◆境界線で揺れるヤジロベー・・・

ひとつ上(にスクロールしたところ)の記事で「深化する人、進化する人・・・」などと言った記事を書いていますが、それをYAHOO掲示板でも掲載していたところ、on_the_cornerさんという方からコメントを頂きました。

>半導体業界には、"パラノイアしか生き残れない"という言葉があります。インテル会長のグローブさんの言葉です。

8Bit→16Bit→32Bitと多くの半導体メーカが市場の覇権争いから脱落していったCPUの歴史をみていると、進化する人はさしずめ次々と現れる新マーケットの立ち上がり時期を渡り歩く人、そして深化する人はある領域に拘ってパラノイアする人・・・
そうした中で進化する人がいなければ新しいマーケットには乗り移れないとしても、"パラノイア"がなければ多くの人が群がって熾烈な自由競争をするマーケットでは生き残れない
・・・といった趣旨の味わい深いご意見でした。

◆確かにそんな一面がありますよね・・・
YAHOO、Google、Microsoft・・・時々テレビの特集などで職場の風景が紹介されますが、こうした会社はその風景からして異様。きれいなオープンスペースのオフィスにはつりあわない落書きがあったり、一人一人が奇妙な私物を山のように持ち込んで独特のマニアックな閉鎖空間を作っていたりする・・・

パラノイアな人たちが作った会社だから自然にそうなるのか、務めているうちにそんなふうになってしまう職種なのか・・・でもパラノイアな人たちがわき目も振らずに没頭する世界から次々と時代をブレークスルーするものが生まれてくることも確か。

ただちょっと気になるのは、マニアックな集団をマネージメントし、外界とのわたりをとる人のキャラクターですよね。ある程度はパラノイアでないと集団の内部とはコミュニケートできないでしょうし、一方ある程度はグローバルでないと外界とリンクができそうにない・・・でも中途半端なキャラクターでは迫力に欠けそうですよね。

まっ、そんな最先端の企業はともかくとしても、普通の企業の中でも似たような状況はあるんですよね。
たとえば企業の中で本業とは異なる領域を担う研究部門とか機械メーカーの中の電子化部門といった、その会社の組織の中では周りとはちょっと違う特殊職能のチームに関わっていたりすると・・・

チームの外からはしばしばパラノイアな専門馬鹿呼ばわりされ、そんな時は「こんなに専門性が高くなった世の中では、専門馬鹿じゃなければハンドリングできない仕事だってあるんだ。それが許容できないなら、いったい何のための分業組織だ」などと開き直る一方で・・・
中に向かっては・・・「時には自分の仕事を外から眺めて、周りと通じる言葉でコミュニケートしてほしい」などと・・・

言っていることが矛盾しているなとは思うのですが・・・組織の境界線にいると塀の上のヤジロベーといった感じで心はいつも揺れている。

◆でもやっぱり・・・
深化は必須で避けられない道だとしても、できれば深化に味付けはほしい気がします。深化に進化を絡ませるとか、転用の利く深化の方法とか・・・

実はこの話には、技術者一人一人のライフサイクルの問題が絡んでいるんですよね。昔なら若いころにその道に入り・・・同じ畑でひたすら深化を続ければ、年期とともに味がでてその人の価値もあがり続けるといったことがあったのですが・・・
変化の激しい今の時代では折角のキャリアが生涯に何度もスクラップになってしまう。技術はスクラップになったとしても担う人までスクラップにならなくても済むよう、経験の蓄積をその時々の対象技術としてだけではなく、発想法とか、課題解決法といったメタレベルで蓄積していくことが必要なんでしょうね。それが転進とか進化といったものにつながるんじゃないかと思ったりもするのですが・・・(2009.12.18載)
by c_mann3 | 2008-04-10 00:00 | 組織心理学の心象風景 | Comments(0)
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