「ほっ」と。キャンペーン

<   2012年 10月 ( 9 )   > この月の画像一覧

◆なるほど。進化心理学って・・・

新聞でちらりと見た“進化認知科学”という聞きなれない言葉が気になっていたこともあり・・・ふらりと入った本屋で“進化論”の本を買ってしまったのですが、これが面白くて、あっという間に読んでしまいました。

題して「進化論という考えかた」佐倉統(さくらおさむ)著、講談社現代新書、2002刊。

ダーウィンとウォレスが自然選択理論を発表したのが1858年。翌年ダーウィンが「種の起源」を出して以来、いろんな人によりとんでもない発展を遂げた150年間をドラマチックに解説してくれています。
進化論のエキスは“変異の生成(突然変異)、適応度による淘汰、変異の遺伝(自己複製)”の三点。この生命情報の伝達単位「遺伝子」を文化情報の伝達単位「ミーム、meme」に置き換えることで話は一挙に社会科学全般に拡がる。

生物学的な遺伝は遺伝子を介して子孫に対してのみ伝達していくのですが、ミームは寄生遺伝といった形で、同世代の社会間でも伝達され、集団選択過程といったプロセスを経て対象を進化させていくとか・・・
集団を対象とした進化では極端に大きな突然変異に頼らずとも、むしろより少ない遺伝率で適応度を上げていく“適応度地形”概念が成り立つとか・・・
面白い話が満載で、なんとなくではありますが進化心理学とかのイメージがつかめそうな感じがしてきました。

仕事が技術系ということもありホランドの「遺伝的アルゴリズム」については話を聞いていても、単に最適解を求める一風変わった数理的手法といった程度の認識しかなかったのですが・・・背景にこんなに広大な世界が広がっていたとは驚きでした。

もっとも著者は単に進化論についてだけでなく・・・
こうした生命科学をはじめとする科学が旧来の人間が信じてきた倫理や価値の観念を侵食し空ろになっている。この空白をうずめるためには科学に物語が必要。

価値の問題と事実の問題は区別することが科学的な態度とされてきたが、空っぽになった価値規範や社会理念を自然科学の成果で再構築するためには、科学を単に実証的な事実として学者うちで語るだけではなく、物語として語り、伝達し、社会全体が共有していくことが必須と力説されていて・・・
なるほど、それが今一番重要な「ミーム」の具体例であり、人類が社会として進化していくためには必要なのかも、と思った次第です。(2005.2.12)
by c_mann3 | 2012-10-20 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

◆《続》進化心理学・・・

進化心理学の本・・・生物種としての人間が数万年単位で生き延びていくといった意味での進化と、数千年単位の心や文化の進化でニュアンスは違うようですが・・・読んでいると示唆に富んだ話がいっぱいです。

ということで、いくつか受け売りも含めた進化論的な雑感を・・・

●進化というのは“単に適応淘汰して生き延びる”といった側面と、“進歩とか発展”につながるものがあるわけですが、何れにせよ進化するためにはその種がいろんなバリエーション(変異したもの)を排除せずに持っていることが必要なようです。
一糸乱れぬモノカルチャーとか、一神教的な種は体制維持に効率的ではあっても劇的な変化には弱く、創造性を発揮して百花繚乱の文化を生むなんてことも困難といった感じです。

●あまりに劇的な変化は“進歩、発展”といった進化にはつながらず、何か大事なものを消滅させただ生き延びるだけといった結果を生むようです。早い話が昨今言われているエイズがもっと強烈に人類全体を襲ったとすると、生き残るのは偶然エイズの抗体を持っているらしいアフリカの一部の人たちだけが人類の代表として生き残る・・・その規模では人類が数千年かけて築いてきた文化や文明の継承は一旦リセットということになりますよね。
似たような話として昨今の極端な日本の経済危機。これに無理やり適応するために企業や社会は何か大事なものを切り捨てようとしている・・・これは社会が生き延びるという意味では進化ではあるが進歩、発展とは違った方向なのかも。

