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◆会社はだれのものか・・・

先週末から突然ニュースのトップに踊り出た村上ファンドのインサイダー取引疑惑の話は、たった数日間で一挙に逮捕まで進展してしまいました。

阪急ホールディングスによる阪神電鉄株の一方的TOBが仕掛けられたこのタイミングで村上さんに突きつけられた検察の刃・・・
小泉さんによって政治が劇場型政治になってしまったなどといわれますが、検察もまた劇場型検察になってしまったのでしょうか。それを受けてあっさりと非を認めて記者会見までしてしまった村上さんもこれまた意表をつく劇場型の反応でした。

村上さんや堀江さんによる、ニッポン放送の話を始めとする一連の矢継ぎ早の買収劇は改めて会社誰のものかという話題を提供してしまいました。

これまでの日本は法的にも教科書的にも一応の建前としては会社は株主のものと言われていながら、実態は経営者主権の色彩が濃かったような気がします。

日本ではもともと株主資本の権威や威力にはあまり重きをおいてこなかった・・・
極限状態では敵対的買収や議決権といった威力を発揮しますが、通常はそうした出番がないように神棚に祭り上げ、すだれの向こうに封じ込めておくものといった感じがあったことは否めません。

そこに現れたのが真正面から切り込んできた村上さんたち・・・

その防衛劇のなかでにわかにマスコミで言われるようになったのがステークホルダー論。
曰く、会社は従業員のもの、ファンや消費者のもの、ニッポン放送にいたっては常連タレントのものといったものまで・・・要するに会社は株主だけが自由にできるものではないということなのでしょうが、真摯な経営がなされる会社ばかりとは限らず、色々な不祥事を重ねる会社も散見されるなかで、唐突に持ち出されるステークホルダー論にはなんかご都合主義の感がなくもない。

こうした中で出版された岩井克人さん著「会社はだれのものか」、平凡社刊・・・

この本で著者は物としての会社と人としての会社、目も口もない法人としての会社に実態としての動きを与える代表取締役といった会社の持つ構図を、八百屋の主人や浄瑠璃の人形使いにたとえて巧みに説明してくれています。

株主主権論で迫る買収ファンドと、会社は物じゃないと防戦する経営陣・・・背景としては時代が物として扱かわれやすかった設備型の産業構造から、人の創意が付加価値を生む産業構造に変化している中で、会社を物として売り買いしようとしたことにも無理があったのかもしれません。

この本を読んでいると・・・ご都合主義の感がしていたステークホルダー論、実は意外に落ち着きどころなのかもしれないと思ったりもします。会社とはこうしたいろいろなステークホルダーのバランスの上にある存在。そして会社は誰のものかといえば・・・この本にも書かれている通り、会社は会社のものとしか言いようがないのかも。

ですがこんなに広範囲なステークホルダーの利害調整を図っていたら激動の時代に対応は難しいことも確か。そしてホルダー間のバランスも緊張感を伴った高次のバランスとは限らない。

だとすると定常状態の均衡点ははステークホルダー論だとしても時々はユングのいうトリックスターのような人が現れてバランスを崩し、会社や社会の進化を加速することも必要なのかもしれない。
早い話が阪神、阪急の話にしても、こんなことが無ければ私鉄の再編はできなかったといわれているのですから・・・
一旦はバランスを崩して、より進化したレベルでのステークホルダー再均衡・・・これで都心の再開発などが加速され社会的な利便性が増えるのであれば、実はトリックスターに感謝ということなのかもしれません。(2006.6.6)
by c_mann3 | 2010-09-20 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆会社は誰のために・・・

文芸春秋から出版された本、「会社は誰のために」が評判を呼んでいます。
新たに経団連会長となったキャノンの御手洗富士夫さんと伊藤忠の丹羽宇一郎さんの対談集・・・というよりは対談をベースにリレーエッセィ風にまとめられた読みやすい本です。

前掲の記事(ひとつ上にスクロール)では「会社は誰のものか」を話題にしましたが、「・・・誰のものか」を「・・・誰のために」に置き換えるだけで全く異なった風景が広がるのが不思議です。

キャノンはエクセレントカンパニー。従業員第一主義で研究開発と変革力を重視。事業のリストラはやっても人のリストラはしない。終身雇用は守るが実力主義は貫徹。

御手洗さんは世界中の創業100年を超える優良企業を研究し、ご自身も目指しているとか・・・GE、P&G、デュポン、こうした企業は何れも長期の研究開発でのみ得られる事業寿命数十年の基幹商品を次々に繰り出し、百年を超えてエクセレントでありつづける企業。それを支える研究開発と人を維持するための原資として利益を重視・・・

