◆ヒンドゥー:「人生の午後3時」と「四住期」

「人生の午後3時」というのはよく耳にしていた言葉なのですが語源も意味もわかっていませんでした。ところがこのフレーズ、ユングが人生の50代を表現して書いていたもののようでびっくりです。しかもユングが“本当に花開く業績に到達したのは70代になって”などと聞くとさらに驚きです。

よく似た人生の区切り論として、ヒンドゥーには人生を四段階に分ける「四住期」説というものがあるようです。
人生を「学生期」、「家長期」、「林住期」、「遊行期」の4つの時期に分けるわけですが、これを1期何年と考えるかで人生のイメージがずいぶんと変わってきます。一説に1期25年というのがあるようですが、長寿国ニッポンの現状から見てこれが一番リアリティがあるのかもしれません。

まず「学生期」、これは勉学に励む第一期ですが、高学歴化する現在、修士課程を出ると既に24~5歳という現状にぴったりです。

次の「家長期」、これは世のため家族のために働く時代ですが、定年が60であるにもかかわらず、厳しい企業競争を反映して早期選抜、早期役職定年制を採る企業が増え、仕事でバーンアウトしてしまいやすい年齢が50歳ごろというのに妙に一致してしまいます。

問題は次の「林住期」です。本来は仕事を終え家を出て林に入り求道生活に没頭する時期ということになっていますが、ここで新たに25年をかけ何かを追求する意義をみいだせるかどうかがポイントなんだろうと思います。現実は引退し、気楽に過ごそうと思ってスタートは切るものの退屈をもてあましたり、厄介者扱いされたりしているうちに、突然痴呆に襲われたりする危険ゾーンなのかもしれません。

ヒンドゥーではこれを乗り切った選ばれし人のみが最後に心の放浪の旅に出る「遊行期」を迎えるとあります。

この「四住期」に当てはめて人生を考えますと、「家長期」を終えようとする50歳前後が「人生の午後3時」と思えるかどうかは次の「林住期」を見出せるかどうかにかかっているようです。それがなければ「午後3時」はまさしく「早すぎる夕暮れ時」ということになるのでしょう。
逆に「林住期」を見出すことができれば、まさしくユングのように70代でやっと仕上がるほどの“大輪の花”にたどり着くのかもしれません。

などと人ごとのようにまとめてしまいましたが、私にとっての「林住期」は、いまだ霧の中といったところです。 (2005.8.21)
# by c_mann3 | 2006-06-16 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ヒンドゥー:「四住期」、その意味合い・・・

前掲記事では「林住期」について、“本来は仕事を終え家を出て林に入り求道生活に没頭する時期ということになっていて、ここで新たに25年をかけ何かを追求する意義をみいだせるかどうか・・・”などと突き詰めた勝手な解釈の表現をし、YAHOOの掲示板に掲載していたのですが・・・
s1208さんより“ヒンドゥーでは「林住期」「聖なる生活」が大変贅沢なことであるという意識がありますよね。引退して仕方なくというよりは、「聖なる生活」に入るためには、まず世俗的な義務をはたしてからでなければならないいというニュアンスが・・・”といったコメントをいただいておりました。

そんな折、新聞のコラム欄で「四住期」に関する山折哲雄さんのコメントを見つけました。
「四住期」というのは紀元前後のころにつくられた「マヌ法典」という書物に出てくるとかで、趣旨がs1208さんがおっしゃっていたイメージ通りでした。記事を引用させていただくと・・・

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林住期には、家庭が落ち着いたあと、一時的に家を出て、やりたいことをやる。飽きたり疲れたり、路銀がつきれば、また家に帰ってくる。林住とは「林に住む」ということで、自由冥想の時間を合む・・・
(四住期のなかでも)魅力があるのは、やはり第三の林住期ではないだろうか。もっとも、わがまま勝手、中途半端で無責任な振る舞い、といわれても抗弁のしようがない。しかしそれでも、古代のインド人は何と気のきいたライフステージを考え出したものかと思わないわけにはいかない・・・
最後の遊行期は、林住から抜け出て、こんどはたった一人の聖者の道を往く。林住期に入った人間の百人に一人、千人に一人が、そういう道を選ぶ。かつてのおシャカさん、現代のガンデイーなどがそれにあたるだろう。いってみれば、他人の魂のみとりにだけ自分の人生を捧げる。(タイトルは「洛中夢」、H14.10.21付け朝日新聞)
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どうやら「林住期」には、求道生活といったイメージは無く、もっと気ままなもののようですね。むしろ最後の遊行期が求道のイメージに近いのかも。それにしてもお釈迦さん、ガンジークラスのものというのではあまりにもハイレベルでびっくりといった感じです。(2005.8.21)


     
# by c_mann3 | 2006-06-14 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ヒンドゥー:神々の住む島、バリ

ところでヒンドゥーの「四住期」については前掲の本、クシティ・モーハン・セーン著「ヒンドゥー教」でも冒頭に出てきます。

実はこの春、ヒンドゥーの島、インドネシアのバリに出かけ炎天下ひたすらヒンドゥーや仏教の寺院、遺跡を巡ってきました。息子が「学生期」を終えたこともあり、私自身もボツボツ「家長期」から卒業し「林住期」に軟着陸をなどと思っての家族旅行でしたが、バリのヒンドゥーにはなにか遠い昔の古里に帰ったような安らぎを感じたのが不思議でした。
もっともインドとバリではヒンドゥーも何かと違うのかもしれませんが・・・ (2005.8.21)