●でも救いはある。進化の仕方も進化する・・・という話があり、これは“人のように知恵を持った種は自分があまり進化しなくてもいいように環境を変えていく”ということのようです。たしかに人類は多少の熱波、寒波には適応力を身につける生理的な進化ではなく、エアコン、服装といった文明の力で環境を変えることで生き延びていきますよね。
願わくば、突然変異や異常な訓練(無理やりの適応)で生まれる鉄人とか超人だけでなく、普通の人が生き延びていけるよう、核戦争、南極が解けて大地が水没、世界大恐慌といった激変だけは避けられるような叡智が働いてほしいものです。 (2005.2.12)
by c_mann3 | 2012-10-18 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

◆進化経済学のすすめ

「進化論という考えかた」とかいう本に続いて、「進化経済学のすすめ」、江藤進著、講談社現代新書、2002年刊という本を発見しました。

前回の本は“人の心の進化論”ということで、進化心理学といった内容だったのですが・・・今回は経済学。タイトルは経済学ですが副題が“知識から経済現象を読む”とあるように、産業組織の中で制度や知識がどう進化していくかといったことが書かれており、“進化組織心理学”として受け止めても参考になる興味深い本でした。

何でも、従来の経済学は社会事象の全てを金と物に還元していたためマクロには強いがインテリジェントな人の動きが絡むミクロ事象は苦手であったとか。対して進化経済学では金、物に加えて進化する情報(人)を取り扱うことで、強く人の関わるミクロな経済、経営の動きが取り扱えるようになったとのこと。

知識は一見、個人に属しているように見える。しかし組織の中の知識は実は他の知識との関係性の上で価値をもつもの・・・外界の刺激を受けて知識そのものと、知識間の関係性を絶えず進化させることが肝要というわけです。

例えば・・・
◆真似ができないシリコンバレー・・・倒産の進化論
産業活性化の起爆剤にとシリコンバレーを真似て日本でも盛んにハイテクリサーチパークを作るがうまくいかない理由は風土にある。シリコンバレーのベンチャーの生存率はわずか5%。何度となく倒産しその経験をもとに進化した人たちが、それをよしとする投資家たちと有機的な関係性を持ち挑戦を繰り返す風土がミソ。一度倒産すると退場するしかない風土の中で形だけを真似たパークを作っても成功はしないのだと。

◆ソニーと松下・・・進化の事前能力と事後能力
新しいことを先駆けて創造することに長ける事前能力が強みのソニー、対してきっかけは何であれ一旦掴んでしまったものを磨き上げ、定着させる事後能力に長ける松下やトヨタ。両社の違いの背景には歴史的に蓄積された経験(進化のプロセス)と知識間の関係性(結果として保有する遺伝子)の違いがある。

・・・等々、知識の進化プロセスと経済活動の関係に関する話が満載の本でした。

それにしてもこんな風に“進化**学”とかいっていろんなジャンルで本が出ているってことは・・・“現代進化理論”というのは、“行動科学”や“認知科学”に匹敵する汎用性の高いベース理論になっていくということなんでしょうか・・・?(2005.10.10)
by c_mann3 | 2012-10-16 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

◆行動経済学・・・

ふらりと入った書店で目にとまった本、「行動経済学」。友野典男(明治大)著、光文社新書254、副題は“経済は「感情」で動いている”です。

1950年代以降の社会系科学は《行動科学》⇒《認知科学》⇒《進化論や脳科学の影響を受けたもの》へと大きく変遷などといったイメージを持っていることもありタイトルを見た瞬間、何で今頃になって《行動》を冠した経済学?と思ったのですが・・・パラパラと目を通してみると面白そうなので買ってみることに・・・

従来の経済学は「合理的経済人仮説」を前提にし、人は効用最大化を目指して数式の上を一歩も踏み外さず歩むものとして構築されてきた。「勘定」は重視しても「感情」は持たない、「市場」は重視しても「私情」や「詩情」とは無縁・・・そんな前提から出発した経済学ではマクロは説明できても個人や企業の意思決定の役には立たない!

