◆ローマ街道をも思わせる、日本の古代の道

【2016.8.28記】 飛鳥時代の昔、奈良盆地の中を三本のとんでもない幅の官道が、並行して一直線に縦貫していたとの話に接して仰天。それ以来古代の道路の本を漁るようになった中で出会った幾つかを以下に・・・

◆道が語る日本古代史/◆古代道路の謎 H28/8読

まずは「道が語る日本古代史」朝日新聞出版2012年刊の「道が語る日本古代史」と、「古代道路の謎」祥伝社新書2013年刊の「古代道路の謎-奈良時代の巨大国家プロジェクト-」。
いずれも近江俊秀さんの著作なのですが、この本では古墳時代から始まり10世紀後半までの古代官道の変遷が、官道にまつわる時代背景と共に生き生きと描かれています。

まず話を聞いて仰天していた奈良盆地の三本の直線官道は奈良だけではなかった。推古天皇の時代には、大和だけではなく河内平野にも縦横に何本もの直線官道が走り、難波や住吉の港と飛鳥の宮を繋いで威容を誇り、その道は隋からの使者を迎えても恥じることのない(ことを目指した)道でもあったとのこと。
しかしこの官道は日本の官道の序章に過ぎず、国中に律令制度が浸透する天武天皇の時代にはその官道が国中に張り巡らされることに。律令国家体制では列島を五畿七道と称して都のある畿内を除く列島を七つの道と称する行政区画に分け、都を起点に各道に至る官道を総延長6千kmに渡って張り巡らせたとのこと。しかもその道は格の高い所では幅12m、ひたすら直線であることを旨として張り巡らされ16kmごとに駅舎を設けた壮大なもの。

ところがこの官道はやがて中央集権貫徹の時代から少しずつ地方へと権力が分散していく時代の変遷に呼応するかのように、まずは8世紀の後半に道幅が縮小されて整備がしやすく使い勝手の良いルートへと変更され、10世紀後半には更に幅の縮小されて直線性も失われいわゆる生活道路へと埋没していくことに・・・
そうして埋もれ文献の中に痕跡を残すのみとなっていたこれらの古代官道が現代の1960年頃になってあちらこちらからで遺構として発見されはじめたことをきっかけに、発掘と歴史地理学的な研究が両輪となって今その全容が浮かび上がってきたのだと・・・読み進めるうちに、従来の古代史とはまた趣の異なる切り口で古代日本の心意気が浮かび上がってくる感動的な著作です。

◆道路の日本史/◆完全踏査古代の道 H28/8読

続いて「道路の日本史-古代道路から高速道路へ-」武部健一著、2015年刊の中公新書2321。この本も日本の古代官道に関する話なのですが、著者が日本道路公団で高速道路の計画・建設に心血を注いでこられた方で、前掲の近江さんの本とはまた違った切り口となっています。

五畿七道の全国に張り巡らされた日本の古代官道をローマ街道や中国の古代の官道と並べて位置づけるところから話は始まり、五畿七道の時代から、江戸期の道、鉄道に追いやられた明治期の道、そして列島改造論で始まった現代の全国の高速道路網に至る日本の道の国策、設計思想、使用技術の変遷が展望されていて壮大な構成の本となっています。
著者は全国の五畿七道時代の駅路の痕跡をくまなく踏査されているのですが、調べれば調べる程、このひたすら直線を旨として全国を繋いでいった古代の官道が、現代の高速道路網のルートと重なり、駅舎の位置も現代のインターチェンジの位置に酷似していて、しかもその総延長までが(北海道を除くと)6千kmと酷似しているとのこと。

古代の官道は紆余曲折を経て10世紀の末頃には一旦やせ細り曲がりくねって埋没の憂き目にあっていたのですが、期せずして現代の列島高速道路網として甦ってきたということなのでしょうか。
なお著者が全国の五畿七道の駅路を踏査した記録は別途、武部健一著「完全踏査古代の道」、2004年吉川弘文館刊の上下2冊として出版されており、これも読みごたえのある重厚な本となっています。

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# by C_MANN3 | 2016-05-08 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇平城京、そして飛鳥・・・

【2016.8月記】 古代の平城京、そして飛鳥を描いた二冊の本です。

◆古代都市平城京の世界 H28/8読

舘野和己著、山川出版社、2001年の刊。著者は長年奈良国立文化財研究所で平城宮跡の発掘に携わって来られた方。その方の二日間に渡る講義を拝聴する機会があって手にした本なのですが…

この本では発掘に基づく都の骨格と、そこの長屋王邸宅跡から出土した3万5千点にもおよぶ木簡文書や各種の文献資料を基に平城京のいきいきとした姿を復元してくれています。両側に側溝を持つ幅74mの朱雀通りが中央を貫き、その両側に位階の順に臣下、官吏の屋敷が並ぶ。物流のターミナルとしては左右2ヶ所に市をもちそこには人工の運河がつながっている。
規模としてはひとつ前の藤原京よりも一段と広大で、完全な条坊制の骨格を持ち宮殿の配置もさらに長安のそれに近づいていることが窺えますが、本書では更に官吏の日常勤務の様子、東西の市で賑わう物資の流通の様子、税や献納としてとして全国から集まる物資や労働者の様子も描かれていて・・・まさに律令体制国家の要として国家の威信をかけて造営、運用されていた平城京の様子が目に浮かぶようです。

ただ10万人とも20万人とも推定される人口を抱えるが故に既に今と同じ都市問題にも悩まされていたようで、その中でも最大の問題点が衛生面。何度となく疫病の蔓延に悩まされ、それが政情の不安も巻き起こし、最後は帰っては来るものの途中何回かのプチ遷宮や騒動もあったりと・・・あおによし奈良の都もそれなりに大変ではあったようです。
ともあれこの本、各ページの欄外の注釈も程よく親切で予備知識が乏しくても楽しめて奈良時代そのものの理解にも役立つありがたい一冊でした。


◆古代飛鳥を歩く H28/6読

千田稔著、中公新書2371、2016年の刊。仏教伝来を始め大陸の文化文明が押し寄せる中、政変を繰り返しながらも日本の形が整いつつあった時代の飛鳥、天皇が代を変える度に宮を遷しはするが飛鳥を大きく外れることはなく、やがてそれを集大成するかのように藤原宮を造営するに至った飛鳥の時代。
この本はその日本の原風景ともいえる飛鳥の地への想いをエッセイ風にまとめてくれています。場所や事変の折々を題材に76の章立てで構成されていて、各章はカラーの写真1枚を含んで2ページで完結の簡潔な構成となっており、読み進めるうちに事変や天皇名が箇条書きされただけの歴史の教科書ではつかみにくいこの時代の風景が浮かび上がってきそうな一冊です。

著者曰く。外国の文化文明を吸収し日本を形作っていく様子は、明治を含めた近代によく似た姿ではあるが、和魂洋才と称してその背景としての精神性の導入までには至らなかった近代に比して、飛鳥の時代には目に見える文化文明だけでなくその背後にある心(一つには仏教)をも吸収し、それを為政の徳や生きる指針としようとした日本人の真摯な姿が見て取れると・・・一見、飛鳥散策のガイドブックのように見えて、実は味わい深い一冊です。
# by C_MANN3 | 2016-05-06 00:00 | Comments(0)

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# by C_MANN3 | 2016-05-01 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆通りすぎて行ったプーチン

【2016.12.16】 山口、東京と二日間の日程を終え最後は講道館で締めくくったプーチンは満面の笑みを浮かべて去って行きました。その後は息をつく暇もなく額に汗しながら「一定の成果はあった」と各テレビ局を説明に駆け巡る安倍首相の姿が印象的ではありました。

80項目3000億円に上る経済協力が合意されましたが、期待していた北方四島の返還に関しては一歩も前進できないままの結果となりました。
ただもともと島の返還はそう簡単な話ではなかったはず。国際世論の反対をものともせずクリミアを強引に併合し、シリアのアサド政権にも過激な肩入れする背景の一つは、それぞれにある(ひとつは黒海に、もう一つは地中海に面した)海軍基地の現状維持確保にあるとも言われる中、太平洋に出ようとするウラジオストックの海軍基地の前方をふさぎかねない島の返還には、たとえ二島といえどもOKするつもりはないということなのかもしれません。

歴史にifは無いのかもしれませんが物は考えようで、もしゴルバチョフかエリツィンの時代にたとえ二島でも返還を受けていたとしたら、その後国威を回復したロシアは今頃は、強気で東シナ海に勝手な線引きをする中国と同じように北方四島の付近に勝手な線引きをして日本に迫ってきているかもしれない・・・そう思うとそんな緊迫した事態よりは1mmも動かないほどに静まり返った今の四島の方がまだしもましではないかと考えることもできます。

