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◆豊洲市場・・・欲しいもう一つの議論

【2016.10.12記】 新たに就任した小池知事が「いったん立ち止まって見直す」と宣言すると同時に露わになった、豊洲市場の水浸しの地下空間の写真。あまりにも奇妙で不気味な風景に以降、テレビではニュースも昼のワイドショーもこれ一色に染まってしまいました。

後は雪崩を打つようにあるはずの盛り土が無い、専門家会議や技術会議の勧告とは異なる、これで市場としての食品の安全性は保たれるのか、そしてこの地下空間は一体何なのかと・・・話は一挙にいつだれが専門家会議の勧告を捻じ曲げたのか、その際の報告はあったのか、あったとすれば承認したのは誰だと話は進み、こうした話が持ち上がった際にはお決まりの、ケシカラニズムに基づく犯人探しと責任追及の世界に突入してしまいました。

もちろん安全性に疑念が出た以上、専門家会議の勧告を受けて展開されたはずの推進の各段階で不適切な発注や指示、計画変更の協議や承認がなかったかとの経緯の究明は大事です。ですが責任の追及一色に染まってしまった都議会やマスコミの動きを見ていると・・・何かもう一つの大事な事柄がかき消されてしまっている。

それはこの一連の犯人探しが終わり、戦いすんで日が暮れて、夜が明けた後・・・経緯はともかく今目の前に横たわっている土壌、地盤、そして建造物は・・・使えるものなのか、何がしかの改造が必要なのか、はたまた市場としての利用は放棄すべきものなのかといった話に立ち戻る。そして何よりもこれが大事のはず。

つまり手続きの適合性とは別の次元の話としての、今目の前に横たわっている“物”の妥当性の吟味ということなのですが・・・そのためには各プロセスに関わった人の設計意図、専門家会議の勧告とは異なるが、あえて実施設計の段階で変えていった理由と、それが将来の市場の安全な運営にとって可なのか否なのかを再検証することが必要、そしてそのためにはそれに直接かかわった人たちからの意図の表明が必要なはずなのにそうしたことはほとんど話題になってこない。

例えば建造物の下に盛り土が無いことがケシカランということになっていますが、盛り土を完全に残すことが金科玉条なら建物は高床式にでもすべきだったということなのでしょうか。建物の下には基礎があり、何がしかの設備空間が必要な事は当たり前のことなので改めて会議体に(承認願いといった)手続きが必要な事項とは思っていなかったといった話も出ています。

公開されている専門家会議の報告概要を見てもそこには、土壌や地下水の事前除染、そのための仕上げとしての盛り土、そして運用開始後も汚染状況をモニタリングできる設備を有すること、地震の際の液状化防止として地盤の改良と地下水位を一定に制御するための揚水設備を有すること、といったことは規定されていますが、そこに建物を造る際の基礎や構造についての言及があるわけではない。
よって関係者はその技術的見識と、それを担う組織のブライトにかけても一歩前に出て、今作られているものがなぜこうした形になっているのかを説明すべきです。

例えば建築物の下の盛り土についてはプロポーザルの技術提案をした日建設計からの見解書が出ていますが、一旦こうした疑念を持たれてしまった以上、各部署がこうした見解を市民に分かる形で表明し、都はそれを束ねて世間に問うことが必要であり、それを責任究明とは別に、並行して早急に行うべきです。

実はこの地下空間はまだ未完成で、雨水等の排水処理システム、地下水位を制御する揚水システム等が稼働し始めれば地下空間にたまった水は消えてなくなるという話もあり・・・もしそうならば今回の騒ぎはその大半が、未完成な建造物の地下に土足で踏み込んで引っ掻き回し、本当に確かめるべき関係者からの意見聴取もせずに巻き起こしたカラ騒ぎということになるのですから・・・

▼2016.10.20追記
地下水制御システムが稼働し始めれば・・・などと書いていたのですが、10/14地下水制御システムが本格稼働を開始し、地下水位観測値の推移がホームページで公開され始めました。

で、早速その値をよく見てみると多少下がりかかってはいるようなのですが、数値だけが公開されても理解は難しいですよね。21か所の観測点で地下水位が2.5mから4.5mと大きくばらついている・・・どうやら野原のため池の水位を測って高ければ排水ポンプで一挙に排出するといったイメージとは様子が異なる。

そもそも地下水位とは何を表しているのか、地下水を排出するとはどういうことなのか(もしかして排出井戸に少しずつにじみ出てきたものを排出しているだけなのだとか・・・)、そしてその下がり具合は設計で想定していたものと比べてどうなのかといったことを解説付きで公開して頂かないと、またしても的外れなコメントが流布しかねない。

せっかくの情報公開ですからこうした技術的に込み入ったものについては(池上先生並みの分かり易さとまではいかなくても)それなりの解説を添えて公開して頂くのが“市民との情報共有”のあるべき姿ではないかと・・・ともあれ本件はもうしばらく要経過観察ということのようです。