◆ジョクジャカルタ大地震

(2006.5.31追記) 5/27早朝発生したジョクジャカルタの巨大地震はついに死者の数が6000人を超えてしまったようです。b0050634_23475147.jpg
上述のバリ島旅行の際、実は足を伸ばしてジョクジャカルタにも一泊し、近くの仏教遺跡ボロブドゥールとヒンドゥー遺跡プランバナンにも立ち寄りました。何れも感動的な遺跡なのですが・・・どうやらプランバナンの方はかなり崩れているようです。完全な石造りなので修復は可能だと思うのですが・・・これ以上に死者が増えないことと、一日も早い復旧をお祈りいたします。


  ▼ところでもう一つのヒンドゥー遺跡群、アンコールワットについても別掲記事が・・・
# by c_mann3 | 2006-06-13 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ヒンドゥーの「四住期」・・・1期は何年?

この記事は三つ上にスクロールしたところの前掲記事、“◆ヒンドゥー:「人生の午後3時」と「四住期」”から読み始めていただきたいのですが・・・

人生を「学生期」、「家長期」、「林住期」、「遊行期」の4つの時期に分けるヒンドゥーの「四住期」説・・・これを現代に当てはめると1期は何年?

実はこの「四住期」、以前から妙に惹かれるものがあり、このブログでもいくつか記事を書いていながら・・・肝心の1期が何年かということがすっきりしていませんでした。

前掲の記事を最初に書いたのは5年近く前。当時はいろいろと調べては見たのですが、この年限をはっきり書いているものが見当たらないままでした。
で、勝手に1期が25年ということでいろいろと書いてはいますが・・・そうすると生活のためにせっせと働く「家長期(かじゅうき)」が25~50才、そして肝心の「林住期(りんじゅうき)」が50~75才ということで、サラリーマンの定年が60であることからして「林住期」の真ん中まで働き続けることになってしまう。

そこで熾烈な現代社会のサラリーマンは50才ごろバーンアウトし転機を迎えるなどと、半ば自分に言い聞かせつつも、ずっと気になり続けていました。


ところが最近、五木寛之さんが「林住期」と題した本(幻冬社)を出されたんですよね。で、早速覗いてみると五木さんは何と25年説!
となると、サラリーマンの60才定年はどう扱われているかってことなんですが・・・
サラリーマンも50才ごろが来ると仕事も立場も先が見えてくる。「林住期」の本質は“自分のために生きる”ということなんだから、いろいろ気を使って会社のためとか生活のために働くってことからは卒業し、自分のために、自分の思いで仕事をすることに気持ちを切り替えてもいいんじゃないかとのことのようです。
さすが五木さん、なんか一挙にのどの痞えが取れた感じがしました。

もっともサラリーマン、道半ばの50にして心境を切り替えることはそう簡単じゃない・・・とは言うものの50といえば不惑の40を過ぎて既に10年も経っている。自身を見つめなおし新たな気持ちで再出発するには、程よいタイミングなのかもしれませんね。


◆ところでもうひとつの案・・・
50才、サラリーマンの真っ只中で林住期はどうも、という向きには1期30年説というのはどうでしょうか。
仕事に就いても30まではまだまだ修行の身ってことで「学生期」は30才まで。で定年を迎える60までが、がむしゃらに働く「家長期」。となると自分のために気ままに生きる「林住期」は60~90才。

ん!じゃー「遊行期」はどうなる?・・・もともとこの期は選ばれた百人に1人、千人に1人のひとが聖者になる修行の旅にでるというもの。もしこの世で時間切れとなれば続きは彼岸の世界でたっぷり時間をかけて仏への道を、というのもいいのかもしれません。(2007.4.15)
# by c_mann3 | 2006-06-12 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆「林住期」と結廬在人境・・・

四住期の1期を25年とした場合・・・林住期が文字通りの隠遁だとすると、たしかに50才でそれを行うのは困難。ですが似たような効果をもつ生き方が無いわけではない。ひとつは呼吸法、もうひとつは在宅のままの出家。

◇まずは呼吸法が平穏を生む

五木さんの「林住期」では呼吸法に一章が割かれています。物理的な呼吸法が体調を整え、こころの充実や平穏につながるといったことなのですが・・・時代の空気を呼吸する、空気を読む、風を読む、といったように空気は肺に取り込むものばかりではない。いかに呼吸をしこころに気を取り入れるかが重要。
唐突ですが・・・ひとつのモデルは大海を泳ぐ鯨。流線型で何の抵抗も摩擦もなく大海を泳ぎまわり、嵐で時化た日は深く潜行し穏やかになると水面に顔を出して潮を吹く・・・自在の生き様はそれだけでも絵になりますが、さらに呼吸法も強たか。一呼吸ごとに大量の海水を取り込みはするがフィルターでオキアミなどの栄養だけをかすめとったあとはそのまま体外に放出してしまう。大量の海水はエキスを運ぶための単なるキャリアーでしかない。

喧騒の「家長期」にあっては聞きたくなくても聞こえてくる話、見たくも無いのに見えてしまう風景・・・そうしたものが心をざわつかせ、邪念や感情がそれに過剰に反応して不必要に気を摂取してしまう。いわばこころの過呼吸症。だがそれを遮断してしまうと判断材料がなくなってしまう。
・・・もし鯨のように選択吸収できるなら話は変わってくるのかも。たとえばおびただしい情報から感情的な成分をふるい落として摂取できるなら、判断材料は損なわれないままに心はずいぶんと穏やかになる。