ただ北方四島では墓参の自由と拡大のめどが立ち、しかも二島ではなく四島を対象にした「特別な制度のもと」での経済協力の協議を開始するということになったことは大きな前進かもしれません。
筋を通せば制度設計が山に乗り上げる懸念はありますが、とにもかくにも折り合いさえつけばまずは進出する。それは別項の80項目のプロジェクトも同じなのですが、とにかく機会さえ整えば進出する。そしてそこでじっくりと地元と共栄できる企業城下町を作る。中ロの国境線問題を解決した中国がその後一挙にシベリアに進出はしたがほとんど地元への利益還元が無い強引な経営で顰蹙を買っているとの話をよく聞きますが、日本ならそういうことにはならない。
資本と技術を持ち込み地元密着で事業を定着させていくなら、領土は増えないが日本の経済領域は拡大する。それが地元で愛されるものであるならば共存生活空間の拡大にもつながる・・・今回の2日間の会談がそうした未来につながることを願いたいですよね。 

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# by C_MANN3 | 2016-04-26 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆甦れ、わがロシアよ

【2015.12.20載】 ゴルバチョフの時代となりソ連邦の崩壊を予感したソルジェニーツィンが亡命先の米国で、新たなロシアへの提言書「ロシアをどう構築するか」を発表したとの話は、この数個下の記事でも話題にしていたのですが・・・実はそれが発表と同じ年に邦訳されていたことを知り、今頃になって読むことに。

題して「甦れ、わがロシアよ-私なりの改革への提言-」、日本放送協会出版、1990刊。2011年のテレビ放映ではタイトルが「ロシアをどう構築するか」と紹介されていたのですが(これがロシア語の原題に近い)、訳者の木村浩さんがソルジェニーツィンの篤い思いをより鮮明にすべく意訳したとのこと。

この本では“緊急を要すること”と“その先のこと”に大別して、新たなロシアの地勢的な輪郭、拠り所とすべき魂(つまりは宗教的基盤への回帰)、国家の形態、選挙や権力の在り方、民主主義や資本主義経済導入への注意事項等々と、驚くほど広範囲で網羅的な提言がなされています。
そうした中で興味を引いたのが・・・連邦は覇権主義の勢力維持からは決別し、バルト三国、外コーカサスの三共和国、中央アジアの四共和国等を切り離し、同じ魂の響き会うかつてのルーシー国(旧ロシア、ベラルーシ、ウクライナ)の輪郭に戻って再出発すべきだとの提言。
ルーシー国についてはこのコーナーに別掲の “物語ウクライナの歴史” を合わせてご参照ください。
結果はまさしくここに上げられた各共和国がこぞって分離独立したのですが、勢い余ってベラルーシ、ウクライナまでもが分離独立することに。ただこの本ではこの両国についても“切り離すこともできないが、混ぜ合わせることもできない”地域であり、“もしウクライナが独立したいというならそれを押さえることは誰にもできない”といった記載もあり、ソルジェニーツィンはそうした事態をも予感していたのかもしれません。

ともあれ、この提言は1990年、有力全国紙二紙の付録文書として発行され、なんと2650万部が配布されたとのこと。提言の全てが実現したわけではないとしても、まさしく歴史に残る貴重な文書であることには違いありません。

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# by C_MANN3 | 2016-04-24 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ソ連邦崩壊前後の経済政策・・・

【2015.12.20】 ソ連邦崩壊前後の経済政策についての資料を探していて、内閣府のサイトで発見したのが下記リンクのレポートなのですが・・・
   http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis163/e_dis163.pdf#page=1

「ロシアの構造改革-ゴルバチョフのペレストロイカから20年(1986〜2006)-」と題していて、ゴルバチョフからエリツィン、プーチンに至る激動のソ連邦そして新生ロシアの経済面での推移が程よいページ数で見事にまとまっています。で、どんな方がお書きになったのかと見てみると著者は井本沙織さん、そしてなんとこの方は実はロシア人。1991年、研修生として中央大学に来られ、その後帰化してそのまま日本でエコノミストとして大和総研等でご活躍されている人とのこと。益々興味津々、さらに調べると単行本もお書きになっているとのことで手にしたのが以下の本。

▼題して「ロシア人しか知らない本当のロシア」

井本沙織著、日経プレミアシリーズ、2008年の刊。この本では旧ソ連邦の時代から現代に至るまでの街の状況、人々の生活が生き生きと描かれていて、上述のレポートと併せて読むと激動の時代と、それを乗り越えていったロシアの人たちの雰囲気が更によく伝わってきます。
またソ連邦がまだ豊かで輝いていた時代の著者の子供時代、お父さんが宇宙開発の研究者だったためになんとモスクワ近郊の閉鎖都市(言葉としては聞いていたのですが、この本を読むと物々しい感じではなく、ある種特別待遇都市だったのかも)で過ごした和やかな家庭生活等も描かれていて、なかなか読みごたえのある一冊でした。

▼で、本題のソ連邦崩壊前後の経済政策とは・・・

1980年代末から1990年代にかけてロシアで実施された経済改革の推移をかいつまんで纏めると概ね以下のようなことに・・・
実はこの小文、放送大学講義「ロシアの政治と外交」受講時のレポートとしてまとめたもの。800字の字数制限があったため、内容だけでなく文体、文章まで“息苦しい”ものになっていますがご容赦のほどを。
経済成長率の鈍化、輸出資源価格の低迷等で従来通りの国民へのサービス提供が困難になり始めた状況を背景に、ゴルバチョフは経済改革に着手した。まずは1987年「国営企業法」により部分的に市場経済を導入することで経済の活性化を図ったが、効果は出ず物価の上昇を招くこととなった。続いて1990年には「500日計画」を構想したが実施されることなくソ連邦は崩壊した。

その後ロシア連邦を率いたエリツィンは1992年①小売り、卸価格の自由化、②外国との貿易、外貨交換の自由化、③国有企業の私有化を実施した。
結果として①はハイパーインフレを招き、②では国外の消費財が街に溢れはしたが、ルーブルの下落や国内製品への打撃をもたらした。③の国有企業の民有化はまず中小規模の企業から開始され、国民一人当たり一万ルーブルの民営化小切手を配布し公平な株式配布を狙ったが、大半の国民は小切手を生活費の足しにと換金してしまい、結果として一部の富裕層への譲渡となってしまった。続く大企業の民営化では競売方式、政府借金の担保としての企業権益引渡し等の方式が取られたため、さらに極端に一部の有力者や銀行への譲渡となり、価格も破格であったため不公平感が増大した。また民営化された企業の無秩序な経営は倒産や失業者を生んだ。

他方国家財政は困窮のままであり、サービスの価格上昇や縮小が低所得者層を圧迫した。さらには地方への交付金が減少したことで都市と地方の格差を生み、困窮者の都市への移住が発生した。また旧ソ連邦構成諸国からも生活困窮者が都市へと流れ込み、こちらはエスニック問題を引き起こした。

こうして極端な富裕層が生まれる一方で広がる生活困窮層、ストライキの頻発、犯罪率の増加等の混乱は1995年頃を頂点に1990年代の後半まで続き、1998年の通貨危機がその止めを刺した。
ただその翌年始まった石油価格の急上昇と、2000年に登場するプーチンの強力な政策で、経済は急速に回復することになる。

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# by C_MANN3 | 2016-04-22 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆美しすぎる・・・クリミアの検事総長

【2014.3.28記】 欧米による要人の資産凍結もG8外しも取り立てて効果はなく、クリミア駐在のウクライナ軍も事を荒立てずに撤退・・・どうやらクリミアはこのまま落ち着いてしまいそうな雲行きですね。

そんな中でまるでアニメの美少女戦士がこの世に抜け出てきたような“美しすぎるクリミアの検事総長”がネット上で話題沸騰とのこと。しかもその炎上が日本発で、You Tubeへのアクセスが殺到するだけでなく似顔絵アニメがネット上にあふれかえり、その萌えようが英国やロシアでニュースになりますますエスカレートしているようです。さすがノンポリ、アニメ大国日本の面目躍如といったところでしょうか。

    https://www.youtube.com/watch?v=AwVTfe6vpOk

    https://www.youtube.com/watch?v=pXYyILIrSV8

この話題の主、ナタリア・ポクロンスカヤは34歳、離婚していて子供が一人とのことですがとてもそうは見えず、確かにキュートです。きりりとした制服姿で、時にはため息をついたり戸惑ったりしながらも真正面から長時間の記者会見をこなす姿には、心地よいロシア語の響きと相まって思わず見入ってしまいます。

▼思わず見入ってしまうと言えば・・・小保方さんのニュース映像にも

ほんの数か月前、日本でもSTAP細胞を発見したと、割烹着姿でやや寄り目がちに試料を覗きこみ実験に没頭する小保方さんの表情が繰り返し繰り返し放映されていました。私なども意表を突く研究室風景や発見に至る経過の話に思わず感動してしまっていたのですが・・・
その後はとんでもないコピペ疑惑が持ち上がり、ついでに何と“割烹着姿は実は1か月前から急遽編み出された演出だった”などという話まで飛び出す始末。ちょっとお気の毒な感じもしますが小保方さんの人気は一瞬のうたかたで終わり、もしかしたらと期待されていた近い将来のノーベル賞への期待もなくなりました。

そんな想いを重ねながら“美しすぎるクリミアの検事総長”のYou Tube に見入っていると・・・もしかしたらこれも誰かの演出?と思ったりしないでもない。
でもこちらは本物なのだとすると小保方さんのノーベル賞期待とは異なり、あと何年かすると“美しすぎるクリミアの首相”に変身したりすることもあり得るんじゃないかなどと妙な妄想を持ってしまいます。なにしろ袂を分かったウクライナのティモシェンコ(元)首相もかつてはキュート系の超美人でしたからね・・・