▼2016.10.31追記
地下水管理システムが本格稼働し始めて半月が経過しました。公開されている21ヶ所の地下水水位の記録をグラフ化しながら様子を見ているのですが・・・+1.8~2mの管理目標にスムーズに接近しているとは言い難い状況が続いています。
b0050634_23141784.jpg地下水管理の制御目標ラインの近辺に敷設されている砕石層が通路となって、その下から湧き上がってくる地下水や、上から滲み落ちてくる地下水を集めて排水井戸に導くはずなのでしょうが、それがうまく機能していない感じがします。

そもそもこの砕石層は、建物の地下空間の内外とつながっているのでしょうか。外部とつながっているのならこれを通路として外部の地下水が地下空間に流れ込んでくるでしょうし、つながっていないのなら地下空間に一旦たまった水を排水井戸に導く事はできない・・・なぜ地下空間があるのかだけでなく、地下水管理システムの設計意図についても当事者の説明が欲しい所です。

▼2016.11.16追記
地下水管理システムが本格稼働し始めて一ヶ月が経過しても管理水準の1.8mには届きそうにない中、気長に発表される数値をグラフに足しこんできたのですが、ここにきてとんでもないことに・・・
グラフ中の赤◆印は日量10mmを超える雨量があった日を示しているのですが、先週末の11/11、日量40mmを超える雨が降った際に地下水位は一挙にリバウンドしてしまいました。これではいつまでたっても管理水準には到達しないのではないか・・・やはり地下水管理システムについても設計者がどういう目論見で設計施工したものなのか、説明して頂くことか必要のようです。(もうしばらくはグラフを更新しながら様子を見ることにはしますが・・・)


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by C_MANN3 | 2016-06-24 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ローマ街道をも思わせる、日本の古代の道

【2016.8.28記】 飛鳥時代の昔、奈良盆地の中を三本のとんでもない幅の官道が、並行して一直線に縦貫していたとの話に接して仰天。それ以来古代の道路の本を漁るようになった中で出会った幾つかを以下に・・・

◆道が語る日本古代史/◆古代道路の謎 H28/8読

まずは「道が語る日本古代史」朝日新聞出版2012年刊の「道が語る日本古代史」と、「古代道路の謎」祥伝社新書2013年刊の「古代道路の謎-奈良時代の巨大国家プロジェクト-」。
いずれも近江俊秀さんの著作なのですが、この本では古墳時代から始まり10世紀後半までの古代官道の変遷が、官道にまつわる時代背景と共に生き生きと描かれています。

まず話を聞いて仰天していた奈良盆地の三本の直線官道は奈良だけではなかった。推古天皇の時代には、大和だけではなく河内平野にも縦横に何本もの直線官道が走り、難波や住吉の港と飛鳥の宮を繋いで威容を誇り、その道は隋からの使者を迎えても恥じることのない(ことを目指した)道でもあったとのこと。
しかしこの官道は日本の官道の序章に過ぎず、国中に律令制度が浸透する天武天皇の時代にはその官道が国中に張り巡らされることに。律令国家体制では列島を五畿七道と称して都のある畿内を除く列島を七つの道と称する行政区画に分け、都を起点に各道に至る官道を総延長6千kmに渡って張り巡らせたとのこと。しかもその道は格の高い所では幅12m、ひたすら直線であることを旨として張り巡らされ16kmごとに駅舎を設けた壮大なもの。

ところがこの官道はやがて中央集権貫徹の時代から少しずつ地方へと権力が分散していく時代の変遷に呼応するかのように、まずは8世紀の後半に道幅が縮小されて整備がしやすく使い勝手の良いルートへと変更され、10世紀後半には更に幅の縮小されて直線性も失われいわゆる生活道路へと埋没していくことに・・・
そうして埋もれ文献の中に痕跡を残すのみとなっていたこれらの古代官道が現代の1960年頃になってあちらこちらからで遺構として発見されはじめたことをきっかけに、発掘と歴史地理学的な研究が両輪となって今その全容が浮かび上がってきたのだと・・・読み進めるうちに、従来の古代史とはまた趣の異なる切り口で古代日本の心意気が浮かび上がってくる感動的な著作です。

◆道路の日本史/◆完全踏査古代の道 H28/8読

続いて「道路の日本史-古代道路から高速道路へ-」武部健一著、2015年刊の中公新書2321。この本も日本の古代官道に関する話なのですが、著者が日本道路公団で高速道路の計画・建設に心血を注いでこられた方で、前掲の近江さんの本とはまた違った切り口となっています。

五畿七道の全国に張り巡らされた日本の古代官道をローマ街道や中国の古代の官道と並べて位置づけるところから話は始まり、五畿七道の時代から、江戸期の道、鉄道に追いやられた明治期の道、そして列島改造論で始まった現代の全国の高速道路網に至る日本の道の国策、設計思想、使用技術の変遷が展望されていて壮大な構成の本となっています。
著者は全国の五畿七道時代の駅路の痕跡をくまなく踏査されているのですが、調べれば調べる程、このひたすら直線を旨として全国を繋いでいった古代の官道が、現代の高速道路網のルートと重なり、駅舎の位置も現代のインターチェンジの位置に酷似していて、しかもその総延長までが(北海道を除くと)6千kmと酷似しているとのこと。