いわゆるカタカナ経営論とは一味違った話が次々と繰り広げられていて、これまた前掲の記事で話題にしていた本「日本の優秀企業研究」がそのまま裏付けられている感じです。


ところで、どこかの新聞のコラムで見たような気がするのですが・・・
CANONの語源は何と「観音」。御手洗さんはキャノンUSA社長のころ、社長室に大きな観音菩薩像を飾っていたとか・・・もしかすると毎日その表情を眺めながら戦略を練っておられたのでしょうか。

観音様はあらゆる人を救い、あらゆる願いをかなえることが役割・・・千手観音とか六面観音といったように多面多臂の超人間的な姿をしているのは四方八方に気を配り手を差し伸べるためだとか。

あまねく衆生を救う観音様・・・今回の本をじっくり味わっていると、先端企業キャノンの社風と観音菩薩像のイメージがつながってくるのが不思議です。(2006.11.18)

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◆でも、ちょっと気になることが・・・

(2007.2.20追記)キャノンの社名の由来は千手観音などと書いてしまったこともあり・・・最近、経団連が立て続けに提言しては揺れ動いている労働政策の行方が気になるところです。

そのひとつは「自己管理型労働制(日本版ホワイトカラー・エグゼンプション)」、これはいろいろな条件変更の議論を経たものの結局今回の法案提出は見送りに。
もうひとつは偽装請負問題に端を発する非正規労働者の正社員化。こちらのほうは御手洗さんのお膝元、キャノンの大分工場でも問題になり、一旦は正社員化の推進が言われていたものの、どうやらトーンダウンして新卒採用優先に方針変更との話も・・・・

キャノンが商品技術力においてエクセレントな企業であることには何の疑いもないのですが・・・キャノンも含めて御手洗さんが率いる新しい経団連が労働政策で本当に“四方八方に気を配り、あまねく衆生を救う観音様”となりうるのかどうかについては・・・ちょっと要経過観察といったところなのかもしれません。
by c_mann3 | 2010-09-18 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆会社は誰のために・・・《続》

会社は誰のために・・・その方向性を示す一つとして「社会貢献形企業」ということが言われているようです。営利重視の株主貢献形企業が主力の米国に対して、社会貢献形企業は欧州に多く見られるとか。

ところが究極の社会貢献形企業がヨーロッパではなく、アジアのバングラデシュにある・・・

今年のノーベル平和賞がなんとバングラデシュのグラミン銀行とその創設者ムハメド・ユヌス氏に決定。ユヌス氏は1976年にグラミン銀行を創設。女性など社会的弱者に無担保で資金融資をしながら起業の支援を実施し、バングラデシュの貧困撲滅に貢献したことが受賞理由とのことです。


この銀行は儲けた利益を社会に還元するタイプの社会貢献形企業とは異質。社会救済そのものを事業にしてしまう。
実は無担保融資とはいっても5人の連帯保証で金利は20%。今日本で問題になっている利息制限法の上限と同じ。それでも業者に機械や原材料を高値で押し付けられ悪循環から抜けられなかった人達が、この融資で一人、また一人と起業していく。融資対象は500万人にのぼり、その回収率は95%を超えるとか・・・
これだけ社会救済をしながらもグラミン銀行は超近代的な本社ビルを構え、続いて狙う事業は携帯電話の貸し出し。ITの普及促進で貧困層の情報格差を一挙に解消するのだと・・・

社会貧困に立ち向かうのは革命家か政治家の仕事と相場が決まっていたはずなのですが・・・民間の企業がそれを成功させる。日本でもかつてはそうした時代がありました。

農村の田植えや稲刈りの重労働から人々を解放したのは農村改革の活動家ではなく農業機械メーカ。毎日の山のような洗濯の重労働から女性を開放したのはウーマンリブではなく家電メーカ。水道理論とかいって家電製品を湯水のごとく普及させた松下、流通革命であまねく全国の家庭に廉価な生活必需品提供したダイエー・・・どれも補助金事業でもなければ国営企業でもない。

最近は企業の目的は営利にあるとか、株主への貢献とかいった議論ばかりが目立ちますが・・・それ以前のもっと大事な何かが置き去りにされつつある・・・今回のノーベル平和賞はそうした日本への警鐘と思えなくも無いですよね。(2006.11.18)

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(2007.4.16追記)今日の日経新聞夕刊にムハメド・ユヌス氏のインタビュー記事が出ていました。そこに出てきた数字が上述のものとは微妙に異なりますので、念のため追記しておきます。