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# by C_MANN3 | 2016-04-20 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ロシア、クリミアを編入・・・そしてユーラシア主義

【2014.3.19記】 米国やEUの非難、制裁決議の中、ロシアがまさかのクリミア編入に突入しました。

強い軍事的威圧の中とはいえ、クリミア自治共和国内限定の国民投票、クリミアの共和国としての独立宣言、それを受けてのロシアの国家承認と編入への手続き開始・・・ことは一挙に、白昼堂々と、しかもほとんど流血も伴わず進んでしまいました。

米国やEUは制裁強化を進めようとはしていますが足並みはそろわず、ロシアがウクライナ本体への侵攻でもしない限り、ことはこのまま既成事実となってしまいそうです。

時代はもう21世紀だというのに、今もなお、こんなことが起こり得るんですね。“圧倒的な強い力と強い意志”が機を見て動けばこれからもこんなことは起こり得る・・・

クリミアでもモスクワでも国民が沸きかえる中、プーチンは“クリミア住民とロシア国民の強い支持に応えた”と高らかに宣言。

ただ、“民族の民意に応える”という言葉は気高いですが…それはロシアに回帰する場合にのみであり、チェチェンのように離反しようとする民意には容赦なく厳しい。そうした矛盾を平然と抱えて突き進む限り、まだまだいろんなことが起こりそうですよね。

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【2014.4.9追記】・・・「ユーラシア主義とは何か」・・・

 
クリミアのニュースが下火になったのでこれで小康状態かと思ったら、ウクライナ東部が騒然としてきました。
そんな中、「読むなら今でしょ」と、以前から気になっていながら手つかずだった一冊の本を読み始めています。

題して「ユーラシア主義とは何か」、浜由樹子著、成文社で2010年の刊。
ユーラシア主義とは1920年代、ヨーロッパ由来の共産主義により樹立したソビエト政権を逃れてロシアからヨーロッパに亡命した知識人たちの間で沸き起こったムーブメントなのですが、その主題は“ロシアはヨーロッパなのかアジアなのか”、広大な版図と多民族で構成されるがゆえに“多様性と一体性”が望まれる本来のロシアは、何をよりどころに、何を目指して、どうふるまうべきなのかが篤い争点に。

だがその運動は祖国の大勢に影響を及ぼすことも無く、やがて第二次大戦への突入でいったんは消滅していたのですが、ソ連邦の崩壊で再び自問自答せざるを得ない時代になったのだと・・・


以下はそんな本を眺めながら思うたわごとですが・・・

ゴルバチョフの意向を越えて一挙に崩壊したソ連邦、歯止めになるはずだったCISも機能しないまま雪崩を打つようにヨーロッパになびいて行く連邦構成諸国を、只々見送るしかなかったロシア。以来20年余を経て国力を取り戻したロシアが今うごめき始めている。

b0050634_14313831.jpg大国の強引な覇権主義のようにも見えるが、プーチンの胸中にうごめくものはそれだけでもない、ユーラシア主義の自問自答から生まれる新たな精神的支柱を持ったロシアの再構築なのかもしれません。
ですがユーラシア主義の命題の一つ“民族の多様性(の尊重)と一体性(の確保)”は本来矛盾も抱え込んでいる概念。ひとつには多民族の精神的支柱であったいろんな宗教を一旦カッコでくくり、“新たな新興宗教であった共産主義”を押し付けることでソ連邦は成り立っていた面があるが、それが崩壊した今、その新たな精神的な支柱としてロシア正教色を強めるならイスラム色の強い地域との軋轢が強まるのは自然なこと。そして何より多様性は尊重はするが離反は許せないとなると軋轢はさらに強まる。

そして一方のヨーロッパも次々と増えるEU加盟申請国を前に抱え込む経済格差だけでなく、さらにはトルコのようなイスラム圏の国迄もが加入するとなると・・・“ヨーロッパとは何か”を考えざるを得ない状況にあり、ここでも命題は域内の“民族の多様性(の尊重)と一体性(の確保)”、そしてそれをなしうる限界はということになりそうです。

“民族の多様性(の尊重)と一体性(の確保)”・・・そういえばそれは中国にも当てはまる悩みのはず。21世紀は同じ悩みを背後に抱えながら同病相哀れむはずの勢力圏同士が角を突き合わせる、奇妙な世紀なのかもしれません。

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# by c_mann3 | 2016-04-18 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇ソルジェニーツィン・・・

数十年も前に「収容所群島」や「煉獄にて」を読み感動して以来、気にはなっていたもののその後は時々新聞の片隅で紹介される消息に目を通す程度でした。
そんな中、先日NHKの特集「ソルジェニーツィンと大統領たち」を見て、ソ連邦が崩壊した後のロシアでもますます重要な役割を果たしておられたことを知りました。

1974年に国外に追放され、その10年後に本国ではペレストロイカを掲げたゴルバチョフが登場し、それまで発禁処分を受けていた「収容所群島」も解禁に。
そうした流れに連邦崩壊を予感したソルジェニーツィンはその後に続くロシアの姿を「ロシアをどう構築するか」といった著作に取りまとめたとのこと。

西側に亡命しその体制を知るソルジェニーツィンは、本の中で西側の自由市場経済、資本主義をそのまま導入すればロシアはあっという間に一握りの人たちに富が集中し、資源は外国に持ち去られ植民地化すると危惧・・・
ロシアは国家より国民の幸福を目指し、強い中央政府と農村共同体的な地方自治で緩やかに変化していくべきだと。そしてなんとそこには70~80年代の日本の姿がモデルのひとつとしてあったとの話も・・・
▼2015/12/10追記: 実はこの提言書が邦訳されていたことを知り、今頃になって読むことに。 で、その話をこちらに掲載しました。
そして訪れたソ連邦の崩壊。無邪気なエリツィンの登場でロシアは市場主義、資本主義の体制に突入し、一挙に危惧した予感通りの国情に。
そのさなかの1994年に帰国し、祖国の惨状を目の当たりにしたソルジェニーツィンはエリツィンと会談したが話は全くかみ合わずやがて経済は崩壊。IMFの介入を受け入れたことで状況は更にひどいことに。

ついにお手上げとなったエリツィンの体躯と形相には似合わない涙ながらの引退会見の後、さっそうと登場したのがプーチン。
そしてプーチンはソルジェニーチンを訪ね二人の会談では互いが満足の意気投合。その後プーチンは財閥の解体、資源権益のロシアへの奪還、ロシア正教への肩入れと矢継ぎ早にロシア復権への道を突き進むことになるんですよね。

ソルジェニーツィンが望んだ“国より国民の幸福、農村共同体的な自治”とは趣が異なるにしても、少なくともロシアの誇りはかなりの程度まで取り戻しつつある。

そして2008年ついに没。ですがかつての発禁本「収容所群島」は今や学校の教材となりその思いのいくばくかは若い世代に引き継がれていく。願わくば今後も折に触れて思い起こされる“ロシアの守護神”であり続けてほしいですよね。(2011.8.25)


◆(2012.3.5追記)・・・プーチン、再び大統領に

ここしばらく人気の凋落、反対デモの頻発と、帰趨が取りざたされていたプーチンが、64%を超える得票で大統領に選出されました。憲法を改定してまでの返り咲きに懸念する声もあるが・・・連邦崩壊後の混乱から何がしかの秩序と誇りを取り戻せたのはプーチンの剛腕があったればこそ。更なる自由や民主化を求める反対勢力の台頭もプーチンがもたらした繁栄の結果といった感もなくもない。向こう6年となるか12年となるか・・・ロシアにとって剛腕が不要となる日まではプーチン政権は続くのかもしれません。

そんな風景を、多少の剛腕は必要な国難の時代にあっても剛腕には程遠い政権トップが次々と自滅していく国から見ていると、ちょっとうらやましい感じもします。

それにしてもプーチンには似合いそうにもない涙を浮かべての勝利宣言でした。涙ながらの引退宣言をしたエリツィンも意外でしたが、ロシアの大統領は涙がお好き、それほど篤いということなのかもしれません。
# by C_MANN3 | 2016-04-16 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇ ロシアの論理・・・

混迷が続く世界経済の中で中国と並んでますます存在感を高めてはいるが、何かと強引な動きが多く理解しがたい国といった印象のあるロシア・・・そんなロシアを理解するための好著が出ています。

題して「ロシアの論理」。武田 善憲著、中公新書2068。
副題が“復活した大国は何を目指すか”とあるのですが、現役の外交官である著者が“旧来のクレムノロジー的なアプローチでは現在のロシアの行動は読めない”と、独自の分析でロシアの行動の背後にあるものを紐解いてくれていて、読みやすい一冊となっています。

ウクライナやベラルーシへのガス供給制限、サハリンⅡへの横槍、グルジア進攻、北方領土への突然の訪問・・・どうしても強引で何をしでかすか読めない国といった感情的な理解に走ってしまうが、感情を捨て、善意も悪意も持たずに表に出た情報を淡々とつなぎ合わせていくとロシアの目指すものと達成への行動原理が浮かび上がってくると。