古代の官道は紆余曲折を経て10世紀の末頃には一旦やせ細り曲がりくねって埋没の憂き目にあっていたのですが、期せずして現代の列島高速道路網として甦ってきたということなのでしょうか。
なお著者が全国の五畿七道の駅路を踏査した記録は別途、武部健一著「完全踏査古代の道」、2004年吉川弘文館刊の上下2冊として出版されており、これも読みごたえのある重厚な本となっています。

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by C_MANN3 | 2016-06-22 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆「日本企業にいま大切なこと」・・・

[2011.9.20掲載] 野中郁次郎さんと遠藤功さんの共著「日本企業にいま大切なこと」、PHP新書752。この本は「見える化」の著者遠藤さんと「暗黙知やSECI理論」を提唱する野中さんの対談をベースにしたリレーエッセイ集です。

失われた20年、その間であたかもそのその原因のようにいわれて否定されていった日本的なもの。そしてそれに変わる脱出策として急激に導入が始まったアメリカ的なグローバルスタンダード。
利益重視、成果主義、コンプライアンスや統制の重視。だがこうしたグローバルスタンダードによる国際化は失われた20年への処方箋にはならず、かえって職場の関係性を破壊し暗黙知を育む温床を傷つけてしまった。

何かが壊れてしまったかにみえた日本。だが今回の震災、原発事故への対応過程でいろんなことが浮かび上がってきた。
極論に走りリアリズムも哲学もないままに思いつきの施策を繰り出す中央の政官。対してかつてのDNAがうごめき始めたかのように状況に立ち向かう地域や市民。そして企業にも利益よりもコモングッドを優先する企業が続出している。どうやら少なくとも地域や民、そして心ある企業の現場は壊れつくしてはいない。

企業の経営はサイエンスではない。過去のデータを分析しても未来は見えない。利益優先よりはコモングッドの追求、成長よりは持続。そうした中でこそ現場には結束力や暗黙知が生まれる。超短期の課題は暗黙知による現場力で、そしてそれを長期のビジョンで方向付ける。
失われた20年から脱却するためには地域や市民、そして企業の日本的なものへの回帰再生が鍵となりそうだが、その可能性が今回の危機をきっかけに見え始めていると・・・

読み進めるうちに今回の危機対応の機運をうまく育てて日本的なものへの回帰を果たすなら未来はあるのかもしれない・・・そんな気がし始める感動の一冊でした。(2011.9.20)
by C_MANN3 | 2016-06-20 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆「TPP亡国論」・・・もうひとつの思考停止

一冊の新書が出ています。題して「TPP亡国論」、中野剛志著、集英社新書0584。

2010年11月のAPEC横浜首脳会議の直前に突然出てきたTPP(環太平洋経済連携協定)加入論。一部の農政関係者の強烈な反発で首脳会議での参加宣言には至りませんでしたが、この本はそのTPPが如何に日本にとって百害あって一利のないものかを語ったもの。

韓国が米国とのFPTを締結したこともありこれを持ち出した政府の意図は、加入しなければ国際競争力を失い貿易立国日本の将来はなくなる、アジアの活力を取り込み経済の活性化を行う、GDP比1.5%の農業にこだわっていては日本の未来はない、かつて鎖国を解いた横浜の地で開催される横浜会議でTPP参加表明ができるならそれは歴史的意義のある第三の開国なのだと・・・

しかしTPPは米国が仕掛けたワナ。米国を含めて一次産品の輸出国ばかりが集まったTPPに参加しても日本に有利な条件とはならず、米国の農産物を押し付けら、更にデフレを加速して終わる、それはまさに亡国の施策。


ですがこの本で著者がTPP以上に問題視しているのが、その議論の過程で農業関係者以外の全ての政、財、有識者、マスメディアがそろって賛成し異様な雰囲気に包まれていたこと。

この話にかかわらず政治や経済の重要な政策論議の中でいくつかのキーワードが出ると、日本中がまるで思考回路のブレーカーが落ちてしまったように思考停止に陥ちいり、一挙に極論に偏ってしまうこと。

そのキーワードは・・・日本は自由貿易で輸出をしないと成長しない、開国か鎖国か、乗り遅れるな、成長の拠点はアジア・・・だが実はとれもがグローバル化された世界の政治経済動向に照らすと実態にそぐわず根拠も薄弱な論拠なのだと。

思考停止の癖を排し、グローバル化した世界の中での戦略的な思考ができないと日本を滅ぼしてしまう、開国すべきは関税ではなく世界を見る目なのだとのことですが、説得力のある読みやすい一冊でした。

ところでこの本、読んでいて郷原信郎さんの「思考停止社会」を思い出してしまいました。こちらの本では“けしからん”、“倫理”、そして“コンプライアンス”といったキーワードが思考停止のトリガーに・・・(2011.4.18)
by c_mann3 | 2016-06-18 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

   ・・・“風にまかせて”はさらに続きます・・・

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by C_MANN3 | 2016-06-01 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)