(苦労の末“チケットぴあ”が大成功を収め、社長としては時代変化を読み、さらに将来を見越して)・・・8年ほど前に、デジタル化への戦略を込めた21世紀の「ぴあ」のビジョン(・・・電子チケット構想・・・)を練ろうと社内で会議を開いたら、「社長がやろうとしていることは実現しないと思う。社員の熱が冷めています」と言われ、ショックでした。社員が増え、業務が煩雑になって、社の針路がわからない、と。そこで企業理念が必要ということになり、土日もつぶして会議を重ねた。その結果、「経済性」と「趣旨性」を車の両輪とする方針が決まったんです。「経済性」とは利益ですが、一方で人はパンのみに生きるにあらず。一人ひとりの生き生きとした暮らしをサポートしていきたい、という考え方を「趣旨性」と名付けました。人に人格があるなら、会社にも「社格」があってよい。その車の両輪を「社格」にしていこう、と決めました。
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社員が増え、業務が煩雑になって、社の針路がわからない・・・いつとはなしに社員はカリスマ社長の理念にかまっている余裕もなくなり、目の前の業務をひたすらスムーズに、リスクミニマムに、合理的に推進することに忙殺されていく。
そんな状況下で、社長が次の戦略を打ち出そうとすると・・・受け止める側からすると突然何を言い出すの・・・と言った感じになるのはやもう得ないのかもしれません。

同じ職場で何十年とともに歩み、同じことを考え、目指していると思っていた人たちが、ちょっと話題を変えるとお互いが異次元の関係になっていたことに気づく・・・

このすれ違いはカリスマ社長と社員といった会社全体の大きな話だけではなく、企業の中の一事業部、一プロジェクトの中にもよく似た現象として、まるでマトリョーシュカ人形のように何重にも重なって存在している気がします。

多忙さが思いを薄れさせ、どんどん何か違うものと置き換わっていく・・・気がつくととんでもなく距離ができてしまっている。・・・思いは変化する状況の中で、常に再解釈し、再表現し、発信し続けなければ通じない。・・・ですが、多忙の極みの中で、事あるたびに“思い、思い”と言い続けることは目先の仕事の邪魔になることも確か。(2005.2.1)
by c_mann3 | 2010-08-12 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆文化と制度:文化による制度の変節

文化と制度・・・本来この二つの間には整合性があるべきものなんですよね。前掲の氷山モデルでも言われているように、文化は水面下の暗黙のルール(暗黙知といってもいいのかも)、制度はそれと整合性を持ち、それを強化、維持するための明文化されたルール(対して形式知か)といった位置づけのはずなのですが・・・

困ったことに制度は明文化された形式知であるがゆえに・・・気軽に移入が可能。整合性や相性とはかかわり無く、とりあえずの導入が可能です。

さらに厄介なのは・・・暗黙知は色々な解釈ができてあいまいであるが、形式知は解釈に揺らぎか無い安定したものと思われていること・・・
実は、暗黙知は人の深層構造という岩盤の上に根ざしているがゆえに意外に頑強。対して形式知はそうした基盤から切り離されているから扱いやすく、見る立場、扱う立場で色々な色彩を帯びかねない。
企業の文化風土を変革する意図で制度や形式を導入しているのに、それを設けた意図とは真反対の方向に作用する道具となるなんてことも起こりえます。

たとえば企業で広く導入されている目標管理。当初の意図は会社の指示に従ってひたすらがんばるだけの社員では時代を乗り切れないし個人の成長も無い。一人一人が自身で考え目標を持ち、計画を立て・・・それを文書化して会社に預け、自主管理の指針としてください・・・といったことではなかったかと思うのですが・・・
それが成果主義の評価制度と連動すると妙にノルマ、ノルマの誓約書の様な色彩を帯び、上司は事ある度にその達成を追及し、ならばとメンバーも突発的なプロジェクトが発生すると目標管理表に無いからと拒否反応、どうしてもというなら管理表を書き直してほしいなどという風景も見られなくも無い。

制度が風土に対して安定した作用効果を持つはずが・・・制度を取り囲む風土が制度の性格を変形させてしまうことがありえる。

こんなことを言うと、大体は、「それは運用の問題だ」といって片付けられる・・・ですが、その運用を暗黙知に頼るとすると・・なんか袋小路に入ってしまうんですよね。文化や風土を変えるのは一筋縄ではいかないってことなんでしょうが・・・(2005.2.21)
by c_mann3 | 2010-08-10 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆文化と制度:折重なるパラダイムシフト

