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◆映画:海賊とよばれた男・・・

【2017.1.2記】 映画「海賊とよばれた男」、正月に帰省してくる孫たちの予定の合間をぬって観に出かけたのですが、期待にたがわず感動的な一遍でした。

戦後の激動期、世界中の石油がメジャーに席巻されるのが当たり前であった時代にあって、ただ一社民族系の道を貫いた出光興産の物語。メジャーの圧力で全ての仕入れ先を絶たれて倒産寸前の中、起死回生の一発として英国メジャーに反旗を翻したイランから調達しようとして自前のタンカーを差し向ける。だが航路では英国海軍の封鎖網が立ちはだかっている・・・

正に全編緊迫感に包まれる感動の連続なのですが、その企業の経営姿勢は経済的合理性とも、保身とも、業界のなれ合い協調路線ともかけ離れて“情熱と情念に突き動かされて信念にのみ従う”世界。
そういえば戦後の復興期には出光によらず、色々な業界でこうした企業理念に突き動かされるかのように邁進する企業があったはず、そしてだからこそ今の日本が築かれたはずなのですが・・・グローバルスタンダードが席巻し合理性が勝ちすぎているかの現代、目の前のスクリーンからほとばしり出ている情念や信念の世界は一体どこに消えてしまったのか・・・などと、正月早々いろんなことを思わせてくれる暫しのひと時でした。それにしても岡田准一はよく似合う。

ところで今まさにこの会社では合併話で経営陣と創業家の間で確執とのニュースが流れています。願わくばどのような形であれ、この創業の人たちのDNAだけは残っていくことを願うばかりです。

なおこの映画の公式サイトはこちらに・・・http://kaizoku-movie.jp/

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by C_MANN3 | 2015-08-22 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆映画「杉原千畝」そして「海難1890」・・・

【2016.1.14】 EUではますます厳しさを増すシリアからの難民が後も絶たず、あちらこちらに飛び火するテロはついにトルコのイスタンブールの観光地にまで・・・

そんな中で映画「杉原千畝」に続いて「海難1890」を観ました。いずれも物語自体が感動的であることは無論なのですが、どうしても日々のニュースが重なって見え、感動的なだけでは済まない息苦しさを覚えてしまいます。

「海難1890」では映画が終わった後に突然トルコのエルドアン大統領からのメッセージがセットされていてびっくりしましたが、映画の途中でも救難が一息ついたところでイスラム、仏教、神道(とおぼしき)の人々によりそれぞれの衣装や流儀で一体となって亡くなった方達への弔いの祈りがささげられるシーンがあり妙に印象的でした。

やはりこうした歴史は折に触れて映画やドキュメンタリーとして語り継がれ、多くの(国の)人々に再確認され共有され続けることが大事なような気がします。
さらにはこのドラマが何十年の昔の話としてだけではなく、スクリーンの中の勇気と真心ある人達による偉業が、願わくば今のこの騒乱の中にあってもあちらこちらの無名の人たちにより再現されていて、幾ばくかの人たちの救いになっていることを願わずにはいられません。 以下は2つの映画の公式サイトです。
    「杉原千畝」・・・・http://www.sugihara-chiune.jp/
    「海難1890」・・・http://www.kainan1890.jp/

 
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by C_MANN3 | 2015-08-20 12:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆映画「サロゲート」・・・

[H22.2.22載]今日は222・・・と続く不思議な日付の日。お守りがわり?に今日の日付のJRの入場券でもと思ったのですが・・・あっという間に売り切れとなったらしく手に入らずじまい。

ところで映画「サロゲート」が上映されています。遠隔でイメージ通りに動かせる身代りロボットが街を闊歩するSF映画なのですが・・・

本人は自宅で遠隔操作の専用ソファに座ったままで街に出て仕事をしたり話をしたりするのは全て身代わりロボット。
しかもその身代わりは本人そっくりじゃなくて、なぜか本人の風貌に関係なく美男美女で若くて溌剌としている。そして世界を牛耳るロボットメーカーのキャッチコピーは「究極の安全」。