◇そして在宅のままの出家

喧騒の真っ只中にいるはずの稲盛和夫さんが出家して、しかも事業にはますますご熱心だとか・・・林住期を過ごす場所は人里はなれた林とは限らない。隠遁の庵は街の喧騒の中といったこともありえる・・・

中国の詩人、陶淵明の詩にこんなものがあるようです。
b0050634_20415589.jpg  結廬在人境
  而無車馬喧
  問君何能爾
  心遠地自偏
  采菊東籬下
  悠然見南山
  山気日夕佳
  飛鳥相與還
  此中有真意
  欲辨已忘言

もっともこれでは何のことなのかサッパリわからない。そこでどなたかの訳に頼ると・・・
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隠遁し小さな廬を結んではいるが、山林の奥ではなく人里に留まっている。なのに行き来する馬車や人の動きの喧騒は全く耳に入らない。
どうして、そんな風にしていられるのかとよく聞かれるが、どこにいるかが問題なのではない、心が俗世界から遠い所にあるなら、居る場所は自ずから辺鄙な場所と同じこと。

今日も今日とて、ひがしの垣根のあたりで、菊を摘みつつ、遠く南山のあたりを悠然とながめておった。折しも夕方の美しい光の中で、鳥たちも、翼を並べて巣に帰って行くところだった。
この平穏なる景色のうちに人生のまことの心が篭っている。それをどんなものかと説明しようと思うたが、ふと言葉を忘れてしまった・・・。
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コンクリート建造物の林立する街の中に身をおきながら、現実には立場も身柄も「家長期にあったとしても・・・周りの喧騒がなにか遠いところから聞こえる風のざわめき程度にしか気にならなくなり・・・竹林の中にいるかのごとく笹の葉と風が触れ合って織りなす微かなざわめきをBGMに、心は時空を超えた世界に遊泳させながら現世に生きる・・・といったことは呼吸法ひとつで(?)可能なような気もするのですが・・・そのためには、ちょっと修練が必要かな?(2007.4.18)

ところで、稲盛和夫さんは1997年9月7日、京都府八幡市の円福寺(写真)にて得度されたとのことです。

# by c_mann3 | 2006-06-10 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ブッダの「遊行期」・・・

五木寛之さんのテレビ番組「21世紀・仏教への旅」、以前から気になっていたのですが・・・我が家ではハイビジョンが見られず困っていたところ、BSで再放送が始まりました。世間より半年遅れで見ることになりますが・・・連続5回の放送が楽しみです。


第一回はブッダが80歳で400キロに及ぶ最後の旅に出た軌跡を追ったインド編。
仏教発祥の国でありなから、この国では仏教は消滅して久しく、現在の信者はなんと人口の0.7%だとか。
したがって軌跡の旅も経典を頼りに点々とかすかに残る遺跡をたどるしかなく・・・よけいに流転と無常を感じさせてくれます。

おりしも五木寛之さんの本、「林住期」が人気を博していますが・・・ブッダの死を感じての最後の旅を見ていると、ふっと「遊行期」を思い出してしまいました。四住期の最後を飾る「遊行期」とは実はこんな感じなのかもしれません。

そういえば前掲の記事にも書いているのですが、山折哲雄さんによると「遊行期」というものはお釈迦さんや、現代のガンデイークラスの選ばれた人のみが辿る道なのだとか・・・ そしてこれが「遊行期」だとすると、お釈迦さんでさえ「遊行期」は25年には程遠く、ほんの三ヶ月だったということになるのですが・・・(2007.4.30)
# by c_mann3 | 2006-06-08 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      ◆次は「多神教、一神教」等について⇒⇒


# by C_MANN3 | 2006-06-01 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◇多神教と一神教・・・

【2016.9.20読】 古代の地中海世界を語ると止まらない本村凌二(りょうじ)さんの宗教起源論です。題して◆多神教と一神教。岩波新書967、2005年の刊。

太古の昔、人がまだ意識や自我を持たなかった頃、人は耳元にささやきかける神々の声に従い神々と共に生きていた。だがやがて意識や自我の芽生えと共にそのささやきは聞こえなくなり、変わりに人は自身の意識の中にその気配を探し求め言葉に載せることで人々と共有するようになった。

副題に“古代地中海世界の宗教ドラマ”とあるようにこの本では、メソポタミア、エジプト、そしてギリシャからローマへと続く人類と神々のかかわりが解説されていきます。
(以下は勝手な要約で恐縮ですが・・・)幾多の民族や部族が交流と興亡を繰り返す中で、民族により名は違えども同種の神は収斂し、統合されていく。そうした中で人々はやがて神々の背後にあってすべてを取り仕切る全能の神をイマジネーションするようになる。それは概ね太陽神とそれに寄り添う女神の形をとることになるが、全ての源で威厳はあるが親しみにくい全能の神とは異なり、それに寄り添い包容と慈愛い、そして豊穣を担う女神の存在は人に神への親しみと安らぎをもたらすものでもあったに違いない。

だがそうした中で一部のあまりにも過酷な運命を生きる民族の中から、女神の慈愛などは待てないと全能の神に“己を律して生きるなら救済してくれるか”とばかりに直談判の契約に及ぶものが現れた・・・旧約、新約の一神教はそうして生まれたものではなかったかと。言われてみるとこうした一神教では女神的なものが弱く、ともすれば慈愛や寛容よりも父性的な戦いに明け暮れてきた感はありますよね。