・・・ということで誕生したのが「行動経済学」。経済学の本流からは冷ややかな視線を浴びながらも心理学、認知科学、進化論、脳生理学の分野と交流を重ねて磨き上げること30年。ついに創世期のメンバーがノーベル経済学賞に輝く(2002年、カーネマン教授)ところまできたのだと。

完全合理性よりは限定合理性、精緻な数学解よりはヒューリスティクス、そして人の判断には数々の認知バイアスが掛かっているいることを前提にした「行動経済学」。この本はその歴史とエッセンスがまとめられた読みやすい解説書、お勧めの一冊です。特に最後の第9章では最新の進化論や脳科学が新しい経済学の強力な援軍や裏付けになっている様子がくっきりと描かれています。

◆そんな中で、身につまされるトピックスをひとつ・・・

この本の副題の“経済は「感情」で動いている”は、感情的に動くという意味ではない。事故で脳を損傷した人達を調べていくと・・・前頭葉の一部を損傷しただけで知性も人格も全く損なわれていなくて“感情”だけを失った人は、状況を判断し色々な選択肢の合理的な利害得失の計算が完璧にできるにもかかわらず、最後の意思決定ができないことが解ってきたとか・・・
要するに意思決定には合理的な計算だけではなく生き生きとした感情が必要だということであり、
“解っているのに決心や行動ができなくなってきた”時は・・・感情の枯渇を疑ってみることも必要なのかもしれません。(2006.9.30)
by c_mann3 | 2012-10-14 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

◆認知科学+進化、脳科学・・・

前掲(ひとつ上にスクロール)の本、友野典男さんの「行動経済学」では最後の第9章で行動経済学最前線と銘打って、脳科学や進化論との関わりがすごく分かりやすく解説されています。

この本に限らず進化心理学とか進化経済学といったように進化論を踏まえた本が目につきますが、こうした諸科学の入門書をあちらこちら拾い読みしていると不思議な感じがしてきます。

認知科学的な説明で終わってもよさそうなのに、なんでこんなところに脳科学が出てくるのか、しかもそれで事足りずに進化論まで出てくるのはなぜなのか・・・不思議ですよね。

「行動経済学」を読みながらなんとなく思い始めたことなのですが・・・

認知科学ではボックスモデルとかいっていろいろなモジュールを想定することで認知プロセスを構造化し、巧妙に仕組まれた実験やコンピュータシミュレーションでモジュールの存在を確かめていきますよね。ですが所詮心の中の出来事であり、心にメスを入れても物としてのモジュール自体を切り出すことはできない。ですから存在の証明と言ってもなんとなく状況証拠って感じは否めない。

そんな時、脳科学のfMRIやPETを使って脳の活性部位を特定することができると一個一個のモジュールがここにあるって感じでリアリティが増すことは確か・・・逆に脳の活性部位と対応しないモジュールはただの仮説、空想の産物ってことになるのかもしれませんね。


では、さらに進化論が出てくるのはなぜか・・・

それは脳科学を使って存在にリアリティが出てきた認知構造体だとしても、何かが足りない!
これはどうやら犯罪捜査で物的証拠がそろっているのに「だが動機がわからない、なんかおかしい、不自然だ」などといって動機、目的を探し出して初めて納得することと似ているんじゃないか・・・

科学に目的や動機が必要というのも変な話なのですが・・・進化論は脳科学で裏付けられた構造体の存在目的、存在の動機を説明するのにぴったりなのかもしれません。
でもなにも進化論などというものを持ち出さなくても、状況適応を目的にした状況適応論としてしまってもいいような気もするのですが、進化論自体が一種の適応理論なんだからどちらでも同じことで・・・聞こえのいい、おしゃれなものを採用ってことなのでしょうか。

