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◆ムスリムの世界旅行記、二編・・・

【2016.4.20】 ムスリムにとってはメッカ巡礼にもあるように旅すること、そして旅する人をもてなすことに格別の意義を見出していたからなのでしょうか、時として途方もない旅に出てその克明な記録を残し、それが今となっては貴重な歴史資料となっている・・・以下はその内の二つです。

◆ジャポンヤ --イブラヒムの明治日本探訪記-- H28/3読

アブデュルレシト・イブラヒム著、岩波書店、2013年刊。宮田律さんがfacebookで紹介されていたのを見て手にした本なのですが、帝政ロシアのタタール人ムスリム、アブデュルレシト・イブラヒムが明治日本に立ち寄った訪問記です。
ですがその旅程地図を見てびっくり、この本自体は明治日本への訪問記には違いないのですが、その旅程はなんとユーラシア大陸のほぼ2/3をカバーしていて、14世紀のムスリム、イブン・バットゥータの世界大旅行にも匹敵する壮大なもの。
日本滞在中は明治の要人との会談、いろんな学校や大学、団体への訪問とそこでの講演。感動の交流を重ねて一旦は帰国するのですが、やがて再来日し日本で最初のモスクのイマムも務めて日本で没。読んでいくと当時の日本の状況が生き生きと伝わってきます。

実は宮田さんが紹介されていたのは1991年の初版本だったのですが、私か手にしたのはたまたま2013年の増補版だったため、ロシアを出てシベリア経由で日本に至る途中のトルキスタンのタシュケント、サマルカンド、ブハラ、フェルガナといった地域の訪問記が章を設けて追加されていて、こちらも当時の中央アジアのムスリムの人たちの状況が窺えて貴重です。
勢力を拡大してきたロシアに虐げられながら未だ各地のムスリムが連携蜂起する気概も見せない中を歯がゆく思いながらたどり着いたのが日本。それだけに余計に西欧に屈することなく独自の精神性を維持しながら互角に渡り合おうとする日本人を目の当たりにして感動したようで、"イスラムの教えの中にある多くの賞賛すべき道徳が、日本人には自然に具わっている"とまで持ち上げています。もっとも晩年に再度日本を訪れた際には日本でも少なからず西欧かぶれの輩が目につきはじめていて心配といった話も・・・

それにしても中央アジアのムスリムの様子の詳細な記述を追っかけていると、それは今に尾を引くロシアの隣接国との複雑な関係につながる原風景ではないかと思ったりもさせてくれる味わい深い本でした。


◆イブン・バットゥータの世界大旅行  H28/4読

家島彦一著、平凡社新書199、2003年刊。上掲のアブデュルレシト・イブラヒムの旅行記で、それをイブン・バットゥータの大旅行にも匹敵などと書いた以上、これも読まねばと手にしたのですが、やはり壮大な旅行記でした。

時は14世紀。故郷であるジブラルタル海峡近くの街タンジールを出てまずはメッカに詣でるがその後アナトリアを突き抜け、クリミア半島からキブチャク平原、そしてインド、さらにその先のモルジブに渡り、一旦インドに戻って次は海路で中国に渡った後帰還する一周で25年、つづいてさらに5年をかけてサハラを越えてブラックアフリカの世界を一回りと、21歳で旅に出て都合30年に及ぶ一大旅行記です。
その特徴はイスラム圏だけでなく宗教の異なる異域世界をふんだんに含み、まさに広大なユーラシアの端から端までを踏破し、その過程が克明に記録されていることですが、そのルートについてはユニーク。
陸路にあっては安全確保のこともありキャラバン隊、巡礼隊、時には軍隊等に同行するためそれに合わせて目的地を変更したり、海路にあってはモンスーンの風が頼りのため、風の向きが変わるのを待つ間に予定外の周遊を挟んだかと思えば、時にははその季節の風次第で予定とは全く異なる方角を目指すといったこともありながらも、結果としてはユーラシア一周の旅となっているのがすごいところです。

この本の著者家島さんは「現地学」を旨として足跡をくまなくたどり、広範囲の図書館や古文書館に散らばる写本を集めては精査して、全8巻の完訳本をまとめられた方とのことで、この新書はその解説・要約版といった所でしょうか。地図と足跡を辿った写真が豊富でやたら出てくる聞きなれない地名を追っかけるのにはありがたい構成となっています。
ところでこの本では最初の1章として13~14世紀の地中海世界、インド洋世界、モンゴル帝国世界を含むヨーロッパ覇権以前の「前期的世界システム」としての広大なイスラム圏で展開されるディアスボラ(人間拡散)と経済ネットワークの様子が程よい文章量で解説されています。もちろん後に続く本題の大旅行を理解するためのご配慮なのでしょうが、この章だけを切り取っても一読の価値がある興味深い一章となっています。
by C_MANN3 | 2015-02-16 00:00 | Comments(0)
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