それは・・・
・1990年代の急激な市場経済化の中で二束三文で西欧に売り渡されていた資源権益をひとつずつ国営企業の手に取り戻し、徹底した国家管理で最大限の利益を確保し、
・それにより医療、教育、潤沢な消費財の確保といった形で国民の生活基盤を向上させ、
・西欧流の資本主義的繁栄と、ロシヤ正教を軸にしたスラブ主義的なロシアの誇りの双方を達成するというもの。

b0050634_215329.jpgしかもこれを達成するための行動には独自のルールが貫徹されている。それは最初は明文化されていないところからの手探りで始まったが、アクションと成果をもとにひとつずつ明文化されたルールとなりつつある。

ロシアのあるべき姿を二十年スパンで推進するプーチン、メドベージェフのぶれない政策実行の姿が窺えるが、これはいつも次の総選挙と支援団体の意向を気にしてふらつき長期的な施策が取れない身近な国家とは対極にある姿であり、西欧的な民主主義や市場主義のルールで良いとか悪いとか論評しても致し方のない世界でもあると。

で、そんな国との付き合いは感情を廃し互いにメリットのある実利を積み上げていくしかないとのことなのですが・・・(2010.11.27)
# by C_MANN3 | 2016-04-14 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

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# by C_MANN3 | 2016-04-01 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇中東から世界が崩れる・・・

◆中東から世界が崩れる H29/1読

高橋和夫著、NHK出版新書490、2016年の刊。物騒な題名ですが、「イスラム国の野望」に続く高橋教授の近著。この本では今まさに混迷のさなかにある中東の全容が解りやすく解説されています。

国によって宗派も民族も政治体制も異なる中東ですが、まずは序章でその歴史を紐解きつつ、宗派の区分やアラブ人とペルシャ人の違いが解説される中で、イスラムは本来は異教徒に寛容なはずであり、紛争の本質は宗派対立ではなく、利権争いなのだと。
続いて各国の話に入ると、なんとまともな国民国家の体をなしているのは千年を超える歴史を持つイラン、トルコそしてエジプトのみであり、この三つの国は強い民族意識と自負心を持っている。だがそれ以外の国々はサイクス・ピコ協定に端を発して勝手な線引きをされた結果として生まれた国であり、無秩序に詰め込まれた民族や宗派を独裁強権で抑えこむか、ばらまき行政で形を取り繕うしかない“国家もどき”なのだと。

石油資源による潤沢な経済力とメッカを抱えている地の利で、周りからは一目置かれているかに見えるサウジアラビアでさえ、石油価格の低迷でばらまき行政が成り立たなくなると国民との暗黙の契約は維持できなくなる。その上にイランの影におびえて金のかかる武力にでも訴えるようなことがあれば疑似国家サウジは一挙に崩壊しかねない。

中東は新たな列強の時代に入っている。域内の勢力としては対外的な動き強めつつあるイラン、トルコ、それに今は鳴りを潜めているがエジプト、そして特殊な位置にいるクルドとイスラエル。他方それを取り囲む域外勢力としてはやる気を失ったアメリカ、距離を置くヨーロッパ、それに入れ替わってに勢力を伸ばすロシア、中国。
そうした列強のはざまでアフガニスタン、イラク、シリア、イエメンといった“もどき国家”では内包する宗派・民族間の内紛に乗じて息を吹き返すターリバンや台頭するISに踏み荒され、正に国境線が溶け始めている。
固まってくるものと溶けていくもの・・・もしかしたら中東のいくつかの国は崩壊と再編の末、植民地支配以前の時代に戻り混沌とした諸部族の時代に帰るかもしれない。となるとそうした国では伝統社会の在り方を良しとするのも一法かもしれないとも。

この本ではそうした中東の揺れ動く現況と未来への予感を、各国の国民や民族、宗派の感情の機微にも触れながら解説してくれている有難い一冊です。ところでそんな中で日本は善意の基盤を守り抜く事が肝要だと著者は仰っているのですが・・・
# by C_MANN3 | 2016-02-24 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ イスラム国の野望・・・

◆イスラム国の野望 H28/10読

高橋和夫著、幻冬舎、2015年の刊。著者は中東で何か事が起こると決まってコメンテイターとしてテレビに現れる放送大学の教授。その教授による「イスラム国の野望」と題した講演会を拝聴したことをきっかけに、同じタイトルのこの本にも目を通すことに・・・

この本では残虐極まりない人質の殺戮で恐怖心をあおる一方で、巧妙なネットメディアによるプロパガンダで広範囲な諸国から妄信的な若者を引き寄せ、ついにはシリア、イラクの両国にまたがる領域を支配するに至っているイスラム国(IS)が、実に分かりやすく解説されていきます。

その母体は米軍が引き上げ一挙に不安定化したイラクで排除されたスンニ派で、かつてフセインを支えたバース党の官僚や軍人の面々。従って単なる過激派集団ではなく緻密な官僚機構を持ち、軍隊は最新兵器を扱う錬度も高い。あちらこちらの富豪からの寄付、石油資源、身代金、支配地域からの徴税と資金源も豊富なのが特徴。
それを率いるバグダディはカリフの象徴である黒いターバンをまとい、7世紀のムハンマドの世界を理想として、なりふり構わぬ戦闘とイメージ戦略ですべてのイスラム世界の支配を目指して国家を宣言するに至っている・・・

それを殲滅すべく周辺国やEU、ロシア、米国は躍起になってはいるがそれぞれに思惑や事情があり、その真剣さには温度差がある。
例えばアラブの春の流れを自国民に銃を向けることで止めてしまった独裁政権のシリアは、取って代られると世界がほっとして認めそうな国内の穏健勢力を潰すことに忙しく、自国を1/3も支配されているのにイスラム国つぶしには熱心ではない。むしろまず自国の穏健勢力を殲滅することで“アサド政権が崩壊するとシリアはイスラム国になってしまいますよ”と各国を脅迫できる構図を望んでいるかのようでさえあると。

ところがイスラム国をたたく手前に立ちはだかるシリア独裁政権への思惑もまた国により異なり、たぶんもうしばらくはイスラム国は壊滅しそうにない。そんな中で、イスラム国の支配地域と直接対峙するクルド人勢力が奮戦しており、高橋教授はクルド人の動きに注目したいと・・・

クルド人はシリア、イラク、トルコ、イランに分断されて暮らし、国家を持てない民族としては最大の人口を有する人たち。
実は私もこのイスラム国が殲滅した跡地には、奮戦の成果として念願のクルド人国家ができるなんてことは無いものだろうか(それが無理ならたとえ国境を挟んだ自治領連合国であってもと・・・)、もとはと言えばサイクス・ピコ協定で分断された民族なのだから、百年の苦難を強いた今、仏・英・ロは罪滅ぼしとしてクルド人国家の樹立に協力してもいいんじゃないか・・・などと夢想しているのですが・・・

ともあれ、日頃断片的に流れるニュースだけでは良く理解できない中東、そしてイスラム国の実情が多少なりとも理解できたような気がする有難い講演と一冊の本でした。
# by C_MANN3 | 2016-02-22 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆叡智の源、地中海世界ふたたび・・・

[2011.2.13掲載] 別掲の記事でも触れているように、 ユング著「錬金術と無意識の心理学」やフォン・フランツの「ユング思想と錬金術」を拾い読みしていると、ユングの共時性や錬金術といった概念が遠く古代の地中海世界にまで遡る叡智の流れであることがうかがえます。

天文学、錬金術、グノーシス・・・古代地中海世界のギリシャやエジプトに端を発したこれらの叡智がイスラム世界を経て中世のヨーロッパに伝わり、そこでルネッサンスとも大きく関わったのち、ユングの世界に流れ込んでいる。


その叡智の源、地中海世界が今、大きく揺らいでいます。

チュニジアに端を発した民衆の蜂起は遂にエジプトの大統領を辞任に追い込みました。
首都カイロのタハリール広場に集まった群衆の雰囲気は大統領の辞任で一変、険悪で一触即発だった群衆が、子供連れが目立つ歓喜の群衆に・・・
なんか、ベルリンの壁崩壊前後を思わせる風景です。そしてその火の手は中近東にも広がろうとしています。ほんとうにドミノ現象は起こるのかも知れない…

そんな中で先日、とあるテレビ番組では姜尚中(カン サンジュン)さんがこの火の手はさらに中央アジアまで広がり広大なイスラム圏全域が生まれ変わる可能性すらあると・・・そしてそうなったとしてもどの民族も叡智に富み、歴史と誇りを持った民族であり単純にイスラム過激派が席巻することにはならないだろうとも。

数千年の時を経て再びよみがえる気配の地中海、中近東、中央アジア。壮大な歴史のうねりを感じさせてくれます。

ですが、壁崩壊後の東欧がそうであったように、歓喜の後には混沌と困難がまっている。人も国家も民族も・・・変容のプロセスは容易ではないですよね。

変わらなければ未来がない、でも思うように進展しないと揺り戻しが起こる。変わりたい自分と変わりたくない自分、変わりたい勢力と変わりたくない勢力がせめぎ合う時代が10年、20年と続くこともある・・・(2011.2.13)
# by c_mann3 | 2016-02-20 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇ イランはこれから・・・