⇒グラミン銀行は今年2月までの累計で、700万人に総額7000億円を融資。実質金利は10%で返済率は97%、借り手の97%が女性・・・とのことです。
by c_mann3 | 2010-09-16 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆会社は誰のために・・・《続・続》

会社は誰のために・・・それを考えさせてくれる、もうひとつの風景。

国益をむき出しにする資源大国、金にまかせて食料も資源もがぶ飲みする新興国家・・・そうした利害得失が渦巻く中でマグロを買いあさる商社、LNGをかき集める電力会社やガス会社・・・第一線で活躍される方々の活動は営利事業には違いないが、商談に失敗することが日本国の需給に影響する。一人一人の活動が日本存続とつながっている奇妙な風景。

とりたてて国家的な外交支援もなく助成金も出ないなかで限度いっぱいの努力を積み重ね、資源を確保し相場を抑え流通を継続させる・・・こうした人たちが意識せざるを得ないのは企業の営利だとしてもそれは条件であって、行為そのものは意識を超えた社会的な目的とつながっている。

ちょっと乱暴な言い方ですが・・・こんな風景を見ているともはや会社は誰のものであってもいい、そして仕事は誰のためでもない・・・一つ一つの企業や職能が存続し、奮戦し続けることが世のため人のためといった状況になりつつあるのかもしれませんね。(2006.11.18)
by c_mann3 | 2010-09-14 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

◆そもそも株式会社とは・・・

さる大手家電メーカーがいよいよ経営に行き詰まり創業者一族はついに退陣。支援に入っているはずの銀行や外資系ファンドの間で議論されている再建策は・・・もちろん事業の整理統合、撤退、売却と言うことなのでしょうが、撤退、売却は採算の悪い不慣れな事業かと思いきや、競争力があり採算性のよい本業が手っ取り早い売却のターゲットになっているとの報道も・・・

おそらくそんな結末にはならないとは思うのですが、もしそうなれば・・・そうして再建され、残された会社とはいったい何なのかと思いたくなります。


こんなニュースが飛び交う中で一冊の本が出ています。

題して「そもそも株式会社とは」岩田規久男著、ちくま新書646。先月出たばかりの本です。
実は買ったばかりで読むのはこれからなのですが・・・会社は株主のもの、経営陣のもの、従業員のもの・・・いろんな議論が沸騰する中で“どの論も誤解や感情論が多すぎる”というのがこの本の主題のようです。

企業を支配するのは「交換の法則」、「誘因の法則」、「希少性の法則」といった経済原則。この法則が作用する限り、株主主権といっても株主が好きにできる範囲は限られる。それは経営主権論にも、従業員主権論にも当てはまる。いろんな主権を理論として主張するのは勝手だけれども、現実にその主権を一方的に確保しようとするとその原資自体が消滅してしまうといったことのようです。

手っ取り早い話として主権を利益配分の優先権と考えると・・・開発投資や従業員給与を犠牲にして株主配当を求めると早晩市場や従業員に見放され配分の原資そのものが確保できなくなる。開発投資や株主配当を犠牲にして従業員を優遇しても、経営陣がなりふりかまわず我を通しても・・・いずれ同じ結末を迎える。

この本では、1980年代のM&A全盛期のアメリカの状況も紹介されています。

実はアメリカでも資本の巨大化とともに株主が分散し、1980年代の当初には株主主権がほとんど働かなくなっていた。で、経営者は潤沢な余剰金で勝手気ままに多角化路線をつき走り、きわめて資本効率の悪い企業体が続出。そこに目をつけたのが乗っ取り屋買収ファンド。

こうして始まったいくつかの敵対的買収劇を目の当たりにし、バブリィな多角化路線を突っ走っていた各企業の経営者は一挙に防衛的で友好的なM&Aを使った事業の再編成に着手、80年代の10年間で産業の再編成と効率化が一挙に進んだのだと・・・

なんか、この4~5年の日本に類似の話ですが・・・
結局会社というものはブラックボックス経営で経済合理的なものとの乖離があるレベルを超えるとのっとり屋の餌食になる。対応としては全てを公開しいろいろなステークホルダーの意見が反映され、資源が余すことなく活用され、含み益も隠し損も無い状態を維持することが一番安全な道ということのようです。(2007.4.10)
by c_mann3 | 2010-09-12 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      ◆次は「企業の文化と制度」について・・・⇒⇒


by C_MANN3 | 2010-09-01 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)