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◇ イスラム国の野望・・・

◆イスラム国の野望 H28/10読

高橋和夫著、幻冬舎、2015年の刊。著者は中東で何か事が起こると決まってコメンテイターとしてテレビに現れる放送大学の教授。その教授による「イスラム国の野望」と題した講演会を拝聴したことをきっかけに、同じタイトルのこの本にも目を通すことに・・・

この本では残虐極まりない人質の殺戮で恐怖心をあおる一方で、巧妙なネットメディアによるプロパガンダで広範囲な諸国から妄信的な若者を引き寄せ、ついにはシリア、イラクの両国にまたがる領域を支配するに至っているイスラム国(IS)が、実に分かりやすく解説されていきます。

その母体は米軍が引き上げ一挙に不安定化したイラクで排除されたスンニ派で、かつてフセインを支えたバース党の官僚や軍人の面々。従って単なる過激派集団ではなく緻密な官僚機構を持ち、軍隊は最新兵器を扱う連度も高い。あちらこちらの富豪からの寄付、石油資源、身代金、支配地域からの徴税と資金源も豊富なのが特徴。
それを率いるバグダディはカリフの象徴である黒いターバンをまとい、7世紀のムハンマドの世界を理想として、なりふり構わぬ戦闘とイメージ戦略ですべてのイスラム世界の支配を目指して国家を宣言するに至っている・・・

それを殲滅すべく周辺国やEU、ロシア、米国は躍起になってはいるがそれぞれに思惑や事情があり、その真剣さには温度差がある。
例えばアラブの春の流れを自国民に銃を向けることで止めてしまった独裁政権のシリアは、取って代られると世界がほっとして認めそうな国内の穏健勢力を潰すことに忙しく、自国を1/3も支配されているのにイスラム国つぶしには熱心ではない。むしろまず自国の穏健勢力を殲滅することで“アサド政権が崩壊するとシリアはイスラム国になってしまいますよ”と各国を脅迫できる構図を望んでいるかのようでさえあると。

ところがイスラム国をたたく手前に立ちはだかるシリア独裁政権への思惑もまた国により異なり、たぶんもうしばらくはイスラム国は壊滅しそうにない。そんな中で、イスラム国の支配地域と直接対峙するクルド人勢力が奮戦しており、高橋教授はクルド人の動きに注目したいと・・・

クルド人はシリア、イラク、トルコ、イランに分断されて暮らし、国家を持てない民族としては最大の人口を有する人たち。
実は私もこのイスラム国が殲滅した跡地には、奮戦の成果として念願のクルド人国家ができるなんてことは無いものだろうか(それが無理ならたとえ国境を挟んだ自治領連合国であってもと・・・)、もとはと言えばサイクス・ピコ協定で分断された民族なのだから、百年の苦難を強いた今、仏・英・ロは罪滅ぼしとしてクルド人国家の樹立に協力してもいいんじゃないか・・・などと夢想しているのですが・・・

ともあれ、日頃断片的に流れるニュースだけでは良く理解できない中東、そしてイスラム国の実情が多少なりとも理解できたような気がする有難い講演と一冊の本でした。
by C_MANN3 | 2016-02-22 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆叡智の源、地中海世界ふたたび・・・

[2011.2.13掲載] 別掲の記事でも触れているように、 ユング著「錬金術と無意識の心理学」やフォン・フランツの「ユング思想と錬金術」を拾い読みしていると、ユングの共時性や錬金術といった概念が遠く古代の地中海世界にまで遡る叡智の流れであることがうかがえます。

天文学、錬金術、グノーシス・・・古代地中海世界のギリシャやエジプトに端を発したこれらの叡智がイスラム世界を経て中世のヨーロッパに伝わり、そこでルネッサンスとも大きく関わったのち、ユングの世界に流れ込んでいる。


その叡智の源、地中海世界が今、大きく揺らいでいます。

チュニジアに端を発した民衆の蜂起は遂にエジプトの大統領を辞任に追い込みました。
首都カイロのタハリール広場に集まった群衆の雰囲気は大統領の辞任で一変、険悪で一触即発だった群衆が、子供連れが目立つ歓喜の群衆に・・・
なんか、ベルリンの壁崩壊前後を思わせる風景です。そしてその火の手は中近東にも広がろうとしています。ほんとうにドミノ現象は起こるのかも知れない…

そんな中で先日、とあるテレビ番組では姜尚中(カン サンジュン)さんがこの火の手はさらに中央アジアまで広がり広大なイスラム圏全域が生まれ変わる可能性すらあると・・・そしてそうなったとしてもどの民族も叡智に富み、歴史と誇りを持った民族であり単純にイスラム過激派が席巻することにはならないだろうとも。