【2010.10.15載】 春日孝之さん著「イランはこれからどうなるのか」、新潮新書384・・・

長い歴史の中でアラブやトルコ、近年ではイギリスやロシアといった国々に何度となく蹂躙されながらも自身が古代ペルシャ帝国の末裔であるとの自負が根強いイラン。
イスラム教の中でも最も神秘性の強いシーア派12イマムを国教としていながらも、その奥にはすべての宗教の源流ともいわれるゾロアスター教の血を脈々と受け継いでいることが誇り。
自身をペルシャ語を話すアーリア人(白人)と位置づけ、一時は同じくアーリア人を自負するナチスドイツと手を組んだことさえあるイラン、そしてイラン人。

日ごろの言動からきわめて原理主義的な国民との印象を与えていながら、実は状況に応じて臨機応変に本音と建前を使い分ける現実主義…でも冷静な現実主義のようでいて面子にこだわり、犠牲を顧みず突っ張ることも。

今、核開発疑惑で攻め立てられているがむしろ疑惑をかけられること自体が存在感の表れと、弁明にはあまり熱心ではない。

長い歴史の中に何重にも重なった文化、自負、怨念、強がり・・・

暴言は吐くが繊細で自負心が強いイランの特質を著者は「つっぱり少年」に見立て、本当にぐれてしまわないようにするには周りの理解や付き合い方への配慮も必要だとも・・・

なんか、いく重もの思いが織り重なった国家の深層心理といったことを思わせる味わい深い一冊でした。(2010.10.15)
# by C_MANN3 | 2016-02-17 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆「ドバイの憂鬱」・・・

[2009.08.25掲載]砂漠の真中で世界一の高さを目指す高層ビル、ヤシの木が覆い茂るような形で海に向かって伸びる人工島。
テレビドキュメンタリーで繰り返し紹介されていたドバイの建設ラッシュは金融恐慌、石油価格の暴落で一体どうなったのか・・・と気になっていたのですが、格好のレポート本が出ています。

題して「ドバイの憂鬱」、宮田律著のPHP新書611。副題に“湾岸諸国経済の光と影”とあります。

さすがにドバイの“いくらなんでもやりすぎ”といったプロジェクトは延期、中止が出ているようですが、湾岸諸国全体でみると恐慌の影響は意外に軽微。
企業もプロジェクトも潤沢な資金をもてあます王族や首長の息のかかったものが多く、資金注入などはあっという間で信用不安の連鎖とは無縁。

しかもドバイの一部の建設投資以外は結構地道なインフラ投資が多い。
金融センター、大学センター、ショッピングモール、ハブ空港、一つ一つが新たなモジュール都市の建設であり、都市をつなぐ道路、鉄道、そこに集まる人への住宅とプロジェクトはめじろ押し。
しかも石油、ガス、アルミと言った資源の付加価値を上げる川中、川下産業を一挙に構築といったプロジェクトも多く、これらは多少の遅れはあっても粛々と進行し年率10%の経済成長を維持していきそうだとのこと。

公共事業の大半が“仕上がった後は無用”のばら撒きと言われるどこかの国と違って、公共事業がストレートに国家経済発展の必須基盤となる湾岸諸国(中国にも似た雰囲気が)ってすごいですよね。

タイトルには憂鬱とありますが・・・憂鬱はドバイの一部の一過性のもの、湾岸諸国全体はまさに“躁の時代”なのかもしれません。

ところで、国家の躁や鬱についてはこのコーナーの四つほど下にも“躁の時代、中国”と題した記事が・・・
# by c_mann3 | 2016-02-16 12:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆ムスリムの世界旅行記、二編・・・

【2016.4.20】 ムスリムにとってはメッカ巡礼にもあるように旅すること、そして旅する人をもてなすことに格別の意義を見出していたからなのでしょうか、時として途方もない旅に出て、その克明な記録が今となっては貴重な歴史遺産となっている・・・以下はその内の二つです。

◆ジャポンヤ --イブラヒムの明治日本探訪記-- H28/3読

アブデュルレシト・イブラヒム著、岩波書店、2013年刊。宮田律さんがfacebookで紹介されていたのを見て手にした本なのですが、帝政ロシアのタタール人ムスリム、アブデュルレシト・イブラヒムが明治日本に立ち寄った訪問記です。
ですがその旅程地図を見てびっくり、この本自体は明治日本への訪問記には違いないのですが、その旅程はなんとユーラシア大陸のほぼ2/3をカバーしていて、14世紀のムスリム、イブン・バットゥータの世界大旅行にも匹敵する壮大なもの。
日本滞在中は明治の要人との会談、いろんな学校や大学、団体への訪問とそこでの講演。感動の交流を重ねて一旦は帰国するのですが、やがて再来日し日本で最初のモスクのイマムも務めて日本で没。読んでいくと当時の日本の状況が生き生きと伝わってきます。

実は宮田さんが紹介されていたのは1991年の初版本だったのですが、私か手にしたのはたまたま2013年の増補版だったため、ロシアを出てシベリア経由で日本に至る途中のトルキスタンのタシュケント、サマルカンド、ブハラ、フェルガナといった地域の訪問記が章を設けて追加されていて、こちらも当時の中央アジアのムスリムの人たちの状況が窺えて貴重です。
勢力を拡大してきたロシアに虐げられながら未だ各地のムスリムが連携蜂起する気概も見せない中を歯がゆく思いながらたどり着いたのが日本。それだけに余計に西欧に屈することなく独自の精神性を維持しながら互角に渡り合おうとする日本人を目の当たりにして感動したようで、"イスラムの教えの中にある多くの賞賛すべき道徳が、日本人には自然に具わっている"とまで持ち上げています。もっとも晩年に再度日本を訪れた際には日本でも少なからず西欧かぶれの輩が目につきはじめていて心配といった話も・・・

それにしても中央アジアのムスリムの様子の詳細な記述を追っかけていると、それは今に尾を引くロシアの隣接国との複雑な関係につながる原風景ではないかと思ったりもさせてくれる味わい深い本でした。


◆イブン・バットゥータの世界大旅行  H28/4読

家島彦一著、平凡社新書199、2003年刊。上掲のアブデュルレシト・イブラヒムの旅行記で、それをイブン・バットゥータの大旅行にも匹敵などと書いた以上、これも読まねばと手にしたのですが、やはり壮大な旅行記でした。

時は14世紀。故郷であるジブラルタル海峡近くの街タンジールを出てまずはメッカに詣でるがその後アナトリアを突き抜け、クリミア半島からキブチャク平原、そしてインド、さらにその先のモルジブに渡り、一旦インドに戻って次は海路で中国に渡った後帰還する一周で25年、つづいてさらに5年をかけてサハラを越えてブラックアフリカの世界を一回りと、21歳で旅に出て都合30年に及ぶ一大旅行記です。
その特徴はイスラム圏だけでなく宗教の異なる異域世界をふんだんに含み、まさに広大なユーラシアの端から端までを踏破し、その過程が克明に記録されていることですが、そのルートについてはユニーク。
陸路にあっては安全確保のこともありキャラバン隊、巡礼隊、時には軍隊等に同行するためそれに合わせて目的地を変更したり、海路にあってはモンスーンの風が頼りのため、風の向きが変わるのを待つ間に予定外の周遊を挟んだかと思えば、時にははその季節の風次第で予定とは全く異なる方角を目指すといったこともありながらも、結果としてはユーラシア一周の旅となっているのがすごいところです。

この本の著者家島さんは「現地学」を旨として足跡をくまなくたどり、広範囲の図書館や古文書館に散らばる写本を集めては精査して、全8巻の完訳本をまとめられた方とのことで、この新書はその解説・要約版といった所でしょうか。地図と足跡を辿った写真が豊富でやたら出てくる聞きなれない地名を追っかけるのにはありがたい構成となっています。
ところでこの本では最初の1章として13~14世紀の地中海世界、インド洋世界、モンゴル帝国世界を含むヨーロッパ覇権以前の「前期的世界システム」としての広大なイスラム圏で展開されるディアスボラ(人間拡散)と経済ネットワークの様子が程よい文章量で解説されています。もちろん後に続く本題の大旅行を理解するためのご配慮なのでしょうが、この章だけを切り取っても一読の価値がある興味深い一章となっています。

⇒⇒新着記事渡り歩き⇒⇒

# by C_MANN3 | 2016-02-16 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

   ・・・“風にまかせて”はさらに続きます・・・

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風にまかせてのコーナーはさらに続きます。

次は“その他の国あれこれ”の話です⇒⇒

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# by C_MANN3 | 2016-02-01 00:15 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇物語 チェコの歴史

【2017/2月読】 題して「物語 チェコの歴史」、薩摩秀登著、中公新書1838、2006年の刊。

首都プラハの静かなたたずまいと共に、ルターよりも100年も早く宗教改革の嵐を巻き起こした国、どうやらキリル文字の原形を生み出したらしい国と歴史的にも興味をそそることの多い国ですが、この本ではその歴史を10個の物語でくっきりと浮かび上がらせてくれています。