また著者は一神教が成立した頃がアルファベットが生まれた時代に重なることに注目し・・・幾多の事象を象形文字であらわすヒエログラフは一つ一つの文字に言霊が宿るために幾多の事象を表そうとすると数千種にも及んでしまう。対して個々の言霊は一旦切り捨てたった30個ほどのアルファベットで森羅万象を表現する全能の表音文字を生み出したプロセスは、個別具体の事象を担う神々を全能の神として抽象化していく過程と同じ心的なプロセスではなかったかとも。
この本はしなやかな文章で独特の雰囲気が漂う、まさに5千年に及ぶ壮大な心の考古学です。
# by C_MANN3 | 2006-04-22 00:00 | Comments(0)

◆ある種の宗教進化論・・・

光と闇、善と悪、破壊と創造・・・それぞれを担う何人もの神様を登場させて壮大な物語を形作る多神教。そこでは悪魔や破壊が脇役以上の役割を果たしている。対して善のみを切り取ったはずのキリスト教のような一神教でさえ、三位一体とか四位一体といった巧妙なからくりの中に悪魔を隠し持つ・・・

結局のところ森羅万象の全てを語りつくそうとするならこのやっかいな闇、破壊、悪魔は避けては通れない。だかその取り扱い如何が人をいろんな方向に駆り立てる・・・
別掲記事で取り上げている林義道さんの▼「ユングでわかる日本神話」の最終章、“影や悪の元型”ではこのあたりの話がたっぷり出てきます。

①神はもともと善悪両面を持っている
②しかしやがて神は善神と悪神に分化する
③さらにこの魔神がただの悪魔となり、神と悪魔に分化する
④もっと進むと神はすべて善であり悪をなすはずがないということになる
⑤すると神がなす殺人や破壊にはなにか神聖な理由があるはずだとなる
⑥その理由付けとして「神の懲罰」とか「穢れた世界を一新するための破壊」と言った理由付けが生まれる

林さんによるとこの①~⑥が宗教の発達過程であり、ピュアな一神教に向かう進化のプロセスなのだと・・・
そして⑥の段階にいたるとジハードでも十字軍による世界蹂躙でも何でもOKの世界に到達するということのようです。

もっとも林さんはそんな発達プロセスを肯定しているわけじゃなくて・・・
宗教は本来、人が元型に近い形で持っている破壊衝動やリセット願望をうまく抑制する機構として維持されるへきものだと仰ってはいるのですが・・・

だとすると、宗教は③の手前のあたりで発酵を停止させ多神教の段階にとどめておくのがいいのかもと思ったり、いやいや多神教の世界でもテロや大量虐殺は起こりえる、やっぱり宗教のみに破壊衝動の抑制機能を頼るのは難しいのかもとも思ったり・・・難しいですよね。(2009.9.28)
# by c_mann3 | 2006-04-20 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ゾロアスター教・・・

今年もいよいよ夏間近。暑さで意識が朦朧としかかっている中で、以前から気になっていたゾロアスター教の本を買って読み始めてしまいました。
青木健著、「ゾロアスター教」、講談社選書メチエ408。

光と闇、善と悪といった二元論、善を信じて悪と戦いつつも迎える終末、そして現れる救世主・・・いろんな宗教で必須のエキスやスパイスに溢れた宗教ゾロアスター教。ですがこれが紀元前10世紀の昔、古代アーリアの民族宗教の一神官に過ぎなかったザラスシュトラが数々の民族宗教をベースにしつつも骨格としては思うがままに書き下ろした教義の体系が事の発端というのがすごい。

そして一時はサーサーン朝ペルシャ帝国の国教にまでなっていながら、やがて帝国の崩壊とともに霧散。ところが霧散してなお、ザラスシュトラやゾロアスターのイメージは時も場所も隔てた近世ヨーロッパにまで鳴り響き・・・ニーチェの「ツァラトゥーストラはかく語りき」のツァラトゥーストラは神官ザラスシュトラのことだとか。

この古代アーリア人って、不思議な人たちですよね。中央アジアを基点に民族移動を始め、イラン高原ではゾロアスター教を創出し、インド北部に移動した人たちはヒンドゥー教を纏め上げる。どちらも地場の数々の民俗信仰を集大成。結果として従来の神々の役割や組織は再編成されてしまっている。宗教編成能力にたけるアーリア人ってことなんでしょうか。

そしてこのアーリア人が西に移動したのがゲルマン民族ということで二千年のときを経てアーリア人至上主義となり、アウシュビッツにつながっていく・・・
もっともこの話には生物学的な根拠はなく、ヨーロッパに移動したアーリア人は実はジプシー。本来の正統派アーリア人であるはずのジプシーがユダヤ人とともに、自分が正統派アーリア人だと勝手に信じたナチスに迫害されることになってしまったとも・・・

暑いさなかにこんな本を読んでいると益々意識が朦朧としてしまいそうです。(2008.7.16)
# by c_mann3 | 2006-04-18 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆ふしぎなキリスト教・・・

橋爪大三郎さんと大澤真幸さんの対話形式の本「ふしぎなキリスト教」、講談社現代新書2100・・・
橋爪さんの名前にひかれて何気なく買った本なのですが、副題に“日本人の神様とGODは何が違うか”とあり読み始めてみると素晴らしい本でした。