ですが、なんと主人公の奥さんは自室に閉じこもったままで、家の中でさえ会話をしてもらえるのは溌剌とした身代わりの奥さん。で、「できれば生身のおまえと話がしたい」などといったせりふも・・・

ありえないSFの世界のはずなのですが、見ているとついユングのペルソナを思い出したりしてそれに重ねて見ていると妙なリアリティがあるんですよね。
本来、身心とペルソナは一体のはずですが、ここでは本心は自宅に引きこもり、よくできたペルソナだけが街中で仕事や会話している。
ペルソナを本心から遠隔分離しておけば何があっても傷つくのはペルソナのみ、自我にとっては「究極の安全」ってことなんでしょうか・・・そんな風に見ているとこの風景はもう既に始まっているんじゃないか、私たちが街や職場でさらしているものは頑強な盾、ある種の様式を整えたペルソナそのもではと思ったりもします。


ところで遠隔でロボットをイメージ通りに動かせる・・・これは技術的にはもはやSFじゃなくなりつつあるんですよね。ATR研究所の川人さんの所ではこれに近い研究が進んでいるといった話もあるし・・・
http://www.honda.co.jp/news/2009/c090331.html?from=whatsnew

それにしてもSFの世界と今の現実の境界線があいまいというのは不気味な感じもしますよね。もちろん日本のロボット研究がそんな不気味な未来を目指しているとは思えませんが、進化の方向性を規制する何らかの文化的な枠組みのようなものは必要なのかもしれませんね。
なお、サイボーグや川人さんについてはこのブログでも▼別掲記事が・・・
by c_mann3 | 2015-08-16 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆「天地人」・・・母と子、そしてユング?

[2009.1.30載]日本中を釘付けにしたNHKの大河ドラマ「篤姫」が終わり、「天地人」がスタートしましたね。
いつものように話は幼い子供の時代から始まるのですが、そこで繰り広げられる幼い与六(後の直江兼続)と母の会話には何度となく感動させられました。

▼まずは第一話・・・

たった5歳の与六が見込まれて、同じく幼い城主の養子、喜平次(後の上杉景勝)の将来の支えになればと小姓に召される話が持ち上がるのですが、それを幼い子に納得させようとする母と与六の会話がすごい。

「そんなところに行くのは嫌じゃ、父や母とずっとここで暮らしたい」と泣きじゃくる与六に向かって母は・・・
「おまえはもう母の子ではない」、「これからはこの越後の子となるのです」と・・・

これって個や我を大切にする現代にあっては聞かれなくなった会話、発想ですよね。
でも昔はこれに近いフレーズをいろんな偉人を引き合いに出しながら小さな子供のうちから親や先生に吹き込まれていたような気もします。

本来、人は「個」や「我」を持ちそれを主張する存在であると同時に、天の子であり大地の子でもある・・・
なのにこうした言い回しは一歩間違うと全体主義のにおいがし始めることもあり、一種タブー視されている感がなくもない。

天の子であり大地の子でもある・・・
その源がユング風に言うなら「我」や「意識」の底に広がっているはずの「普遍的無意識」であり、人はそこを通して天や大地と一体となり、だからこそそこに集う人々とつながることができるんですよね。


▼さらに第二話では・・・

そしてとうとうたった5歳の与六は小姓に召されて、これまた幼い喜平次とともに寺で修業の身となるのですが・・・
寂しさが募り「こんなところに来とうはなかった」と与六は寺をぬけ出し降り積もる雪の中を実家にたどり着く。ですが、母は泣きながら雨戸を閉ざして「帰るのです」と・・・

感動的な場面で見ていて胸が熱くなりますが、そういえば昔はこんな場面もいろんなところであったような気が・・・
でも時代は変わり現代は、いったん巣立ったはずの人たちがあまりにも安易に巣に戻り、母もまたそれを包み込んでしまっているのかもしれませんね。