「冬のソナタ」、宮廷女官物語の「チャングム」・・・韓国ドラマがブームとなっています。「冬のソナタ」の韓国語版再放送なんかも昨年日本語版を見ていてネタが知れてしまっているのに・・・ついつい見てしまいます。
見ていると舞台も登場人物も日本以上に現代そのものなのに・・・なぜか遠い昔を覗いているような安らぎを覚えてしまう・・・・・・国民の気質も文化も異なると思っていた韓国のドラマに馴染んでいく何かが、日本の文化にも潜んでいるのでしょうか・・・


ところで企業文化・・・そこでは民族の伝統といった文化だけでなく、社会観、経済観、技術観といった表層部の「英知」の背後に文脈やパラダイムとして潜む層が大きく影響している感じがします。

人がよって立つ大地はその奥深くに何千年、何万年と折り重なって積み上げられた色とりどりの地層で成り立っている。これが掘り起こしてはじめて気がつく、終わってしまった世界ならそれでいいのですが・・・人はその地層のそれぞれの時代に芽生えた遺伝子を幾重にもそのまま体内に蓄積して今に生きている。

その集合体が文化。文化もまたありとあらゆるものが何重にも層を成して成り立っている・・・日ごろは意識もされず、話題にもならないとしても、歴史の中で英知を進化させる中で繰り広げられた数々のパラダイムシフトの履歴もまた、どれひとつとして忘れ去られること無く重なり合って文化の奥底に蓄積されているって感じがします。


よく見かける話ですが・・・日頃たくさんの本を読みいつも最新の経営論や社会論を口にしている人が・・・いざ具体的な肉弾戦の場面になるとびっくりするほど古くてシンプルな行動原理で動く人がいます。
表面から入ってくる知識が、意識の深層に沈殿しそのひとの「英知」のパラダイムを変えていくためにはおそらくとんでもない時間が必要・・・修羅場で反射的に動くとき、その人を突き動かすものは昨日今日勉強した英知ではなく、遠い昔に形成され深層に沈着したオールドパラダイムだということでしょう。

たとえオールドでもパラダイムがあればまだまし。英知をかけたせめぎあいの場面でなぜか「親分子分」とか「村意識」といったものに判断をゆだねてしまうとしたら、それはもうパラダイムを超えて「太古の地層」に身をゆだねているのと同じ・・・ですがそのとき口にしているのが近代的な学術用語で場所も近代的な企業のオフィスだったとしたら・・・話はややこしくなる。


文化とはカルチャー。時々カルチベイトして引っ掻き回し深層に酸素を供給し、今に役立つもの、邪魔なものの整理をし、とっさの判断に際して身をゆだねるに値するものに更新し続けてこそ、共有に値するものとなる。日常の判断の暗黙のベースとなる企業文化なら、なおさらなのかもしれません。(2005.2.21)
by c_mann3 | 2010-08-08 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆文化と制度:整理してみると・・・

文化と制度、いろいろと書き重ねてきましたが、ちょっと整理をしてみたいと思います。


★自然な文化は本来カオス的

その時々に時代潮流が生まれ、それなりに限定された時期、領域で新しい文化として共有されるが、やがて風化し深層構造に沈殿し積層して行く。
ですがそこに属する一人一人は次々生まれる潮流に一斉に衣替えするわけではなく、一つの層のみで生きているものでもない。人により新旧いろいろな組み合わせの層の影響を色濃く帯びながら生きている・・・
文化はこうした一人一人の総和として果てしなく生成、共有と風化を繰り返しながら、そのすべてを飲み込み雄大なカオスを形成しているといったイメージなのかもしれません。

★企業の組織文化は目的を持ったもの

無論、自然な文化も目的を持たないわけではない。自然に生成される潮流は何がしかの社会や環境の変化の中で新たな適応を目的として想起されたもの・・・果てしなく続く文化の生成と消滅は、社会の内外に巻き起こる変化への適応と淘汰の進化プロセスそのものです。

ですが、そうした社会の中にあって意図的な輪郭を持った企業の組織文化は、その企業の存在、存続に適した目的性の強いものでなければ意味がない。
企業の中では身内にしか通じない符丁のように端折ったコミュニケーションで業務が進められていく。それが会話として成立するのは、その背後で文脈として作用する何がしかがあるため・・・
多忙な企業の日常業務では具体的で実務的なことだけが語られ、一々理念や文化が確認されることはない。にもかかわらず、何がしかの方向性が確保されるのは言外で作用する何がしかがあるため・・・
こうした日常のコミュニケーションの背後に横たわる何がしか・・・それが企業文化の一つの役割なのかもしれません。