 ・ユダヤ教とキリスト教はどう違うのか・・・
 ・一神教とは、そして信仰とは・・・
 ・三位一体とは、そして聖霊とは・・・
 ・いま世界を支配する近代科学や資本主義はなぜキリスト教圏で生まれ、
  発達したのか・・・
 ・そうした時代を築いた経済学者や科学者はなぜクリスチャンのままで
  いられたのか・・・

もやもやとしていた幾多の素朴な疑問がきわめて軽妙でおしゃれに解説されていて、読み進めるうちに一瞬瞬霧が晴れる、でも晴れたかと思うとまた新たな霧に包まれ、そしてまた晴れる。
そんなことを繰り返しながら読み終わった後は再び濃い霧に包まれてしまうのですが、途中のところどころの晴れ間に垣間見えた峰々の断片的な稜線を脳裏でつないでいくと、なんとなく山の輪郭が浮かび上がってくる気がしないでもない不思議な感覚に襲われます。


▼そうして浮かび上がってきた輪郭とは(信者なら許されない恐れ多い理解なのかもしれませんが)・・・

キリスト教とは旧約聖書の土台の上に新約聖書を乗せ、三位一体と言う摩訶不思議なかすがいで接合したもの。
理解しがたいヤハウェの下に敬虔なる人の姿のキリストを一瞬だけ配し、昇天させた後は聖霊という余韻のみを残したもの。
イエスが昇天した後には聖霊と福音書だけが残され、終末の再臨の日までは人々はそれを頼りにただ神の思いを推し量るしかない。

だが残されたものをつなぎ合わせても矛盾やあいまいさがあり、いろいろな解釈ができる。そのため一途に解釈を追及する中から科学、資本主義といった一見相容れないようなものも生まれてくる。
相容れないように見えてそこには見えざる神の創り給うたはずの自然の法則を希求する姿、見えざる神の手の万能に身をゆだねる市場主義、資本主義といったように“一神の存在を前提”とすればこその姿勢が貫かれている。

対してイスラムではその解釈や行動をこと細かく規定する法典を有しているがゆえに一途な追及は法典の解釈の段階で留まってしまう。このことが当初は先行していた文化や文明がやがてキリスト教圏の後塵を拝するに至った原因なのだと。

一神教は民族の紛争や興亡が絶えず、一途にに信じて寄り添う何かが無ければ団結もアイデンティティの維持も出来ない環境の中でしか生まれないものであり、島国として孤立し遂に異民族に踏みにじられることもなかった日本では一神教は芽生える機会はなかったとも・・・

ですが今、そんな一神教が益々グローバル化し互いに深く接せざるを得なくなった現代社会において、初めて異種の宗教と“一方的な支配ではなく対等”にかかわらざるを得ない時代を迎えている。
そして一神教のこうした特徴を隠し持った近代の西欧的仕組みと今まで以上に関わらざるを得ないこちら側としても、その背後に潜む一神教的なものについては深い理解が必要なのだということのようです。
        ・・・なお、▼一神教と資本主義の関わりといったことについては別掲記事も・・・

▼ところで理解しようとするとキリスト教の中でもとりわけわかりにくい“聖霊”についてはおもしろい記述が出てきます。

この本は共著者二人の間の突っ込みと受けの会話として構成されているのですが“聖霊”については、
「聖霊がイエスが昇天した後に残って漂う余韻、残り香、気配のようなものだとすると、それは日本の神様のようなものなのか」といった意表を突く突込みに対して、
「日本の神は人々が集う場を気配として支配するのに対して、聖霊は一人一人が直接神に対して垂直方向に感じる気配なのだ」と・・・(2012.1.11)

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# by C_MANN3 | 2006-04-16 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆日本の神様・・・

ひとつ前の記事で紹介しているように「不思議なキリスト教」といった本を読み、“日本人の神様と西欧のGODは何が違うか”・・・そんなことが気になっていたところ、興味深い本を発見しました。

山折哲男さん編の「日本の神」シリーズ1、“神の始原”(平凡社、1995出版)なる本なのですがその第1章、山折哲男さんご自身の「日本の神」がおもしろい。

日本の神は誤解されてきた。だがそれは自らの存在を覆い隠しその軌跡を隠蔽する神の側にも責任があった。だがこの姿を持たない、見せないことがまず日本の神の特徴なのだと。

多神教には2つの類型がある。一つは目に見えない神々の体系、もう一つが目に見える神々の体系であり、ギリシャの神々が姿かたちを明確にし役割や個性を表に出すことで影響力を発揮しているのに対して日本の神々は姿を見せないことに特徴がある。

それはギリシャなどの神々が名前を持っているのに対して日本の神は一宮、二宮、あるいは外宮、中宮といったように記号化されてよばれることにも表れている。
更に日本の神は自由に空間を移動し、分割され、いたるところに居つく。それが氏神様や鎮守の森となり、形は見えないが気配として漂うことで人々に影響を与えるのだと・・・


そこで続いて島田裕巳さんの「神も仏も大好きな日本人(同ちくま新書936)」などを読むと更にいろんなことがわかってきます。

▼まずは原初の神様
やはり日本の神さまは仏教伝来までは本当に神社もなく、拝む偶像もない、気配が漂っているだけの素朴なものだったようです。
例えば日本最古の神社といわれる山の辺の道の大神神社や檜原神社(写真)は三輪山がご本尊ということで、神殿はなく鳥居があるのみ。b0050634_255368.jpgさらに古いものはきっと何がしか気配が漂う場所に目印として柱としめ縄だけがあるといった状態だったんでしょうね。