9~10世紀の頃、この地にはモラヴィア国が隆盛を極め、東ローマ帝国に懇願し招請した修道士キュリロスが考案したグラゴル文字(これが後にブルガリアにわたってキリル文字となり、広くスラブ正教圏の国々に)で表わしたスラブの言葉で神に祈るキリスト教国を目指していたとか。だがマジャール人の進入を受け、対抗のために東フランク王国と手を組んだものの力及ばすチェコ、ハンガリー、ポーランドの三国に分裂。そのいずれもがラテン・カトリック圏となってしまい、独自の文字を使いスラブ語による典礼を行うキリスト教国へとの夢はついえることに。

b0050634_22411446.jpgそうして生まれたチェコ王国はカレル4世の時代に最盛期を迎えカレルはチェコ王冠諸邦の王、ドイツ王、神聖ローマ帝国皇帝を兼ね、首都プラハは中央ヨーロッパの要となる。ところでチェコの国名“チェコ王冠諸邦”というのは不思議な名称ですが、その心は国王の上に聖バーツラフの王冠を置き、国王もチェコを構成する諸邦の候と共に王冠を支えるということのよう。
同じくこの時代に設けられた制度が“選帝侯”。こちらは神聖ローマ帝国の皇帝がチェコ王を始めとする7名の国王により選定されるということのようであり、諸侯、諸国の主権を強く残したうえで(余計な戦争を避け大人の話し合いで)さらに大きな単位で纏まろうとするこうした制度は今の連邦共和国、EC等にもつながるヨーロッパの生活の知恵なのかもしれません。

ところでルターを先がけること100年の宗教改革の話は・・・1420年ごろプラハ大学の神学部を拠点にヤン・フスなる人物が贅を極める教会に異を唱えた神学論争がその発端。市民や諸侯にその支持が燃え広がり、フス自身は教会により処刑の憂き目にあうのですが、支持者の動きは収まらず何と15年にわたるフス戦争につながっていく。最終的にはカトリック教会のもとに収まってしまうのですが、この運動とフスの歴史は今もチェコの人々の誇りとして語り継がれることに。

ですがその後のチェコはハプスブルク家の率いるオーストリア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の構成国となり、やがてチェコスロバキアとしてソ連邦の影響下に組み込まれるといった激動の時代を経ながらも、その輝きは失われることなく現在のチェコに至る・・・
この本はそうした壮大なチェコの歴史を読みやすい新書版にまとめてくれた感動の一冊です。多少なりともこうした知識を仕込んだうえで訪れていたならば、以前足早に駆け巡りただただ景観に圧倒されるばかりであった中央ヨーロッパの観光旅行も、さらに味わい深かったのかもしれないと思うとちょっと残念です。
それにしてもヨーロッパ史に出てくる地名や人名はややこしい。“チェコ王冠諸邦”はラテン語式に“ボヘミア王冠諸邦”と称されることが多い。また“カレル”は仏語ではシャルル、独語でカール、チェコ語でカレル。よって神聖ローマ帝国の皇帝としてはカール四世と言われることが一般的ですがチェコ語ではカレル四世に。さらにこの四世は皇帝としてであり、チェコ王としてはカレル一世だとか。ついでにシャルルというのはカレルが少年期にパリの宮殿で育ったため、尊敬する育父シャルル王にあやかって名乗ったものとのこと。

# by C_MANN3 | 2016-01-22 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇物語 ウクライナの歴史

【H27/6月読】 題して「物語 ウクライナの歴史」、黒川祐次著、中公新書1655、2002年刊。クリミアをもぎ取られ、今も東部ではロシアとの確執が続いているウクライナ、それは一体どんな国なのかということで手にした本なのですが・・・

この国はかつてはロシア(モスクワ)、ベラルーシをも包含し広大な版図を有していたルーシ公国を源に持ち、首都キエフを中心に栄えたヨーロッパの大国であった。ところがその版図の北部のモスクワ公国がルーシ(つまりロシア)の名を持って独立し、さらにはベラルーシもルーシの名を持って独立・・・。で、残された地はやむなくキエフ・ルーシー国と呼ばれるようになり、その後はモンゴルに侵攻され、さらにはリトアニア・ポーランド、ロシア、オーストリア帝国、そしてソ連邦へと、(途中コサックの栄光の時代を挟みはするが)その時代時代に勢力を持った近隣の大国に飲み込まれ続けた。

だがそうして国としての輪郭を持てなかった時代にあっても常に、豊かな大地、資源、技術力を背景に重要な地であり続けてアイデンティティを保ってきたのがウクライナ。そして迎えたソ連邦崩壊で一挙にヨーロッパの大国として躍り出た今、芸術、科学技術、軍事技術等においてソ連邦の栄光と思われていたものが実はウクライナの業績であったというものも少なくない。
だからこそロシアとの関係はぎくしゃくするということなのかもしれませんが、ウクライナからしてみればもとはと言えばロシアに対してはこちらが本家筋、ロシアから見れば勝手に飛び出したかつてのソ連邦構成共和国との思いもあるとすると、両国の軋轢は根が深いのではとの感じもします。

なおこの本自体は黒海北方の大地の、スキタイ人が闊歩していた紀元前7~8世紀ごろから始まり現代に至る壮大な通史なのですが、なんと外務省の外交官であった著者が、たまたまウクライナへの赴任命令が出たことがきっかけで、日ごろなじみのないこの地を理解してもらえればとまとめ上げたとのこと。そのエネルギーに感動するとともに、こんな外交官がもっといてくれたら我々の国際理解ももっと進むのではなどと、ふと・・・
# by C_MANN3 | 2016-01-20 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆夢想:領空侵犯・・・

[2008.5.14記]痛々しいニュースが続きますね。ミャンマーのサイクロン、四川省の大地震・・・痛々しい大災害が続いていますが、ニュースを見るにつけ胸が痛みます。
そうした中で、中国では間髪をおかず軍隊、警察隊、国を挙げての動員体制が組まれつつありますが・・・ミャンマーにはそれが無いことがさらに痛々しい。
なのに各国から救援隊や救援物資を送り込もうとしても軍事政権ミャンマーのガードは固く、ビザが出るとか出ないとか言っている間に状況はますます悪くなる。

こんなニュースを見ていますと脳裏でいろんなものが渦巻き、奇妙な妄想に駆られてしまいます。

5年ほど前、核疑惑とか言う定かでない口実で、多くの反対があったにもかかわらず他国に大軍をもって踏み込んだ国がありましたが、そんなことがまかり通るのであれば・・・なぜ今、ミャンマーに踏み込まない?

海から空を覆いつくすように数百機の軍用ヘリの編隊が突進し、食料、水、薬品を投下しては引き返す・・・といった手もあるんじゃないか。

一方的な領海侵犯、領空侵犯であることは5年前と変わりませんが投下するものが弾薬でないのなら、それを非難する国は多分そう多くは無い。むしろ突破口を開くと次々にいろんな国の編隊が続き、気がつくと自然発生的に多国籍連合軍になっている可能性も無くは無い。そうした流れの中でなら海上の艦船に燃料補給をするためにどこかの国の自衛艦が出動したとしても反対する人は多分そう多くは無い・・・などと。

それにしても・・・他国に侵犯することが正当化される理由、口実とはいったい何なのか・・・ニュースを見ているといろんなことを思ってしまいます。

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[2008/5/18追記]ミャンマーではサイクロンによる死者は7万人を超えたとか・・・

>数百機の軍用ヘリの編隊が突進し、食料、水、薬品を投下・・・

などと、数日前のこのコーナーでちょっと過激な夢想めいたことを書いていたのですが、夢想じゃなくて本当に国連の安全保障理事会で激論になってるんですね。(5/17朝日新聞)
国連の「保護する責任」と称する合意を根拠にフランスが強行突破を主張。仏英米はすでにミャンマー沖に艦艇を配備、上陸用舟艇やヘリコプターを駆使する準備が完了しているとか・・・
ですが中国は激しく抵抗。天災救助での強制介入の前例ができると北朝鮮などへの侵攻につながりかねないと。

もしかしたらこれは入り口(侵攻の理由と是非)の問題ではなくて出口(何を持って終了とし、引き上げるか)の問題なのかもしれませんね。

人権や安全保障を口実に侵攻し、政治的な主義主張を押し付け、都合のよい政権の基盤が確立するまでなどというから話がややこしくなる。
突発的な災害救助が目的で、一定の生存基盤が確保されれば引き上げるというのならいいのかも・・・と思ったりもするのですが。
# by c_mann3 | 2016-01-10 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆中国の「こども民主主義」・・・

[2007.10.31載] 先ごろテレビで「アメリカ流民主主義が世界の民主主義なのか」という切り口のドキュメンタリーシリーズが放映されていましたが、その中の「中国のこども民主主義」は圧巻でしたね。

小学校低学年のクラスの学級委員長を選挙で選ぶ一部始終のドキュメンタリーなのですが・・・
まず子供に選挙なんてものを教えてしまって一党体制は大丈夫なのか?などと思ったのですが、さすがよくできている。
まず先生が三人の候補を指名してその中での選挙。これだったら現在の「全人代」の定員プラスアルファを指名し、その中で選挙する方式と同じになる。