泣きじゃくりながらも引き返す与六の姿を見ていてふと、ユングのウロボロスを思ってしまいました。ウロボロス、そして大母・・・ユングの世界ではこれらは全てを生み出し育む母体であると同時に、さまよえる人を誘い込み飲み込んでしまう闇の中の淵でもある。

もしかしたら今の日本はウロボロスが人を誘い込む吸引力が強くなっているんじゃないか・・・
いったん巣立っては見たもののやがて離婚、退職、挫折、鬱・・・事情はさまざまだとしても、行き詰るといとも簡単に母なる世界に回帰しているような気がしないでもない。
でもいったんウロボロスの世界に回帰すると再び飛び立ち羽ばたくことは難しいですよね。だからこそ昔の母性はあえて雨戸を閉ざしていたのではなかったかなどと・・・

幼くけなげな与六を見ていてウロボロスとか普遍的無意識などを連想するのも妙な話なのですが・・・こんなにかわいく、けなげな名子役の出番がたった2回で終わってしまうのはいかにも残念といった感じのする、あっという間の幼少時代でした。後は回想シーンを楽しみにするしかしようがないのかも・・・

ところで、ユングの▼普遍的無意識▼ウロボロスについては他にもいくつか記事が・・・
by c_mann3 | 2015-08-14 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ドラマ「ハケンの品格」・・・終わる。

 
【2007.4.10載】 少し前の話になってしまいましたが・・・テレビドラマ「ハケンの品格」が好評でしたよね。荒唐無稽なようでいて・・・妙にリアルなドラマでした。

変な気遣いや成果主義などに翻弄されて疲れ果て、モチベーションどころではなくなっている「社員族」。対してスキルもモチベーションも高いハケン・・・
なんとなく身近な風景と重ねてしまったりして・・・結局最後まで見てしまいました。


“成果主義 VS プロセス主義”、“派遣社員の正社員化 VS 好業績下の追加リストラ”・・・
今の世相は相矛盾する価値観や動きが同時に起こり・・・それがぶつからずに、すれ違ったまま渦を巻いている。
ぶつかればある程度相殺して減速しそうですが、高速を維持したまますれ違っている。当然境界面では激しい渦が巻き・・・大勢の人がそこに飲み込まれていく。とってつけたように言われるセイフティーネットも目が粗らすぎて役に立ちそうに無い。

“このままでは袋小路”という共通認識はできつつあるようですが、そこから抜け出すベクトルが見えない。

「美しい国」、「国家の品格」・・・こうした混沌の中で最近しきりに“美しい”とか“品格”といった奇妙な単語がはやり、“愛国”や“教育”に答えを見出そうという動きもあるようですが、そうした人たちが脳裏に描いている未来像が良く見えてこないことが不気味です。
どの程度のどんな類のバックボーンや未来像から発せられている言葉なのか・・・それが気がかりですよね。
by c_mann3 | 2015-08-06 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆他にもいくつか映画の記事が・・・

  他にもいくつか映画をネタにした記事が、他のカテゴリーに中に埋もれています。


“◆「WATARIDORI」 ” 
全シーン、ただひたすら鳥が飛んでいるだけの映画です。

“◆「Oceans」”
全シーン、ただひたすら魚が泳いでいるだけの映画です。

“◆女帝・エンペラー” 
ハムレット原案の悲劇、ユングのペルソナを思わせます。

“◆アラビアのロレンス” 
この時代の列強の線引きの後遺症が今に続いています。

“◆「ユナイティド93」”
9.11の際にハイジャックされた93便の緊迫のドラマです。

“◆ダ・ビンチコード”
とある女性が実はイエス・キリストの末裔ということで・・・

“◆私の頭の中の消しゴム” 
若年性アルツハイマーをあつかった衝撃的な作品です。

“◆ビューティフル・マインド”
統合失調症に打ち勝ちノーベル賞に輝く学者の話です。

“◆「チェ、28才の革命」、「チェ、39才 別れ」”
チェ・ゲバラを描いた二部作、最後のシーンが印象的です。

by C_MANN3 | 2015-08-04 00:00 | Comments(0)

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by C_MANN3 | 2015-08-01 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)