その名残が現代の地鎮祭なのかもしれません。用のある瞬間だけテントを張り、降臨の儀を行うとそこに神が現れる。頼みごとが終わると昇天の儀を執り行ない見送った後は祭壇を片づけてしまって何も残らない。古代の神様と人の接点はこんな感じだったのかも・・・

▼それが仏教伝来により神仏習合に
そんな日本に突然、お上の主導で壮大な伽藍と仏像、マニュアル化された経典とそれを身につけた高度な知識人としての僧侶からなる仏教が渡来。
素朴な民衆は圧倒されながらも、最初は仏も八百万の神の一種と納得していたのでしょうが、いつの間にか逆転し“神は仏の具現化したもの”といった話になり神仏習合が始まる・・・

気が付くと、大寺院は競って守護神としての神社を従えるようになり、逆に神社は境内に仏を祭るようになる。そして沈黙し素朴だったはずの神様が威容を整え役割と目標を主張し始める。八幡さんはそのはしりとのこと。

▼ところが明治維新で徹底して神仏分離に
維新以降は政府が神仏を徹底分離。特に神社からは仏を跡形もなく追い出してしまった。その後遺症が今に残り、現代の日本人は「あなたの宗教は」と聞かれると神道と答えても仏教と答えても話半分でしっくりこず、黙ってうつむくか無宗教とつぶやいたりする羽目になったのだと・・・確かにこれほど神社仏閣が好きで事あるたびにいろんな願い事や行事をする日本人が無宗教なはずはないですよね。(2012.2.2記/5.27追記)

      ⇒⇒新着記事渡り歩き⇒⇒
# by C_MANN3 | 2006-04-14 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆一神教と「ひまな神」・・・

“未開な多神教を洗練進化させると崇高な一神教になる”といった宗教観にはもやもやとした違和感を覚えていたのですが、そのもやもやを一気に晴らしてくれる絶妙な“切り口”に出会いました。

それは島田裕巳さんの「日本人の神はどこにいるのか(ちくま新書351)」に出てくるのですが、その切り口はたった一言、「ひまな神」・・・

邪なものをそぎ落として崇高ですべてを超越した最高の一神を追及すると、それはもはや人々には近寄りがたいものとなり、結果として誰も近寄らない、手持ち無沙汰で暇な「ひまな神」となる。で、人々は日常の悩み事やよりどころを副神に求めるようになる。副神はたいていの場合、役割を分担していて一人とは限らない神々となるのだと・・・

結局のところ現実の世界で人の役に立つ宗教は一神教といえども、名前や表現はともかく「唯一神+それをとりまく多神」で構成されざるを得ない。

キリスト教ではこのとりまく神々は数々の聖者やマリアであったりする。多神教と言われることが多いヒンドゥー教の神々は実は最高神ブラフマンの形を変え役割分担をした化身。だが人々はそんなことは気にせずに目の前のいろんな神を日常的に崇め、慕い暮らしている。

八百万の神で多神教の最たるものと言われる日本の神道も実はその神々の背後に漂う何かを感じている。それに名を付けあとは化身と言ってしまえば一神教を構成できなくもないが、その漂うものに敢えて名を付け、特別な扱いをする必要を感じていないだけということのようです。


なんか世界中の宗教を串刺しにして一挙に展望ができそうな切り口ですが、そうなると、いつもの悪い癖でいろんな妄想が湧いてきます。

まずは一神教の場合・・・
人に慈しみを与える雑務を離れて「ひまな神」となった唯一神は暇に任せて天にも届く尖塔がそびえる寺院を林立させ、父性原理の強力な教理の旗をたなびかせながら聖戦、十字軍と手段をいとわず世界制覇に邁進するようになる。言ってみれば“唯一神、閑居して不善を成す”といったところでしょうか。

そして日本の神の場合・・・
どうやら日本では神々の背後には唯一神を置くことを避け、河合隼雄さんの中空構造論にもあるようにそこは神聖な空の場としてとどめてきた。そんな日本がただ一度そこに唯一神を祭り上げ、その威光を広くアジアの全土に広げようとした時代があった。もちろんそれは惨憺たる結果となりましたが、やはり日本には名や主張を持った唯一神は向かないということだったのかもしれません。


▼ところでこの「ひまな神」を提唱しているのはルーマニアの宗教学者、ミルチア・エリアーデとのこと。以前からこのブログでも触れていて気になっていた学者なのですがこんなところで出会えるとはこれもまた感動です。

このエリアーデについてはこの本の第2章でくわしく紹介されています。ルーマニアで生まれ、インドで宗教学を修めた後はしばらく祖国で教壇に立っていた。だが大戦中は文化担当の外交官として国外にいたため、やがて迎えた終戦で共産化した祖国への帰国を拒否してそのまま亡命生活に。その後はシカゴ大学で教鞭をとりつつ古代の民族宗教を始め世界中の宗教を包括的に扱った「世界宗教史」と「宗教百科事典」の編纂を開始する。

そんな彼が実は日本の伝統宗教にも興味を持っていながら、ご自身として編纂に加えることはできないまま亡くなったとのことですが、自国の文化や伝統を世界に通じる言葉で表現することが苦手な日本人に代わってエリアーデが縦横無尽に語ってくれていたら日本の神や仏はどう扱われていたのでしょうか・・・(2012.9.30)