数千年の時を経て再びよみがえる気配の地中海、中近東、中央アジア。壮大な歴史のうねりを感じさせてくれます。

ですが、壁崩壊後の東欧がそうであったように、歓喜の後には混沌と困難がまっている。人も国家も民族も・・・変容のプロセスは容易ではないですよね。

変わらなければ未来がない、でも思うように進展しないと揺り戻しが起こる。変わりたい自分と変わりたくない自分、変わりたい勢力と変わりたくない勢力がせめぎ合う時代が10年、20年と続くこともある・・・(2011.2.13)
by c_mann3 | 2016-02-20 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇ イランはこれから・・・

【2010.10.15載】 春日孝之さん著「イランはこれからどうなるのか」、新潮新書384・・・

長い歴史の中でアラブやトルコ、近年ではイギリスやロシアといった国々に何度となく蹂躙されながらも自身が古代ペルシャ帝国の末裔であるとの自負が根強いイラン。
イスラム教の中でも最も神秘性の強いシーア派12イマムを国教としていながらも、その奥にはすべての宗教の源流ともいわれるゾロアスター教の血を脈々と受け継いでいることが誇り。
自身をペルシャ語を話すアーリア人(白人)と位置づけ、一時は同じくアーリア人を自負するナチスドイツと手を組んだことさえあるイラン、そしてイラン人。

日ごろの言動からきわめて原理主義的な国民との印象を与えていながら、実は状況に応じて臨機応変に本音と建前を使い分ける現実主義…でも冷静な現実主義のようでいて面子にこだわり、犠牲を顧みず突っ張ることも。

今、核開発疑惑で攻め立てられているがむしろ疑惑をかけられること自体が存在感の表れと、弁明にはあまり熱心ではない。

長い歴史の中に何重にも重なった文化、自負、怨念、強がり・・・

暴言は吐くが繊細で自負心が強いイランの特質を著者は「つっぱり少年」に見立て、本当にぐれてしまわないようにするには周りの理解や付き合い方への配慮も必要だとも・・・

なんか、いく重もの思いが織り重なった国家の深層心理といったことを思わせる味わい深い一冊でした。(2010.10.15)
by C_MANN3 | 2016-02-17 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆「ドバイの憂鬱」・・・

[2009.08.25掲載]砂漠の真中で世界一の高さを目指す高層ビル、ヤシの木が覆い茂るような形で海に向かって伸びる人工島。
テレビドキュメンタリーで繰り返し紹介されていたドバイの建設ラッシュは金融恐慌、石油価格の暴落で一体どうなったのか・・・と気になっていたのですが、格好のレポート本が出ています。

題して「ドバイの憂鬱」、宮田律著のPHP新書611。副題に“湾岸諸国経済の光と影”とあります。

さすがにドバイの“いくらなんでもやりすぎ”といったプロジェクトは延期、中止が出ているようですが、湾岸諸国全体でみると恐慌の影響は意外に軽微。
企業もプロジェクトも潤沢な資金をもてあます王族や首長の息のかかったものが多く、資金注入などはあっという間で信用不安の連鎖とは無縁。

しかもドバイの一部の建設投資以外は結構地道なインフラ投資が多い。
金融センター、大学センター、ショッピングモール、ハブ空港、一つ一つが新たなモジュール都市の建設であり、都市をつなぐ道路、鉄道、そこに集まる人への住宅とプロジェクトはめじろ押し。
しかも石油、ガス、アルミと言った資源の付加価値を上げる川中、川下産業を一挙に構築といったプロジェクトも多く、これらは多少の遅れはあっても粛々と進行し年率10%の経済成長を維持していきそうだとのこと。

公共事業の大半が“仕上がった後は無用”のばら撒きと言われるどこかの国と違って、公共事業がストレートに国家経済発展の必須基盤となる湾岸諸国(中国にも似た雰囲気が)ってすごいですよね。

タイトルには憂鬱とありますが・・・憂鬱はドバイの一部の一過性のもの、湾岸諸国全体はまさに“躁の時代”なのかもしれません。

ところで、国家の躁や鬱についてはこのコーナーの四つほど下にも“躁の時代、中国”と題した記事が・・・
by c_mann3 | 2016-02-16 12:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ムスリムの世界旅行記、二編・・・

【2016.4.20】 ムスリムにとってはメッカ巡礼にもあるように旅すること、そして旅する人をもてなすことに格別の意義を見出していたからなのでしょうか、時として途方もない旅に出て、その克明な記録が今となっては貴重な歴史遺産となっている・・・以下はその内の二つです。