★統一、収斂の方策

ということで、企業が目的性の強い独自の組織文化を持つためには、文化の統一、収斂が必要ということになるのですが、方策としては意図的な統一と自然発生的な収斂に大別されそうです。
意図的な統一策としてはカリスマ経営者の意向浸透、ミッションマネジメントの展開等があげられ、一種のトップダウン的な文化形成となります。ここで使われる手法は言葉による刷り込みと文化の制度化といったことでしょうか。

他方、自然発生的な収斂としては、コミュニケーションによる収斂が期待されます。個々の企業の状況から出発し、構成員一人一人が想起するイメージを言語化し、コミュニケーションを重ねて収斂させていく。一種のボトムアップによる形成ですが概して足並みが揃わない。組織人はこうしたプロセスが意外に苦手なのかもしれません。

★風化の中で生まれる代用的組織文化

独自の企業文化は形成することも大変ですが、維持にもエネルギーが必要。放置するとあっという間に風化する。ですが風化の結果、真空地帯が生まれるわけではありません。失うのは独自性だけであり、結果はもっと一般的に業界や社会全般に広まっている文化への埋没ということになるようです。

組織分業化の進展により個々の職能に最適な自己目的化が芽生える、効率化を追及する過程で手段の目的化が行われる、業界標準が忍び込む。パラダイムシフトの履歴では古くて擦り切れたものへと回帰していく・・・

これらは結局のところ、話題にして反論の出にくいもの、・・・通説、トピックス、オールドパラダイム・・・いずれもどこかで出来上がって浸透していて、語って安心な移入品への収斂ということになりそうです。

★文化には維持と進化が必要

こうしてみると文化は生成と維持が必要。しかしコミュニケーションの節約といった効率的な運用効果にとどまらず、変化への適応をも視野に入れたものだとすると・・・生成と維持だけでは不十分。不断の進化が必要であり、その際は異端の役割が大きい。
企業の組織文化はモノカルチャーに収斂、統一されれば良しといったものではなく、異端への許容といった進化プロセス全般をカバーしたものであることが必要なのかもしれません。(2005.2.21)
by c_mann3 | 2010-08-06 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆文化と制度:とどめの本、一冊

前回の《整理してみると・・・》では、文化と制度について私なりにまとめてみたのですが・・・最近、一冊の本を発見しました。題して「制度と文化」、副題は“組織を動かす原動力”・・・佐藤郁哉、山田真茂留著。2004/9、日本経済新聞社刊。

この20年ほどの間に提唱された組織の文化や制度に関する種々の理論を再整理し体系的にまとめたもののようですが、読み物としても面白い力作です。

体系的な話はさておいてトピックス的なものをいくつかを紹介すると・・・

・企業経営にとって文化や制度は両刃の剣になりかねない・・・強すぎる企業文化は組織を硬直化させ、制度的枠組みへの埋没は企業の存続を危うくする。

・企業のアイデンティティとか独自文化といっても社会の制度や通念の影響は免れない。

・各企業が一斉に類似の独自?文化を目指すという業界横並びの没個性的な営みも見られ、ISOや国際会計基準の一斉導入といったものがこの傾向に拍車をかけている。

・経営史に大きな足跡をのこした起業家は、独特の企業文化の創始者であり、業界や社会全体の文化の変革者、新しい制度の創設者でもあった。

・文化や制度の維持プロセスは自社ルールや方式のデファクトスタンダード化競争にも見られるように普遍的正統性をめぐるヘゲモニー闘争の一面も持っている。

・・・などとあります。こんなことを考えると、単に製品だけでなく自社の企業カルチャーである「かんばんシステム」をも、まるで車の両輪のごとく世界中に浸透させつつあるトヨタの凄みをあらためて感じてしまいます。

読み進めてみると、ここ何回か我流で書いてきたこととオーバーラップするところもあるようで・・・真打の登場を機会に、一連の「◆文化と制度」のコーナーは一旦抜け出したいと思います。(2005.2.21)
by c_mann3 | 2010-08-04 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      ◆次は「日本人の組織観」等について・・・⇒⇒


by C_MANN3 | 2010-08-01 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)