で、いざ選挙の準備が始まるとすごかった。一人っ子政策もあってか親の子供に対するまなざしは熱く、候補になった子供の親はかかりっきりでコーチを始めるが、そこで交わされるやり取りがすごい。
「敵にどんな非難を受けても絶対に感情的になってはだめ。冷静に論理的に反論するのよ」
「相手を攻撃するときは鋭く短い言葉で一挙に突くのよ」
そしてついには「これは国家主席への第一歩なんだから!」なんて言葉も・・・

そんなコーチを受けた子供たちがディベートを始めると激しすぎて泣き出す女の子とそれを叱咤激励する親。助手を使って相手の演説をやじりつぶさせる子、親が職場の職権を利用してクラス全員を見学ツアーに招待したり、演説の後でグッズを配ったり・・・

そんな中で、かまいすぎる親に反発は示しながらも自身でも次々と危なっかしい作戦を立て、友達を巻き込み戦いを進めていく子供たちのきらきらした表情が妙に印象的。

とはいうもののやっていることは日本の感覚で言うと選挙違反のオンパレード。これを非難するのは簡単ですが・・・小学校の低学年からあらゆる手段を使って相手を倒すテクニックを叩き込む中国。そういえばアメリカなんかでもディベートは学校の必須科目だとか・・・

対して日本。塾通いで知識は詰め込むがむき出しの闘争心や感情をコントロールする訓練の場はない。塾の世界と学校は奇妙に価値観分離。競争心や闘争心といったものは塾に閉じ込め、学校ではクラス全員が仲良く、できるだけ争わず、競争状態になることを避け、極端な場合は一時期運動会の徒競走を手をつないで走る学校があったりした日本。

「感情的になってはだめ。冷静に論理的に反論するのよ」には程遠く、甘えが通らないと一挙に切れるか、黙りこくって閉じこもってしまう。感情と冷静な論理を縦横無尽に出したり引っ込めたりして粘り強く我を通す訓練の場があるようには見えない。

こんな子供たちがやがて大きくなって、政治でも仕事でも国際舞台で対峙したとき・・・勝負になるんだろうか?なんてことがひょっと気になったドキュメンタリーでした。

これってもしかしたら・・・「アメリカ流民主主義が世界の民主主義なのか」以前の問題として、意外に大事で基本的なことなのかもしれませんよね・・・
# by c_mann3 | 2016-01-09 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆躁の時代、中国・・・

[2008.8.26掲載]オリンピックも終わってしまいましたね。

始まったとき、何でこんなに暑い真っ最中にやるのか!と選手を気の毒に思っていたのですが・・・
ほんの二週間の熱い戦いが終わってみると、もう季節は秋の風情。
季節ってこんなに急変するものなんでしょうか。もっとも急変したのは季節だけではない。一瞬にしてグルジアがとんでもないことに・・・

それにしても中国は燃えていますよね。チャン・イーモのこれでもかこれでもかという圧倒的な迫力の開会式、閉会式。
そして取った金メダルがなんと51個でダントツの一位。

開会式で歌う少女の口パクとかCG花火とか、デモの弾圧とか・・・あげつらうことはいくらでもできますが、国家も国民もが躁状態でハイで燃え盛っていることは確か。
デモ規制、交通規制、大気汚染対策で工場一時閉鎖といったことは独裁政権と軍の力があればできるのかもしれませんが、金メダルの51個は威圧的な強制力ではじき出せるものじゃないですよね。
高い達成動機、上昇志向、地道なトレーニングに耐える忍耐力、それを誘導する国家。

五木寛之さんが対談集「鬱の力」で日本は今、50年続く鬱の時代に入っているとおっしゃっていましたが、逆に中国はまさしく「躁の時代」なのかもしれません。

対して日本。金メダルは9個で世界第8位。日本の選手団にも思わず涙が出そうになる感動的な勝利もありましたが反面、選手団長が記者会見で思い余って怒りを爆発させたような雰囲気があったことも確か・・・鬱の時代にはいってるだけでなく、何かが壊れ始めている国が勝ち取った金メダルとして・・・9個は目いっぱいのものだったのかもしれませんね。
# by c_mann3 | 2016-01-08 01:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆スエーデンはなぜ強いのか・・・

[2010.8.21掲載] 菅政権が掲げている増税、福祉による経済活性化を既に実践している先進国、スエーデンの最新事情を紹介した本が出ています。

題して「スエーデンはなぜ強いのか」、北川孝義著、PHP新書681。

スエーデンでは戦後の経済発展の労働力確保と男女平等理念のもと女性が急速に社会に進出した結果、一挙に家族が崩壊し、受け皿として国家の家族、「国民の家」構想が立ち上がる。最初は子供の救済から始まったが、経済の成長と増税を背景に枠を広げてたどり着いたのが現在の高福祉国家の姿。

高福祉には高負担が伴うが少子高齢化、経済の減速はいずこも同じで、ここ十年をかけて持続可能性を重視した制度に順次変更。そんなことができるのは国民の政府への信頼があってのことであり、それを担保するのが徹底した情報公開、説明責任。

市場運営では、分野を明確に峻別した上で市場原理を徹底利用するのが特徴。
教育、医療は国営を保持するがそれ以外は徹底的に市場原理を活用する。したがってバブルがはじけても基幹産業さえ救済しない。企業のリストラはOK。一方で失業者には手当てと職業訓練。このセットで労働力の流動化と産業構造の再編成を促し市場の効率化と活性化を狙う。

日本でも話題になることが多くなったH&M、イケアといったスエーデン企業も特徴的。顧客の個性を前提に多様性のある商品展開を高品質低価格で提供することをモットーとし、社員、ユーザーを含めた大家族主義的な運営が特徴だとか。
そういえばテレビで紹介されていたH&Mジャパン一号店の開設パーティーでは本国から赴任した女性社長の横で走り回る小さな子、それを見守るご主人の姿があったりして印象的でしたよね。

個性的であり自由で平等であることが国民にも企業にも国家にも大前提。EUには加盟しているが独自の社会経済システム保持の妨げになりそうなユーロの導入には懐疑的。

おりしも菅政権は増税、福祉による経済活性化を掲げていて参考にはなりそうですが、政府への信頼が前提といわれると・・・日本では簡単に真似ができるものでもなさそうです。
でも大家族主義的な企業経営のくだりは読んでいて、どこか懐かしい感じもあるんですよね。(2010.8.21)
# by c_mann3 | 2016-01-07 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆中国経済の正体・・・

[2010/4/21載]いち早くリーマンショックからも抜け出し2010年には日本を抜いてGDPが世界第二位になることが確実な中国の強みと危うさを最新のデータでまとめた本が出ています。
題して「中国経済の正体」、講談社現代新書2047。著者はBRICs経済研究所代表の門倉貴史さん。

第一章の“中国経済の最前線”はページをめくってもめくっても躍進の止まらない中国の姿が浮き彫りにされているのですが、リーマンショックの直後いち早く54兆円の財政出動を宣言。規模も他国を圧倒していましたがその執行の早さも驚異的でした。

用地買収やアセスメントに手間取るどこかの国と違って計画も執行も一挙に進みこの二年間でほとんどを消化。しかも公共投資ではインフラが追いついていなかったこともあり、できた後は無用の長物といったものもない。

民間消費財についてもすでに物があふれてしまっている国とは異なり汽車(車)下郷、家電下郷、建材下郷といった各種の消費財購買促進策にも市場はすざましい吸収力で反応。車、大型パネルテレビ、携帯電話と普及率は急上昇し、車の販売台数に至ってはついに世界一に・・・

よく話題にされる人民元の切り上げについても、すでにドルとの関係は抜き差しならないものとなっており急激な変化は起こりにくいのが実情のよう。

課題があるとすれば一人っ子政策の後遺症で始まる少子高齢化、汚職、地下経済、民主化への対応といったところ。こうした問題がさらに顕在化し、しかも現政権が世代交代する2013~15年ごろがひとつの節目だとのことなのですが・・・
# by c_mann3 | 2016-01-06 12:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆仏教への旅・・・ブータン

〔2007.5.2載〕BSの再放送で五木寛之さんの「仏教への旅」、5回シリーズが続いています。
一回2時間とちょっと長いですが、なかなか味わい深い番組ですよね。
番組そのままの本も出てはいますが、いつまでも若々しい五木さんの表情とちょっと高くて訛りのあるお声を味あわせていただくのもいいものです。

一昨日はその三回目でブータンの紹介でした。ブータンって独特ですよね。
何かが壊れてしまったどこかの国では・・・「品格」とか「美しい国」といった言葉がうつろにこだましていますが・・・それを失わずに成立している不思議な国がある。

「国民総生産」じゃなく、「国民総幸福量」の追及を国是とし、国民の97%が幸せだと感じている。
「あなたは幸せですか」との質問になんのてらいも無く「はい、幸せです」と答える老若男女の表情が実に自然です。
日本の街角でそんな質問をすると「そんなわけないでしょ!馬鹿にしないでよ」と怒鳴られるのが落ちかもしれません。