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# by C_MANN3 | 2006-04-12 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆一神教、多神教を越えて・・・

排他的で残忍な宗教の姿、父性原理により善を追及する一神教にも悪魔や母性原理は潜んでいる・・・そんな話は下記の本にもたっぷりと出てきます。

題して「人類は宗教に勝てるか」、町田宗鳳著、NHK books 1085ですが、副題に“一神教文明の終焉”とあります。

この本の著者は特異な経歴の方です。子供の頃から教会や寺院を遊び場にしていたのですが、中学2年のある日、突然家出してそのまま禅寺に居つく。だがやがて紆余曲折を経てハーバード大の神学部で比較宗教学を修め、以降は米国や東南アジアの大学で教鞭をとりながら世界中の宗教の姿を見て歩くことに・・・
詳しくは著者のホームページの中の“心の時代”をご参照ください。

この本はそうした経歴の著者が語る篤い思いでうずめつくされているのですが・・・

今や宗教こそが世界の平和を妨げている。
一神教にはマザー・テレサのように一途に愛を実践する人材を輩出する力がある一方で、父性原理を表に出し徒党を組むととんでもない殺戮の世界に入っていくことを我々は今目の当たりにしている。宗教は一途に、片面を強調し、徒党を組むと必ず対立を生み世界を破滅に向かわせる。
そこから脱却するためにはたとえばキリスト教も“表だって唱えている教義”とは裏腹に、ユングが四位一体説で示したように自身の中には悪魔をも潜めていること、そして足元のマリア信仰には母性原理やさらには自然信仰のDNAが流れていることを自覚することが必要だと。

だがもう一方の多神教も万能ではなく、例えばそれは環境問題に現れる。自然との共生を旨とする多神教の世界では自然を意図的に破壊するといったことはない。だが自然への信仰は“ごみは自然に返せばおのずと浄化してくれる”といった甘えも生み、そのために消費文明に飲み込まれて自然の浄化能力を超えたごみを捨てる時代にあっても頓着が無い。
結局のところ大量のごみを吐き出した現代文明の背景にあるのは一神教の一途な世界構築の現れだったとしても、そのごみを徹底して回収、抑制して自然を守ろうとする(例えばドイツのような)一途な動きも一神教の世界からしか生まれない。

一神教にも多神教にもこのように危険が潜んでおり、もはや人類はそんな宗教の呪縛からは脱却すべき時なのだと。もともと神や仏は崇めるためのものではないし、崇めていればすべてが許されるといったものでもない。
本来敬虔な気持ちさえあれば神や仏は必要ない。人はもともと自身の力で自然や宇宙の中に“超越したもの”を感じ取り、それとの一体感を持って生きる力を秘めている。なのにそれを妨げてきたのは宗教である。

で著者は、一神教も多神教をも超えた無神教の世界を目指すべき時なのだと・・・

無神教は無神論ではない。それは教義も戒律も儀礼もなく、人類の精神的な自立を促し、歴史や民族を超える普遍的な世界であり、到達するには困難な道ではあるがそれは歴史の必然でもある。

著者はその可能性を華厳哲学の“解脱しても涅槃に入らず現世に戻る「十牛図」”や、古代インドの梵我一如、イスラムの神秘主義、あるいは現代のトランスパーソナル心理学等の中に見いだしていて、それは無神教的コスモロジーの世界であり日本の伝統は本来それに近い所にあるはずなのだというのですが・・・(2012.9.30)

ところで、宗教に頼らずとも人は“超越したもの”を感じ取る力があるといった話は
中世の錬金術師、パラケルススの記事にも・・・よろしければ併せてご一読を


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# by C_MANN3 | 2006-04-10 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

  ・・・次は・・・

      ◆次は「建築とこころ」について・・・⇒⇒


# by C_MANN3 | 2006-04-01 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

◆建築とこころ:あなたの心は何階建て?

建築とこころ・・・建築や街並が住む人の心を変え、こころが建築の様式を変えていく・・・両者が織りなす風景は・・・
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●まずは心を建築に見立てると・・・

英語でたとえば“三階建ての家”を表すのにthree stories high とかいって、階をstoryで表現しますよね。
最初に接したときは何故?って変な感じだったのですが・・・最近はなかなか味わいのあるよくできた表現じゃないかと思うようになりました。

この表現、一見、ひと固まりのように見える家やビルディングも実は一階、一階それぞれに他の階とは違った物語“story”があるってことのようです。

だとすると人の心は何階建てなんでしょうか。
ペルソナ、意識、自我、無意識、普遍的無意識・・・これで5階建て。最近言われるようにそのもっと奥の爬虫類脳に太古の時代から引き継いだ本能に近い無意識があるなんて話しはさらに下の地下室があるってことなんでしょうか。

問題はこうした各階それぞれに他の階とは違った物語が潜んでいて・・・日ごろは交流がない。日ごろはエレベータで自分の階に直行で特に用がなければわざわざ階段を昇り下りしてまでは行きかうこともない。

大地震かなんかのアクシデントがありドスンと床が抜けたとき不意に現れる異なる階の物語・・・突然意識と無意識が遭遇し心は大混乱に陥っていく・・・
この話は・・・安定していた意識や自我が突然の環境変化で乱れ始め・・・その混乱に乗じて無意識の世界から何かが湧き上がってくる心の世界にそっくりかも。