◆ジャポンヤ --イブラヒムの明治日本探訪記-- H28/3読

アブデュルレシト・イブラヒム著、岩波書店、2013年刊。宮田律さんがfacebookで紹介されていたのを見て手にした本なのですが、帝政ロシアのタタール人ムスリム、アブデュルレシト・イブラヒムが明治日本に立ち寄った訪問記です。
ですがその旅程地図を見てびっくり、この本自体は明治日本への訪問記には違いないのですが、その旅程はなんとユーラシア大陸のほぼ2/3をカバーしていて、14世紀のムスリム、イブン・バットゥータの世界大旅行にも匹敵する壮大なもの。
日本滞在中は明治の要人との会談、いろんな学校や大学、団体への訪問とそこでの講演。感動の交流を重ねて一旦は帰国するのですが、やがて再来日し日本で最初のモスクのイマムも務めて日本で没。読んでいくと当時の日本の状況が生き生きと伝わってきます。

実は宮田さんが紹介されていたのは1991年の初版本だったのですが、私か手にしたのはたまたま2013年の増補版だったため、ロシアを出てシベリア経由で日本に至る途中のトルキスタンのタシュケント、サマルカンド、ブハラ、フェルガナといった地域の訪問記が章を設けて追加されていて、こちらも当時の中央アジアのムスリムの人たちの状況が窺えて貴重です。
勢力を拡大してきたロシアに虐げられながら未だ各地のムスリムが連携蜂起する気概も見せない中を歯がゆく思いながらたどり着いたのが日本。それだけに余計に西欧に屈することなく独自の精神性を維持しながら互角に渡り合おうとする日本人を目の当たりにして感動したようで、"イスラムの教えの中にある多くの賞賛すべき道徳が、日本人には自然に具わっている"とまで持ち上げています。もっとも晩年に再度日本を訪れた際には日本でも少なからず西欧かぶれの輩が目につきはじめていて心配といった話も・・・

それにしても中央アジアのムスリムの様子の詳細な記述を追っかけていると、それは今に尾を引くロシアの隣接国との複雑な関係につながる原風景ではないかと思ったりもさせてくれる味わい深い本でした。


◆イブン・バットゥータの世界大旅行  H28/4読

家島彦一著、平凡社新書199、2003年刊。上掲のアブデュルレシト・イブラヒムの旅行記で、それをイブン・バットゥータの大旅行にも匹敵などと書いた以上、これも読まねばと手にしたのですが、やはり壮大な旅行記でした。

時は14世紀。故郷であるジブラルタル海峡近くの街タンジールを出てまずはメッカに詣でるがその後アナトリアを突き抜け、クリミア半島からキブチャク平原、そしてインド、さらにその先のモルジブに渡り、一旦インドに戻って次は海路で中国に渡った後帰還する一周で25年、つづいてさらに5年をかけてサハラを越えてブラックアフリカの世界を一回りと、21歳で旅に出て都合30年に及ぶ一大旅行記です。
その特徴はイスラム圏だけでなく宗教の異なる異域世界をふんだんに含み、まさに広大なユーラシアの端から端までを踏破し、その過程が克明に記録されていることですが、そのルートについてはユニーク。
陸路にあっては安全確保のこともありキャラバン隊、巡礼隊、時には軍隊等に同行するためそれに合わせて目的地を変更したり、海路にあってはモンスーンの風が頼りのため、風の向きが変わるのを待つ間に予定外の周遊を挟んだかと思えば、時にははその季節の風次第で予定とは全く異なる方角を目指すといったこともありながらも、結果としてはユーラシア一周の旅となっているのがすごいところです。

この本の著者家島さんは「現地学」を旨として足跡をくまなくたどり、広範囲の図書館や古文書館に散らばる写本を集めては精査して、全8巻の完訳本をまとめられた方とのことで、この新書はその解説・要約版といった所でしょうか。地図と足跡を辿った写真が豊富でやたら出てくる聞きなれない地名を追っかけるのにはありがたい構成となっています。
ところでこの本では最初の1章として13~14世紀の地中海世界、インド洋世界、モンゴル帝国世界を含むヨーロッパ覇権以前の「前期的世界システム」としての広大なイスラム圏で展開されるディアスボラ(人間拡散)と経済ネットワークの様子が程よい文章量で解説されています。もちろん後に続く本題の大旅行を理解するためのご配慮なのでしょうが、この章だけを切り取っても一読の価値がある興味深い一章となっています。

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by C_MANN3 | 2016-02-16 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

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by C_MANN3 | 2016-02-01 00:15 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)