とは言うものの・・・状況適応論は自身を変化させて今の状況に適応する、コントローラブルな最適化理論の一種といった感じもします。対して進化論は自身を変えるのではなく変異と淘汰で残ったもの、しかも適応の対象が果てしなく遠い昔。

話としては面白いのですが、“それは石器時代の進化適応のなごり”・・・などと言われてしまうと論拠を手の届かない遠~い彼方に持っていかれてしまった感じで、ただただ「なるほど!」と感心するしかしようがないって感じがすることも確かなんですよね。(2006.10.16)
by c_mann3 | 2012-10-12 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

◆心理学もいろいろ・・・

友野典男さんの「行動経済学」という本、タイトルがそうであるように経済学のように見えるのですが・・・実は心理学に近い。
経済活動に絞って、人の行動を支配する心理を認知科学的に解明し体系化したものなのですが・・・読めば読むほど不思議な感覚に襲われてしまいます。

種としての“人”の心を扱う学問である心理学もどうやらいろいろ・・・例えばユングなどは心の中でも“さまよえる魂のゆらぎ”といったテーマが取り扱われ時間軸としても人のライフステージのほぼ全域を対象にしていますが、行動経済学が扱う心はもっと瞬間的で表層的なもの(と言ってもその基は種としての人の心の深層に根ざしたものなのですが・・・)。

で、ユングなどでは人の心の在りようというものにはいろいろな状態がありえてそれがエナンティオドロミアとか補償とかいって揺れ動く。それが自然な状態であり、すべての状態は相対化されそのうちのどれかの状態が基軸とか規範といったことではないですよね。

ところが行動経済学はまるで心理学のようだとは言いながらも一方において紛れもなく経済学。行動経済学では人の経済行動における心理的なブレやバイアスの形で人の心の特質が解明されていくのですが・・・
数理的な確率論からみるとこう判断すべきなのだが人はそれとは異なる特徴的な判断をしてしまうといったように、そのブレを測る際に常に経済合理的なものが基準線として持ち出される。

無論、常に数理的で経済合理的な判断をする人などいないと言うのが行動経済学の立場なのですが・・・合理的経済人という仮想的な基準を基に生身の人の持つブレ様が次々と解明され並べたてられていくと・・・規範的なものがなくて全ては揺れ動くなどと言う心理学よりも、人の心が持つ特質がより鮮明に浮かび上がってくる感じがします。

行動経済学で浮かび上がってくる姿は、人によって多少のばらつきはあったとしても種としての人が持つ傾向、特質には確固たるものがある感じがします。少なくともいろいろあって大きく揺れ動くといったイメージではない。

おそらく・・・広大な心の領域をカバーしようとすると、両極の二つの心理学は今後も双方が必要なのでしょうが・・・行動経済学のこの本は、あらためて心理学はいろいろ・・・と思わせてくれる一冊でした。(2006.10.16)
by c_mann3 | 2012-10-10 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

◆創始者の名を冠した心理学・・・

このブログは三部構成になっていてそのひとつを「ユングの裾野の風景」に割り当てている程にユングへの思いは強いのですが・・・
行動経済学のように認知科学をベースにした心理学にも興味を持ち、読み比べるうちに妙に気になり始めたとりとめの無い感想をひとつ。

認知心理学はまだ数十年の歴史しかないのでしょうが、おそらく今日も世界中で好奇心と野心に満ちた、おびただしい数の若い人たちが思索と認知実験を繰り返している・・・今、認知心理学と題して書かれている書籍やノーベル賞に輝いたカーネマンは現在進行形の知的エネルギーのほんの氷山の一角。

こうした本に出てくるトピックスを読んでいると・・・今日も明日も世界のあちらこちらから、今は無名かもしれない挑戦的な研究者によってさらに新しい知見が付け加えられ続けるに違いないといった熱気と将来性を感じてしまいます。