自然と一体化し、素朴に輪廻転生を信じ、「幸せというものはいろいろなものとの関係性の中にのみある。人や自然をいつくしみ支えずして、自分だけが幸せになるなんてことはありえない」と言う人たち。

現在のグローバルスタンダードから見ると異端で非常識・・・その道はこれからも決して平坦ではないでしょうが、少しでも長く、多く、異端と非常識を守り抜き、あり得るもうひとつのスタンダードの証として続いていってほしいですよね。

なお・・・五木さんの「仏教への旅」については▼他にも記事が・・・第一回のインド編についての雑感です。
# by c_mann3 | 2016-01-06 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

   ・・・“風にまかせて”はさらに続きます・・・

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“風にまかせて・・・”はさらに続きます。

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# by C_MANN3 | 2016-01-01 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇問題は英国ではない、EUなのだ

【2016/12読】 この本は英国がEU離脱を決定し、米国ではトランプ旋風が巻き起こる中で出版されたエマニュエル・トッドの新著です。題して「問題は英国ではない、EUなのだ」。エマニュエル・トッド著、文春新書1093、2016年の刊。

EU離脱については既にそれを予見していた著者にとって当然の帰結であり、強引に推し進められるグローバリゼーションに疲弊する世界の中で巻き起こったネイションへの回帰なのだと。
今回の英国のEU離脱、そして米国のトランプ旋風・・・それは世界中をグローバリゼーションの渦に巻きこみ込んだ火元の国でさえもが、人・物・金の見境のない流動による弊害が耐え難い状況に至ったことを示している。
そうしたこともあり今回EU離脱に至った要因については移民の急増や経済格差が言われているが、実はもっと重要な動機は英国議会のEUから主権を回復することにあったことが投票の出口調査からもうかがえ、それは英国が世界に先駆けて"近代”の扉を開いた“名誉革命”へ回帰とでも呼ぶべきものであると・・・

EU離脱を決めた英国はいま戸惑っているようにも見え、次は連合王国の分裂かともいわれているが、そんなことにはならず、時間はかかるかもしれないが広大な英語圏諸国との絆を深める中で英国は再び確固たる地位を再構築するに違いない。

では一方のEUはどうなるか・・・超国家を目指して突き進んできたEUは益々構成国の国家主権の垣根を低くしEUとしての官僚組織を肥大化させる傾向にあるが、そうした中で経済政策、移民政策等で益々理想主義を貫こうとするドイツに対して、今までは仏・英が歯止めの役割を果たす微妙なパワーバランスの上に成り立っていた。
だが今後は英国の援護射撃を失ったフランスがドイツの歯止めとなることは難しく、おそらくは益々ドイツ色の強いものとなる。そこでドイツが理性的にふるまわなければあちらこちらで超保守が台頭し、構成国のネイション回帰が始まり分裂する可能性もある・・・というのがトッドさんのお見立てのようです。

ところで著者のE.トッドさんは歴史人口学者で家族人類学者。この本の後半ではご自身の血筋やキャリアの中で一連の著作を世に問うに至った思索変遷の経緯が回顧され、併せて人口学や家族の形態比較の視点から見た歴史の様相が解説されていきます。

外婚制共同体家族を基盤とする国家とかつての共産圏は分布が重なる。ベトナムは共産主義化したがとなりのタイは母方同居を伴う核家族をベースにした社会だったために共産主義には染まらなかった。その共産圏が崩壊した際も核家族型のポーランドや直径家族型のチェコはスムーズに共産主義を脱したが、中国やロシアは今後も尾を引きずると。また直系家族の社会は国家機能を内包しているがゆえにとりたてて国家を必要としないとか、核家族の社会は個人主義を発達させるが実は個人主義ではみ出したものを補完するためにかえって確固たる国家を必要とする、はたまた内婚制共同体家族のアラブではもともと国家形成が困難なのだ等々・・・

そしてこうした見方の延長線として2030年代の世界を展望する章へと続くのですが、読み進めるうちにこれからもE.トッドさんの予見が現実のものとなる場面は種々出てきそうな気がし始める貴重な一冊でした。
# by C_MANN3 | 2015-12-30 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◇資本主義の終焉と歴史の危機

◆資本主義の終焉と歴史の危機 H29/1読

水野和夫著、集英社新書0732、2014年の刊。ただ事ならぬタイトルの本ですが、日々のニュースに現れる事変や相場に一喜一憂していては見えない歴史の本質を400年スパンの金利の変化でひも解いてくれていて、しかも不気味な説得力がみなぎっている本です。

この本によると・・・資本主義は(国や地域、産業分野といった)中心と周辺から構成され、中心が利潤率を高めて資本の自己増殖を推進するシステムであり、それが機能し続けるためには常に新たな周辺の確保が必要。
大航海時代にはじまり空間としての周辺を広げてはきたが、途上国が成長し新興国になれば更なる周辺が必要。だが21世紀を迎えた今、もはや地球上に新たな実空間としての周辺は見当たらない。
資本主義の始まりはフィレンツェで利子が容認されるようになった12~3世紀と見ることができるが、以来利子率の長期低迷が続くとその都度新たな周辺が切り開かれてきた。

投資先である周辺を失えば金利はおのずと下がる。そうした歴史の中でもっとも最近の1990年代の利子率低下時代を突破するために生み出された新たな空間がグローバルでバーチャルなな電子・金融空間であったが、それは必然的にバブル生成と崩壊を繰り返す性質のものであった。
そして崩壊の度にバブルをあおった側の巨大金融機関は公的資金で救済される一方で、一国の中では中間層がローン破綻やリストラにあい貧困層に転落、国家のレベルでは債務破綻国が生みだされて格差を広げていく。気が付けば遠くの地に求めるはずであった周辺が、中心であるはずの国や地域の内部に形成されつつあり、それがたとえば日本では非正規社員層の出現であり、EUではギリシャ問題である。

資本が利潤を生む空間を失えば資本主義は行き詰る。そしてそれが格差の拡大や中間層の崩壊を伴うものであれば民主主義に基づく国民国家の基盤も失う。資本主義の終焉とは近代の終わりであり、西欧史の終わりでもある。
金利の長期低下は資本主義終焉のバロメータであるが、そうした中で日本が世界に先駆けて到達したせっかくのゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレ。このアドバンテージを利用して日本は“定常状態、脱成長という成長”を模索して歴史の危機に立ち向かうべきなのだが、それにう抗い成長路線に先祖がえりしようとすることは沈没を早めるだけなのだと・・・
ではこの危機を乗り越えソフトランディングする新たな処方箋とは何か、実は著者ご自身も明確な答えは持ち合わせていないとのことなのですが、この本の構図を念頭に置いておくといま世界で巻き起こっている現象が理解しやすくなることは確かです。
# by C_MANN3 | 2015-12-29 12:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)

◆歴史の終わり・・・ 

◆歴史の終わり 上・下 H27/11再読

フランシス・フクヤマ著、三笠書房、1992年刊。この本のサブタイトルは"歴史の終点に立つ最後の人間"、この方が英語版の原題には近いのですが、“自由主義や市場経済が人類がつかんだ最終の形態”といったことが書かれていて、それがソ連邦崩壊と時を同じくして出されたために自由主義陣営の勝利宣言といった受け止められ方で評判となった本。
ですがよく読むと、自由主義や市場経済は人類がやっと手にした“よりましな形態”には違いないが、その歴史の執着点ともいえる世界で、そこに生きる我々は本当にそれを安定した世界として維持できるのか?といった懸念が主題のよう。

有史以来歴史を動かしてきたものは人の「優越願望」、そしてそれとは矛盾する「平等願望」とその実現に向かて突き進むエネルギーとしての「気概」。まずは「優越願望」がぶつかり合い、幾多の戦いを繰り広げて“君主と奴隷から成る専制国家”を再生産してきた。そうした中でしいたげられた人たちの間から「平等願望」の動きが芽生え、いくつかの革命を経て人類は自由民主主義の社会システムを手に入れたはずであった。だが同じ「平等願望」を起点としていながら世界は共産主義社会と自由主義社会という2つの形態に分かれてさらに「優越願望」を競う羽目に。ところがその片側の共産主義世界が突然内部崩壊してしまったために、自由主義、市場経済のシステムがファイナルアンサーとして残ることに・・・

だがこうしてついに「平等願望」が達成された社会でも、人の心には「優越願望」やそれを求める「気概」は残っている。それをうまく昇華させないと歴史の終わりはたちまち新たな抗争の歴史の始まりとなり、繰り返されかねない・・・で著者は“最後の人間”のモデルとして戦国の時代を経た後、一転して数百年の平和な時代を維持した江戸時代の日本人の生き方に期待を寄せるといった記載も。
ともあれこの本は20年を経た今日でも何かあると蒸し返して議論されるようで、その都度著者のハヤカワさんからは新たなメッセージが・・・そのうちのいくつかを下記のリンクに。
   http://www.nikkei.com/article/DGXZZO81529260T00C15A1000000/
   http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702304826804579617641333732478
# by C_MANN3 | 2015-12-29 00:00 |  ・・・風にまかせて・・・ | Comments(0)