●そして組織心理を建築に見立てると・・・

会社組織を象徴的に示す本社ビル。大企業ともなると数十階建ての超高層ビルだったりして・・・その一階、一階に企画本部、開発本部とか、営業本部とか・・・ひとつの会社の組織のようでいて実は日ごろはそれそれが異なる物語の世界に浸っている部門があり、その間をつなぐ細い階段やエレベータも右往左往行きかう人はあまりいない。

ここでもとんでもない市場変化とかいった地震が起こりフロアーが抜けるほどのことがなければ真の部門間交流は生まれないなんてことになるのかも。(2006.2.10)
# by c_mann3 | 2006-02-20 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(1)

◆建築とこころ:三丁目の夕日・・・

見上げると日々、東京タワーの鉄骨が伸びている・・・昭和30年代初期の東京の下町を描いた映画「ALWAYS 三丁目の夕日」が好評でロングランを続けています。

小さな路地裏の両側に住居や修理工場や駄菓子屋が渾然と並んだ下町の風景。どのうちも玄関は開けっ放し、人はほんの一言の挨拶で返事も聞かずいきなり土間の奥まで入ってくるが、そこはもう食事をしているちゃぶ台の横。
家庭内では笑い声や怒鳴り声が絶えず、親子喧嘩や夫婦喧嘩はものを投げつけ足蹴りをしているうちに家の中では収まりがつかず路地まではみ出していく。当然近所中が集まり、一家の騒ぎは一挙に町中の騒ぎになっていく。
路地を駆け回る子供はどこのうちの子という区別もなく、親に叱られれば隣のうちに逃げ込めばいいし、親のいない子がいても扱いは変わらない・・・妙に懐かしい喧騒の世界。

一人一人は今と変わらない悩みも苦しみも抱えていたはずですが・・・等しく貧しく、一人の悩みは近所中の悩み。家庭、家族に外部との境界がなく、自己と他者がシームレスにつながっている。

こうした情感を支えているのはもしかしたら家の作り、町並みのつくりなのかも・・・開きっぱなしの玄関はコモンエリアである路地とプライベート空間であるはずの土間をシームレスにつないでいる。

◆同じころ・・・田舎では

のどかな田園風景の中、ポツリポツリと散在する垣根に囲まれた家。垣根の隙間からは家の庭が見え、門に扉はない。ふらりと訪れた客人は庭先から声をかけるが、進む先は玄関ではなく、家の南に面した部屋とつながる開けっ放しの縁台。勝手に腰掛けたころには奥から家の人が顔を出す。なぜか縁台に続く広間にはお茶と茶菓子が常設・・・しばらく続く取り止めのない世間話に夕焼けが彩りを添える。

ここでも垣根は境界線ではなく、広い庭先と縁台は準コモンエリア・・・縁台に座るは何かの縁。侵入者が近所の知人であれ、見ず知らずの行商人であれ、とりたてて風景は変わらない。

◆そして今・・・鉄の扉で遮蔽された時代に

その同じ国で時は流れて50年。都会は果てしなく広がるコンクリートのジャングル。マンションなどの集合住宅では競うようにセキュリティが厳しくなり、建物の入り口でまずブロック。やっと中に入ると玄関は鉄の扉で二重鍵。近所の子供が駆け込むといった雰囲気にはほど遠い。
企業のオフィスも同じ、やたらガードマンがいて、職種や職場によってはちょっと同僚と話をしようにもIDカードをかざさなければ開かない鉄の扉に何回もさえぎられる。だったらもうメールでいいかとなるのは自然の流れ。
ここまでして安全は高まったか・・・鉄の扉で遮断された密室の中と外で起こる犯罪はますます異常なものとなりつつあり、情報は扉を超えて漏洩しウィルスはノックもせずに侵入してくるのが実情。

建築の様式が人を変えるのか、人の気持ちが建築の形を求めるのか・・・無機質な街並や効率とセキュリティー第一の建物に呼応してすさんでいく心・・・

ですが少しは希望が見え始めている。マンションでは少しずつロビー空間のような準コモンエリアにもスペースを割き始め、オフィスでも大きな吹き抜けを取り囲むように段違いのフロアーを積み重ね、吹き抜けの向こうに隣の部門が見渡せるといった開放的な空間デザインも取り入れら始めている。

建物にも心にも、自者と他者の間にコモンエリアは必要・・・非武装中立地帯は立ち入ると双方から狙撃される危険地帯ではなく、双方が立ち入り、交わって安全な空間であってほしいですよね。

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b0050634_0154243.jpgあっ、そうそう・・・オフィス空間ではありませんが明日2/11、東京表参道の同潤会青山アパートを改造した表参道ヒルズがオープンするんですよね。
安藤忠雄さんの設計で、高い吹き抜けを取り囲むスパイラルスロープが特徴とか・・・吹き抜けっていうのは一種の屋内パルコですよね。地下を深くして高さを抑えるってのも安藤さんらしい。こうした建築や空間デザインが広がっていくことで少しずつでも人の心が変わっていくことにつながればなどと思うのは期待しすぎなんでしょうか。(2006.2.10)

ところで安藤忠雄さんについては他にも記事が・・・

# by c_mann3 | 2006-02-18 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)

     ・・・・ end ・・・・・・     


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これで、《ユングの裾野の風景》のコーナーは終了です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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# by c_mann3 | 2006-02-01 00:00 | ユングのすそ野の 風景 | Comments(0)