対して“創始者の名を冠した心理学”・・・たとえばユング心理学といったものは、いかにユングが偉大でそれが広大な概念群の世界であったとしても、名を冠したことによって枠組みが固まってしまった世界といった感じがしないでもない。

ユングの概念を援用、転用して新しい世界を切り開いていくことは可能だし実際に行われてはいても・・・どうしても“いや、ユングはそんな風には言っていない”とか“それはユング風ではあってもユングではない”といった解釈論の世界に引き戻されてしまう。
少なくとも新進気鋭の無名の研究者が新しい知見を引っさげて彗星のごとくデビューできる世界ではない。
それがいかに広大で奥深い世界であったとしても、結局は重鎮による解釈権を頂点とした家元制度のような雰囲気が漂ってしまう・・・なんてことを言ってしまうとまずいのでしょうか。


無論、ユングと認知心理学では持ち場も持ち味も違う。揺れ動く魂と折り合いをつけながらいかに生きるべきかなどとという領域に認知心理学がそうそう答えや思考の枠組みを提供できるとは思えない。
強いて言えば、ユングは繰り返し繰り返し反芻することでいろいろに変わる味を味わいながらじっくり吸収していく壮年期以降の糧。対して認知心理学は次々新しいものを摂取することで人としての骨格を形成し、好奇心旺盛で日々奔放に成長していく青年期の糧といったニュアンスなのかもしれません。

ちょっと変な雑感でユングファンの人たちからはお叱りを受けそうな話ではありますが、私自身もユングファンでありながらもフッと思う雑感ということで・・・ご容赦を。(2006.10.16)
by c_mann3 | 2012-10-08 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

◆経済学もいろいろ・・・「経済物理学」

いくつか上(にスクロール)の記事で“心理学もいろいろ・・・”などといった話を書いていたのですが、経済学も負けず劣らずいろいろのようです。

進化経済学、行動経済学・・・そしてさらに先週の日経新聞(11/4~6)では「経済物理学」などといった聞きなれない学問の紹介記事が連載されていました。それが面白かったので思わず本屋に飛び込んで買ってしまったのですが・・・

題して「経済物理学の発見」。高安秀樹(ソニーコンピュータサイエンス研究所)著、光文社新書167、これがまた新鮮でした。

-----------

“物の値段は需要と供給の交点で均衡する”と言うのは幻想。均衡点などと言うから静かな安定点といったイメージを持ってしまうが、このポイントは実は需要過剰と供給過剰が入り混じって激しく揺れ動く臨界点。
たとえて言うと水から気体に相転移する臨界点(沸点)は温度としては多少温めても冷ましても100℃を維持する安定点のようでいて、実は大小の気泡が生起消滅し、音を立てやかんを揺さぶるカオスの状態であり、時には飛び散る飛沫で大火傷をこうむることさえあるんですよね。

ネット上で数秒から数十秒に一回の取引が無制限に繰り返される為替や商品相場のディーリングルームではこのカオスの性質が強く出るとのこと。

経済物理学では数秒に一回発生する為替取引の生データを何百万個も集めて数値解析し、物理学のモデルを当てはめたシミュレーションなどとつき合わせてその瞬間に起こっていることの特徴を抽出していく。
そこには“波に乗っかる順張り”や“凪いでいる時の模様眺め”といった人間に共通の癖があり、それが原因でいつも小さな暴騰、急落を繰り返している。しかもその発生分布が正規分布ではなく、ベキ乗分布であるため、しばしばとんでもない暴騰や急落が発生するがそれを止める力はどこからも働かないのだと・・・

為替相場はともかく、仕事がら昨年以来の重油相場の乱高下に一喜一憂している私などは思わず納得してしまう、おもしろい本でした。(2009.11.10)
by c_mann3 | 2012-10-06 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)

   ・・・次は・・・

      ◆次は「進化論」自体についていろいろと・・・⇒⇒


by C_MANN3 | 2012-10-01 00:00 | クオリアとか進化論など | Comments(0)